恐るべし「アタック25」カンニング騒動
10月4日午前2時に書いた文章がさっそくその日の午後には他のサイトに転載されていて驚いた。いまだにトラックバック慣れしていないもので。
「ブログヘッドライン」というサイトのミクシィ(mixi)にアタック25予選でカンニングしたと?というカテゴリー内に、このニュースに対する感想を書いた多くのブログが紹介されていて、その中に私のブログも入っていた。他の大多数のブログが、「カンニングをしたと告白した19歳の学生」を非難したり、「愚かな事をした」と哀れんだりしている見出しであるのに対して、私の記事の紹介文は
*ゆーのすけーぷ2:大爆笑「アタック25」カンニング
この件に関して言えば、実力の無い人を優勝させてしまうほど、他の3人が頑張ってなかったということに尽きるのではないだろうか
http://euno.cocolog-wbs.com/euno/2006/10/25_714e.html
なんか一人だけ学生をかばっているような文章になっている。論旨を明確にする文章を書くのが苦手なため、駄文を連ねていく過程で「結局何が言いたいんだろう」と自分でもわからなくなることがよくある。この時は長々と文章を書いていて、その中で上記の一文が出たのだが、その長文を要約したものがこの一文だった、という訳ではない。うまく纏めることができなかったのは歯痒いが、「結局クイズに対して真摯な態度で臨んでいるかどうかは、クイズ好きからしてみれば即座にわかる」ということを言いたかったのだ(と思う)。
前回の記事で、私は自分自身が昨年「アタック25」の試験を受けた時の事を書いたが、そこで感じたことは「出演する人間を決めるのはあくまで番組制作者の裁量である」ということだった。「アタック25」の番組内で試験の様子をドキュメンタリーにして「筆記試験で○点以上を獲得した者だけが出場する資格を得る」などと発表していたのならば話は別だが、「面白そうな奴だから」という理由で出演が決まるのもありだと思う。実際、クイズの実力は抜群だが、「声が小さい(ボソボソっと喋る)」「顔がテレビ出演に耐えられない(なんて失礼な!)」「華がない」といった理由で出演が見送られた人だってたくさんいただろう。
今回番組の制作者は、「クイズの実力が無い(一定の、クイズ好きから見て納得いくレベルに達しない)」人間を出演させたという「失策(エラー)」を犯したわけだが、それは何らかの責任が生ずることではない。例えば、「楽屋で仲間内にバカうけする芸人がいたのでバラエティ番組に出演させたが、本番ではまったく受けなかった」というのと同レベルだ。受けない芸人を連れてきたからといって制作者が責任を取らされることは無い。しかも結果から言えば、実力不足にもかかわらず優勝してしまうという点で、この「失策」は番組的には結果オーライでさえあったと言えるのだ。
「筆記試験」で「カンニング」というと、すぐに大学の入学試験のカンニングを連想して、「ルール違反だ」「最低野郎だ」と非難に走りがちである。しかし「大学入試」は「筆記試験の成績の良い順に合格していく」ことが内外に対して明確だから「カンニングはルール違反」になるのだが、アタック25の試験は非公開だし、合格基準も公表してない。「筆記試験」はあくまで「こいつがもし出演したらこれぐらい答えるだろう」というのを予測するのに使用しているのであって、「点数が高いから合格」とは誰も言っていない。たまたま「レベルの低い戦いは制作陣として見せたくはない」というのが従来の番組のスタイルだったというだけである。はっきり言ってしまえば、各大学のクイズ研究会でエースと呼ばれるような人たち(筆記試験で30問中28問以上正解するようなレベル)を集めて「大学生大会」を行ったら、彼など出る幕も与えられなかっただろう。今回はそのような趣向を避けて(前回チラッと書いたが、猛者ばかりが集まると、みんな問題を最後まで聞かずに頭の中で問題を推測して早押ししてしまうので「お立ち」が多くなる。さらに視聴者が問題を聞いてテレビの前で答える機会が失われるので、「見ていてつまらない」回になってしまうのだ)、今回は同じくらいのレベルの出場者を集めたと推測されるのだ。
カンニングをしたという行為自体は決して褒められることではないが、彼も、番組制作者も「何ら約束をたがえる行為はしていない」事だけは明白である。その辺のことをきちんと理解しないで、ただ短絡的にその人の人格にまで踏み入って非難をするようなことだけはあってはならないと思うのだ。ただ、クイズ好きはそのことを理解していても、世間一般のマジョリティ(多数派意見)がどう出るかはわからないんだよな。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (1)











最近のコメント