2007年11月 9日 (金)

買いました

200711090043

11月9日はDVD「しゃべれどもしゃべれども」の発売日である。

今年の5月に原作を単行本で読み、5月末に映画が公開されたが、静岡県では常設で上演している映画館は存在しなかった。そこで私は映画を見るためだけに愛知県の豊橋まで行ってきたのであるが、このお気に入りの作品を手元に残しておきたい、また映画を観られなかった家族はじめ静岡県内のみんなにも観てもらおうと思い、迷わず買うことを決めていた。

初回特典として、映画ではカットされていた落語シーンも別ディスクに収められている。それを観たところ、どうやら落語をまるまる一席やった訳ではなく、だいたいどの演者も「冒頭、中盤、オチ前」を演じているのだった。撮影開始からホールでの一門会のシーンまでを追ったメイキングも収録されていた。聞けば国分太一がこの役でやる落語を初めて聞いたのが2006年の4月で、最大の見せ場、ホールで「火焔太鼓」を演じたのが5月の末だという。そりゃびっくりだ。おちけんの新入部員が4月にサークルに入って、5月末に「火焔太鼓」を見せられるようにしとけ、なんて言われても無理な話だ。それを、撮影用のカットだけとは言え、あれだけのものをそんな短い期間で作り上げられるなんて、さすが俳優というものだ。知ってから観ると、「あー、いっぱいいっぱいの状態で演ってるんだなー」というふうに見えてしまうが、そこまで知らずに観ていた時は「すごく堂々とやってるんだなー」と思ったものである。「これだけ上手く出来るんなら自信にもなって、続編・テレビ化もありなんじゃない?」などと思っていたが、「あれ以上のものは出来ません。もう落語は演りたくありません。」と言ってた太一くんの気持ちがよーくわかった。

まだ本編は見返してないが、もっかい観たらまた新たな発見があるかもしれない。

時おりしも朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」が好評で、世間一般の「落語」に関する関心は間違いなく高まっている。相乗効果でこの映画が再び注目を集めてくれることを期待している。そういえば、この映画に出ていて「ちりとてちん」でも出てくる松重豊、まったく同じキャラと言っていい。(「しゃべれども~」ではぶっきらぼうな元プロ野球選手。「ちりとてちん」では昔気質の塗り箸職人。)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年11月 1日 (木)

落語界のニュース

朝から晩までインターネットでニュースを見ていると、落語界にまつわるニュースも結構あるものだと感じた。と言っても私は落語を演るのが好きであって、じいさんが喋る落語を聞くのはそれほど好きではないので、こういう話題も詳しいことを知っているわけではない。あくまで、「この時期にこういうニュースがあった」ということを忘れないために書き記しているに過ぎないとご了承いただきたい。

三遊亭圓好さん死亡していた

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071029-00000058-mai-soci

今週の月曜日に載っていたニュースだ。「姿を見かけない」という近隣の住人の通報を受けて自宅を調べたところ倒れているのが見つかったのが26日。調べでは11日ごろ亡くなったらしい。「最近は体調を崩していた」とあるが、表舞台から去った噺家というのは死亡して2週間も見つけてもらえないというのか。「老人の孤独死」といったニュースを連想してしまったが、まだ58歳。残念なニュースだ。

林家いっ平、三平を襲名へ

ふーんそうか、程度にしか思わないのだが、「三平」を知っている世代にとっては大いに関心のある話題、特にすべての人がもろ手を挙げて賛成、とはいかない話なのだろうなというのは容易に想像できる。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071031-00000022-maip-soci

私は昭和51年生まれ、「三平」も「正蔵」も知らない世代だが、過去の映像やら書物、それに自分より長く生きている人たちの話としてよく聞いている。彼の兄で、特にタレント色の強いこぶ平が正蔵を襲名するという時も多くの人たちから「器じゃないんじゃないの?」という声が聞かれた。テレビタレントとしてのみ登場し、たまにテレビで高座に上がったのをみたが「母親と焼肉を食べに行った話」をし出して大いに落胆させられたものであるが、正蔵の場合はテレビではなくて本当の高座を見ればそんな評価も変わると言っている。「まだまだ及ばないな」という声も聞かれたりするが、噺家で40代当たりはまだまだ発展途上、20年、30年先を見据えた長い目が必要だろう。

我々でわかる話に置き換えると、「若い選手がオリックスで51番をつける」ようなものだろうか?そもそも「襲名」というのが昔と今では捉え方が違うだろう。昔は家を継ぐ長男が父親と同じ名前を名乗ると言うことは珍しくはなかったが今はほとんどない。名前は「家」を表すものではなく「個人」のものだという考えなら、先人と同じ名前をつけること自体がなじまない。時津風親方が角界を追放されたのに、時津海が引退して時津風親方を名乗ると言うのは、現代の感覚では「何か嫌だな」となってしまう。それでも、そうしていかないと部屋が継承されないのだ。落語界の場合は相撲の親方とは違うが、前の時代から脈々と受け継いでいる「名跡」と言うものはいくつも存在しているが、「先代の印象が強いから、何も今継承する必要はないだろう」という考え方があるのだろう。しかし襲名のサイクルは必ずしも短くなっているわけではないだろう。よく考えて欲しい。戦前までは日本人の平均寿命は80歳を大きく下回っていた。つまり同じようなサイクルで襲名しても、平均寿命の長い現代の方がその期間が短く感じられてしまうのだろう。それに、誰かが継がなきゃ、名前の襲名は行われなくなる。全く縁のない人が継ぐよりは血のつながっている人が継ぐのがいいだろう。「○○と言えば○代目だよなー」といった評価は後のお客さんに任せればいい。悪いことをしなけりゃ、名前を汚すことにはならないでしょ。

三笑亭夢之助、敬老会で「手話気が散る」

31日のヤフーで見つけた。読売と毎日が報じているが、毎日新聞の記事が詳しく載っていた。それによると、島根県安来市主催の敬老会で、演者の横に立っていた手話通訳を話の中で「気が散る」と言って、主催者が手話通訳を舞台の下に移動させたという。その後、同県ろうあ連盟は「聞こえない人に対する侮辱」と夢之助さんや市に抗議。夢之助さんは謝罪し、市も当日来場していた聴覚障害者3人に直接謝罪したという。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071031-00000020-mai-soci

記事にも書いてあるが、主催者が演者に対して、手話通訳がつくことを事前に伝えていなかったことがすべての原因だ。事前に伝えてあれば、「視界に入るとやりにくいので立ち位置はここにしてください」と言う事は出来たはずだ。夢之助の一連の発言は、「手話通訳は必要ない」「手話通訳は邪魔だ」といった意図のものではないと100%断言できる。「聞こえない人」や「手話通訳」に対して文句を言っているのではなく、「事前に手話通訳がつくことを伝えていなかった主催者」に対しての苦言であることは疑いようがない。記事中には「昨年の敬老会では漫才コンビ『宮川大助・花子』の花子さんが出演したが、手話通訳者は花子さんから『ありがとう』といわれた」というエピソードを掲載して、「それに対して心無い発言を繰り返した夢之助はひどい奴だ」とする意図が見え見えだが、手話通訳の立ち位置に関する感じ方も人それぞれ。そもそも、宮川花子さんが1人で出たならお客さんの反応を見ながらネタを振るトークだと想像できるのに対して、落語は「間」をとって時間と空間を演者がそこに作り出さなければならない。演劇のセットの中に手話通訳が立っているのと同じイメージだ。演劇だったらふつう舞台の外でやるだろう。真横に人が立っていたらやりにくいと感じるのは当然だ。そりゃ、中にはそういう場所での公演を多くこなしていて、横に手話通訳が立っていても平気な噺家もいるだろうが。

そもそも手話通訳って、何の打ち合わせもなく人の話を手話に出来るのだろうか。特に「落語」である。いくら手話でも噺家の一語一句をすべて手話で表現できるわけではないだろう。しかし、「オチ」につながる言葉がその前の台詞の中にさりげなく入っていて(ネタふり)、それが手話で表現されてなければオチを言ったときに理解されない、という事態は十分に考えられる。私も素人で落語をやるが、オチを言い終ったらその直後にサガリ(主に三味線で演奏される音楽)を流してもらい、それにあわせて高座を降りる。だから事前に「この言葉でオチになります」という事を、舞台袖で音楽テープを流してくれる人、もしくは演奏してくれる人に必ず伝える。まあプロで、高座に上がってから何の噺をやろうか決めるという場合はそんなことはない訳だが。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年8月 7日 (火)

オバマ市と徒然亭

女優の貫地谷しほりさんが「笑っていいとも」に出演していた。全国に6世帯しかいない珍しい名字だと言っていたが、それはさておきお友達紹介で呼んだのは京本政樹さんだった。「ドラマで共演している」と言っていたので、「さては、秋から始まる朝ドラだな」と感づいたので調べてみたらビンゴだった。

この秋から始まるNHKの朝ドラは「ちりとてちん」。福井県出身のヒロインが、上方落語の世界に飛び込んでいくというお話らしい。ホームページを見ていると、福井県小浜市を舞台とした家族の姿はクローズアップされているが、大阪での話の中心になるであろう落語の方は、ロケ写真がまだないこともあってあまり詳しくは載っていない。

テレフォンショッキングで紹介された京本政樹さんは主人公の叔父でふらふらしているドラクエVIIでいうホンダラのような役どころらしい。しかし驚いたのは主人公の父親、つまり京本さんの兄というのが松重豊さんであるという。そう、映画「しゃべれどもしゃべれども」で主人公に落語を教わる元野球選手という役を演じたコワモテの俳優さんだ。この映画でも結局、落語を披露することはなかったわけだが、今回も自身で落語をやるわけではないが落語家の主人公の近くにいる存在という役を演じることになっている。また、松重さんも京本さんも時代劇に欠かせない俳優という点では共通しており、全然似てない兄弟というわけでもないのかもしれない。

もうひとつ驚いたのが物語の中核をなすであろう、上方落語の一門が「徒然亭」という名前であったことだ。「それが何か?」と多くの方は思うであろう。きわめて個人的なことなのだが、この私が大学時代に落研で名乗っていた亭号が「徒然亭」である。このブログのタイトル「ゆーのすけーぷ2」は、私の大学時代の高座名「徒然亭ゆ之助」に由来している。私のいた「愛知大学落語研究会」は江戸落語が主流で上方落語を演じる人は少なかった。この中の「徒然亭」は昭和41年の落語研究会創設当時から始まった亭号で、その初代は「徒然亭風来坊」という名であった。いっぽう、このドラマの「徒然亭」の師匠は、渡瀬恒彦さん演じる上方落語の(元?)大看板「徒然亭草若(そうじゃく)」という名であるという。ちなみに「草」も「若」も愛大落研の「徒然亭」で名前によく使われる字であった。

愛知大学落語研究会公認ページ

http://www2.tokai.or.jp/eunoscape/rakugo.html

愛大落研40年の歴史を伝える「落研系図」は私が書いたものです(つうか正真正銘自分のサイトであるが)。

| | コメント (1) | トラックバック (2)

2007年6月24日 (日)

美濃輪寄席

6月23日(土)夕方、私が所属する素人落語集団「与多朗の会」の車で清水次郎長通りに差し掛かった。道幅の狭い商店街だが通りの向こうからは多くの車が走ってきていた。そうか、日本平で試合があったんだった。その時点では0-1で清水が浦和に敗れたことは知らなかったが、オレンジ色のレプリカを着ている人たちが誰もはしゃいでいなかったので、清水勝利としていた私の予想がどうやら外れたようだということはわかった。

5時前、美濃輪稲荷神社に到着。まさに次郎長商店街の中にある神社である。この神社では1年に2回、だいたい6月と11月にわれわれがお邪魔して落語を披露するという「美濃輪寄席」がおこなわれる。私がこの会に加わった頃からやっていて、今回は実に14回目であった。私は久々の出演となった。

この寄席は、木戸銭は設けていないが、受付で小さな紙を渡される。落語を見終わって、良かったと思ったらその紙にいくらかのお足を包んで「おひねり」として前の高座に向かって投げていただくという趣向である。14回の開催ですっかりこの趣向はお客様になじんでいた。

6時30分、寄席が開演。私は2人目の演者として出演させていただいた。ここのお客様はいつも良く笑ってくださるので今回も拙い噺であったがお客様に救われた。しかもその上、演じた後に客席から雨霰のようにおひねりを頂戴するという、この上なくありがたい高座だった。

寄席が無事終了し、打ち上げが終わった時点でとっくに終電はすぎていて静岡から焼津に帰れない状態だった。帰るためには打ち上げを欠席しなければならなかったが、これだけありがたい思いをさせていただいて、出番が終わったからさようならというのはあまりに薄情ということで参加した。それに徹夜が怖くて静岡に来られるかという思いもあった。前回は5時までやってるドンキホーテや屋台のラーメン屋、公園の遊具で休憩などして朝5時の始発を待った。静岡の街中を相当歩いたがなかなか夜は明けず、苦しい思いをしたが、今回は居酒屋で朝まで過ごしてあっという間に朝を迎えることが出来た。

これで秋まで落語をやらなくて済む。今度は早めに好きな噺を見つけてじっくり練習してみたいものである。

与多朗の会ホームページ

http://www.geocities.jp/teru_rakugo/yotaro/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月26日 (土)

しゃべれども、しゃべれども

映画なんて、まず見に行かない。自分で金払って映画館に見に行ったなんて「ツ離れ」してない。

だから映画の公開に合わせて記事を書くなんて、思いもしなかった。

きょう5月26日公開の映画「しゃべれども、しゃべれども」のことである。

家に、原作の文庫本があった。興味があったのでいつか読んでみようと思いながらずっとそのままにしていた。帯には国分太一くんの写真と「2007年初夏、全国ロードショー」って書いてあった。ふーん、「初夏」か・・・。

と思っていたら、公開今週だってということで、慌てて読むことにした。「初夏」って5月のことだったのか・・・。ちょうど金曜日は歯医者に行って待たされたのでそこで読み出した。自分が落語研究会出身だから、こういうエピソードあるよね、とか、本職はこういうこと考えてるんだな、とか、あれこれ読みながら考えているうちに1日で読み終えた。国文科卒業のくせに普段あまり本など読まない私。一般の人には落語の記述でよくわからない場面もあるかもしれないが、私にとってはすんなり理解できる話だ。というか、かなり噛み砕いての描写だから一般の人にも理解できるんじゃないかと思う。

よく、「原作を先に読むか、映画を先に見るか」という話になるが、どうあったって原作を先の方がよい。私の場合、昼間半分ぐらい読んだところで、本当に明日公開だろうかと気になって、公式サイトを捜して見てしまったために、自分の中で文中の記述と自分の想像で描いていた各キャラクターの姿が、映画の俳優の顔を見てしまったために以後はすべてそのキャラクターで固定されてしまうという哀しい思いをしてしまった。落語そのものの楽しみ方もそうだ。落語には、八っあん、熊さん、若旦那に横丁の隠居、与太郎、と言ったキャラクターが出ているが、どんな顔をしているかは聞く人のイマジネーションにゆだねられているので、どれが正解というものはない。自分の周りにやさ男風の奴がいたなと思えば「若旦那」がそういう顔になるし、「がさつな人物」と言われれば、自分の周りの荒っぽい奴が八っつあんになる。だから「落語」っぽいもの、「落語」に題材をとったものは多いけれど、「落語」そのものが映像化されることは非常に少ない。こないだはゲームやってて、「1回クリアするまで攻略本は読まんでおこう」と自分で決めていたのにな。配役見ただけで文章を読み進める魅力が半減してしまうとはな。

原作は平成9年に刊行され、文学界ではその頃相当に評価された話だという。自分が大学3年の頃だ。国文科で落語研究会の現役でありながらそのどちらにもひっかからなかったことを恥じた。ずいぶんと長い間をかけて映画化になったという感がある。10年の間に舞台はずいぶんと変わった。原作の設定で、いまは成立しない場面もある。単に「ダイエー」を「ソフトバンク」に言い換えて成立するだろうか?巨人が強くて阪神が弱い時代じゃないと成立しないんじゃないか?(あ、今だけそうか。)そして、テレビやラジオをつければどこかで必ず何らかの野球中継をやっているという設定が今は通用しないよな、なんて思ってしまった。「落語の話なのになぜ野球?」と思った方は、原作を読んでのお楽しみということで。ここらへん映画ではどう描かれるのだろう。10年前の話と割り切ってやるか、演出を変えるか、あるいはこの手のエピソードは大幅に割愛しちゃうか。そういえば原作の登場人物綾丸良は映画には出てこないんだろか。見比べるのも楽しいかも、と思ったらそのうち見に行ってしまいそうだ。

見に行ったら、「ツ離れ」だな、たぶん。

普段映画見に行く人は、ブログのネタには困らないだろな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月11日 (金)

落語を演る

私は大学の落語研究会を卒業しているということを今までにも書いているが、実は卒業して10年経った今でも素人落語を演っている。そんなに頻繁に演っているわけではないが、だいたい年2回ほど機会がある。2回といっても2日しか高座に上がらないという訳ではなく、半年に一度覚えた落語を2~3箇所で披露している。

どんなとこで落語をやっているかは、もし興味があったら私が所属している会のページをご覧になってくれれば幸いである。

http://www.geocities.jp/teru_rakugo/yotaro/

私がやっているのは江戸落語、その中でも古典落語と呼ばれるたぐいのものである。今年の秋から貫地谷しほり主演で放送される朝ドラ「ちりとてちん」は関西の上方落語であり、まあ別の文化と思って差し支えない。だいたい古典落語は数百種類があるといわれている。 私なぞはそんなに「落語研究」にいそしんでいたわけではないのでその中でもポピュラーなものしか知らない。学生時代の4年間に10種類ほどの落語を覚え、卒業してからは、大学時代に自分以外の仲間・先輩・後輩がやっていたネタを思い出しては自分のレパートリーに加えている。

ネタを自分のものにする際には、プロの場合は師匠に稽古をつけてもらい、まず目の前で一席師匠に演じてもらって、それを覚えるという方法をとるようだが、私どもの場合は音源を見つけて、それを聞いて書き起こすという作業がそのとっかかりになる。大学時代やテレビで聞いたことがあるといっても、それだけでできるわけではない(当たり前か)。

半年に一度の寄席が迫ってきた。今までに覚えたネタを使いまわしても良かったのだが、同じ会場で今までの持ちネタはあらかた使い果たしてしまったので、今回私は新たなネタを演ることにした。学生時代、おもに1年生が口馴らしの為に演るネタ「十徳(じゅっとく)」を選んだ。だいたいうちの落語研究会で1年に1人は選ぶ定番のネタだけに、音源の入手は容易かと思われたが、これが難航した。

この噺(はなし)、10分足らずの短いネタで、先にも述べたようにグレードの高い噺ではない。市販のCDやテープの多くは、名のある真打が演じる、たとえば独演会の模様を録音したものであり、こういう噺がそういうCDに収録されることは稀である…という事に、ネタを決めてから気がついた。いざとなれば大学に行ってテープを借りるという手もあったが、その機会を逃してしまっていた。どうにか音源を入手したものの、準備不足は明らかで、最初の寄席まで10日をきった現在、まだ台詞もあやふやで、表現を磨く以前の問題である。再来週の日曜日、果たして私の高座はいかなるものになっているだろうか。

以上、今回の記事はあまりに特殊な話になってしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年3月14日 (水)

かんじやとは読めなかった

1月12日の私のブログ『ちりとてちん』は、9月スタートのNHK朝の連続テレビ小説が「落語」をテーマにしているということで、落語研究会出身の私は大騒ぎして書いていた覚えがする。

そして1月17日の私のブログ『気がつくと人気の人』では、思いがけず世間の注目を「なぜか」集めてしまう人々を私の視点で勝手に書き連ねていたが、その中に大河ドラマ「風林火山」の最初にだけ出てきて、主役の勘助をさしおいていちばん演技が光っていたのが村娘役の「貫地谷しほり」という女優だったということを書いた。

ずっと前の、同じ週に書いた二つのブログが見事にリンクしてしまった。9月スタートのドラマ「ちりとてちん」のヒロインが「貫地谷しほり」に決定したという。

私などは「風林火山」でこの名前を知って、その後でこないだテレビで久々に放映された映画「スウィングガールズ」に出ていたことを知った。その時は「朝ドラのヒロインでその後注目された“本仮屋ユイカ”もこの映画に出てたんだよな」と思っていたところだったが、まさかもうひとりこの映画から朝ドラヒロインが生まれるとは!てことはこの映画のキャスティングってすごいいい素材を集めていたんだなということになる(主役は今をときめく上野樹里だし)。

それにしても名字が「かんじや」と読むのは今日初めて知った。「もとかりや」ユイカといい、NHKは変わった名字が好きである。(「NHKには変わった名字の人が集まる」というのはニュース番組を見続けていればわかることである。)

本人のブログをちらっと見てきた。特技は「トランペット」(さすが!)に続いて「着物を2分で着ること」と書いてある。…これだ!決め手になったのは!(きっと。)

「ちりとてちん」のヒロイン発表で「貫地谷しほり」と書かれためくりの前に立っている本人の写真が載っていたけれど、なんでめくりが「寄席文字」じゃないかなー。スタッフはそういうとこにもこだわって欲しい。まったく、ガッカリだよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月14日 (日)

寿限無(じゅげむ)

EUNOのハンドルネームは大学時代に「ゆのすけ」の名前で落語研究会(通称オチケン)に入っていたのに由来する。自分は大学を卒業して久しく年数が経ったが、未だに落語をやっている、オチケンの中では稀有な存在である。私のいた落語研究会では、卒業してからも落語を聞いたり後輩の活動に関心を持ち続けるのが半分程度。自分で落語をやり続ける人は1割未満。実際に噺家を目指して入門してしまった人は40年の歴史の中で未だ2人しかいない。

私の場合、「そんなに落語続けるなら噺家を目指したりしなかったの?」と思われたりするが、実際に噺家になろうなどとは考えたこともない。私自身、気に入ったものしかやりたくないからプロなど向きはしない。好きなだけで上手いわけでもないし。「好き」というのも微妙で、実は「演じる」のが好きなだけで「聴く」のは対して好きではないのかもしれない。東京の寄席には一度も行ったことないし、地方に噺家が公演に来ると聞いてもまめに聞きにいったりするわけではない。1年に1回聞くかどうかである。落語には「古典落語」「新作落語」と言った区分、「滑稽噺」「人情噺」「廓(くるわ)噺」などさまざまあるが、私自身は古典落語の滑稽噺、それも「しょーもない」噺しか好まない。ちゃんとオチがついてないと気分が悪いし、笑いの少ないもの、深刻な事情をはらんでいるものなどは好きではない。これほど演じるのに制限があっては、素人落語で好き勝手にやるしかない。

さて今回、久々に一般のお客さんの前で落語をある機会があった。演じたネタは「寿限無(じゅげむ)」。ご存知「寿限無寿限無五劫のすりきれ~」で始まる長い名前をつけられた子供の出てくるお話だ。大学の落語研究会では入部していちばん最初に習う噺である。小さい頃聞いた時は、「長生きするために名前を長くしたが、川に落ちた際に名前が長すぎて助けが間に合わなくて溺れてしまう」というむごい話だったように記憶しているが、愛大落語研究会伝統の「寿限無」ではそういうオチではなく、生活のささやかな一部分を切り取ってオチにしている。大学のオチケンではこのネタを1ヶ月程度やって落語の基本を学んだあと、自分が聞いて気に入ったネタを覚えていくことになるのだが、そこでもう「寿限無」はやらない、というパターンが多い。私も大学4年間最初の1ヶ月以後はこの噺をやることはほとんどなかったと記憶している。

しかし、大学を卒業して社会人として生活を送りながら、縁あって落語を披露したりする際に、このネタはひじょうに重宝する。以前、小学生ぐらいの子供がいるところで落語をした際に、普通のネタを演じてもきょとんとしていたので、その後で「寿限無」をやったら聞き入ってくれたのでそのことに気づいた。そう、今の小学生は「寿限無」の名前を知っていたり、覚えていなくても一度ぐらいは聞いたことがある子がほとんどなのだ。聞いたことがあっても「五劫というのは、一劫が三千年に一度天人が天下ってどうのこうの」なんて知ってる子は少ないだろうから、隠居さんが名前に使われてる言葉の説明をする場面など、興味を持って聞いてくれるのだ(理解しているかどうかは別にして)。そしてそれは大人も同じ。そんなわけで学生時代は好んでやらなかったこのネタを、よく演じたりするようになった。

落語にも「ホーム」と「アウェー」がある。私の場合、素人落語の集まりがあって、そこで催す「寄席」は、落語を聞きにお客さんが来てくれる「ホーム」で、新年会などの集まりにお邪魔して落語を演じたりするのが「アウェー」といったところか。前者ではある程度じっくり時間をかけて聞いてもらう噺が向くし、後者は「寿限無」のように、さらっと聞いてもらう噺がいい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月12日 (金)

「ちりとてちん」

2007年10月から始まるNHK朝の連続テレビ小説が「ちりとてちん」に決まったという。

「ちりとてちん」!この名前に聞き覚えのある人なら、タイトルを聞いただけでニヤッとしてしまう。ヒロインが何を目指すかもわかってしまう。

「ちりとてちん」は上方落語(かみがたらくご=関西)の演題だ。記事によればこのドラマは90年代の設定で、福井と大阪を舞台に、落語家を目指すヒロインの話らしい。

私は大学で落語研究会(オチケン)に入っていた。「落語」といえば「迫害されるもの」と同義語であると思っていたぐらいだから、落語が陽の当たるメディアに登場するのが何だか不思議な気分になる。

2005年はTBS「タイガー&ドラゴン」と共に開けた。現代を代表するジャニーズ俳優(長瀬智也・岡田准一)と売れっ子脚本家・宮藤官九郎が本気で「落語」をドラマ化するという、かつてない動きがこの時起こった。そんなこんなで「落語」の関心は高まり、東京の寄席は賑わいを見せているらしい。ジャニーズといえば、TOKIOの国分太一が噺家に扮する映画「しゃべれども しゃべれども」が2007年初夏に公開されるという。そして、10月からのNHKドラマ…。日本の伝統芸能が最新のエンターテインメントに進出する。

そうだった。落語のムーブメントは何も2005年の「タイガー&ドラゴン」で突然生まれたわけではないんだった。NHKの子供向け番組で取り上げられて影響で、近年の小学生はみんな「寿限無(じゅげむ)」の名前を言えるんだそうだ。私はゲーム「スーパーマリオ」に「ジュゲム」という敵キャラがいるところから、「じゅげむ」の名前を覚えており、大学の落語研究会に入った時点で「じゅげむが言える」と言ったらたいそう珍しがられたが、これから落研に入る子達は、「じゅげむぐらいみんな言えるよ」という世代になっていくんだった。

江戸落語と上方落語は別の芸能であるといってもいい。それぞれ長い歴史を持ち、その歴史の中で多くのシステムが生まれている。真打制度も異なるし、興行の形態もしかり。演じられる演題も、それぞれ独自のものが多い。江戸と上方で同じ元ネタから生まれている噺(はなし)も当然多いが、江戸と上方では演出に違いがある場合がほとんどだ。上記の「ちりとてちん」は上方落語の演題で、同様の噺は江戸落語には「酢豆腐(すどうふ)」として存在している。

私が落語研究会で学んだのは江戸落語であった。聴く落語も当然江戸落語ばかりであった。上方落語は江戸と違った面白さがあることはわかっていたが、あえて聴こうとはしなかった。食わず嫌いのようなものだろうか。下地がないから上方落語の本当の素晴らしさがわからんだろうなと思っていた。しかし、これからはそんなボーダーもなくなっていくだろう。いま関西出身で東京で活躍するひとは非常に多い。「東京は~」「関西は~」と区別する必要がない時代になっている。だからこれからは上方落語も分け隔てることなく楽しんでみようかと思う。

実は「ちりとてちん」のドラマ、まだヒロインの女優が決まってないんだって。3月にオーディションで決めるんだそうだ。これから注目していきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)