2008年8月20日 (水)

焼津の一番熱かった日?

Matunaga

先週行われた焼津まつりに焼津会場花火大会。どちらも私は参加することなく、むしろ交通渋滞が引き起こされて迷惑だなーぐらいにしか思っていなかった。夏の焼津っ子が熱く盛り上がるイベントで私は熱くなれなかった。

しかし、8月19日、焼津はそれまで以上に熱く盛り上がった。

北京オリンピック男子レスリングフリースタイル55kg級、日本代表として出場したのは静岡県焼津市出身の松永共広選手であった。

もちろん地元では代表に決まった時からニュースになっていて、焼津市役所などに松永選手を応援する旗が飾られていたりして知っていたが、トーナメントの最初の方で強豪選手と当たるという事もわかっていて、過度な期待はしない方がいいと思っていたのが正直なところだった。

それでもいざ試合が始まると気になるものである。午前中の試合はテレビ中継がないのでインターネットで経過を確認する。残念な事にヤフーで設置されてる掲示板は不確かだし、悪意を持った書き込みも多く、意図的にこういう存在を避けてきた私にとっては存在自体が苦々しいメディアではあったが、そこが一番早いので頼らざるを得なかった。途中からは英語の公式ページを更新しながらトーナメント表が上がっていくのを見ていた。ロシアの選手と松永選手の名前が書かれたセミファイナルの表示。更新ボタンを押すとその2人の名前の右の空欄に松永選手の名前が現れた。経過も得点もわからない。ただ「勝った」という事だけがわかった。決勝進出。銀メダル以上確定。これはひょっとしてすごい事ではないか、と思ったそのときはまだ午後1時前のことだった。

焼津文化センターでパブリックビューイングをやっているという事は聞いていた。オリンピックで焼津市出身の選手が活躍、しかも金メダルを獲るかもしれない。そんな事って一生に一度あるかどうかだ。私は常々、「人口12万人の焼津市は1億2000万人の日本の1000分の一の縮図だ」と考えるようになっている。メダリストが1000人いて、そのうちの1人が焼津市民。そんな割合だ。ましてや金メダルだとしたら・・・。仕事中にもかかわらず、私はパブリックビューイングに行く事を決めた。

夕方には激しい雷雨に見舞われ、会場に向かう静岡市内の道路では停電で消えている信号機も合った。それでもこんな大きなイベントに、早く行かないと入れなくなってしまうと思って車を走らせた。

で、会場に到着。なるほど、先の掲示板にあったようにテレビ局・新聞の車が止められている。よくワイドショーで流れる、選手の地元を取材しているあれだな。さぞかし盛り上がっているかと思ったら、駐車場に十分空きスペースがあるので拍子抜け。決勝の試合開始1時間を切っているというのに、300席の会場に一般の観覧者は100人に満たない。え、ここがメイン会場じゃないの?と思いながらもあれだけの取材陣が集結しているんだからここで間違いないんだろうなと思い、18時を待つ。

しばらくして松永選手の生い立ちをまとめたビデオが流される。地元と言っても、同世代でもなければ小さい頃の活躍なんて知る事はない。松永選手は1980年生まれ、私の5歳下である。小学生の松永選手。特別からだが大きい訳ではない。むしろ腕も細くて小さな体だ。しかし相手と組んで押さえ込むと無類の強さを発揮する。どうして相手は抜けないんだろうと思うほど、華奢な体で上手く相手を押さえ込んでいる松永少年の姿が映し出されていた。

国内の試合では同じライバルと何度も対戦し、そのたびに勝利をおさめてこの階級の代表の座を射止めたことがわかった。そうこうしているうちに試合開始が迫り、会場もいつしか満席に近くなった。子供達の応援コールもあって、会場のボルテージは最高、と言いたいところだが、インタビューに答える松永選手同様、シャイなしぞーか県民の特性でライブ会場のような盛り上がりになるわけではない。それでも松永選手入場のシーンでそろえてうちわを叩くなど、自然と盛り上がっていった。

試合はご存知の通り2つのピリオドで相手に上回られ、松永選手は銀メダルに終わった。第1ピリオド、最初に松永選手が相手を押し出して1ポイントを先取したところまでは大盛り上がりだったが、そのあとあまりに簡単に投げ技を喰らい2点を奪われ、まさに「会場が凍りつく」という状態になった。その後松永選手の返し技に対して、テレビの実況では「2点が入る」と行っていたにもかかわらず、ビデオ判定を経ても得点は修正されず。2-2の同点ながら2点の技を決めた相手がこのピリオドを取るというルールに泣いた。

準々決勝と準決勝で、格上の選手を連続撃破しての勝ち上がり。そこまではロクに休んでいる暇もないだろうと思われる連戦だった。なにしろ55kg級の試合が終わって、60kg級の試合が行われ、湯元が勝ったのどうのと言っているうちにもう次の55kg級の試合が始まるといった感じだった。体力的には酷であろうが、逆にそれが松永選手に追い風になったことだろう。3回戦までの勝利で勢いをつけた松永選手はその勢いそのままに2人の世界選手権チャンピオンを打ち破った。しかし最大の敵を倒してから6時間も空けてもう1人と対戦するというのが難しかったか。

パブリックビューイングに参加しての感想は、「ぎこちなさ」という一言がいちばんしっくり来そうだ。司会者の進行、子供達の演出、そして会場内で地元の食品をPRするという企画、そして会場、モニター。すべてにおいて不備なく行われたわけではあるが、どこかぎこちない印象を持った。しかし、それで当然である。「パブリックビューイング」という催し自体、焼津に32年住むが聞いた事がない。ましてやオリンピックのような大きな注目を浴びるイベントで、地元出身選手を応援するというのはおそらく焼津市史上で初めてのことだったと思う。焼津出身といえば大相撲の片山関がいるが、優勝争いをする訳ではないし、ここ数年は十両にとどまっている。PVなんて起こりえるはずがない。

敗戦から時間が経って、試合を思い返してみる。短い時間で準決勝まで行ってしまい、長く間を空けて3位決定戦と決勝だけを行う。まるでテレビ番組の構成作家が決めたような演出だ。また、ピリオド内で同点なのに大きい技を決めた方が勝ちというルールは何だろう。だったら柔道のように「押し出しは1点」「ひっくり返したら10点」「デンジャーポジションで100点」という意味合いではないのか?同じ1点対1点なら、あとに決めた方が勝ちというルールも納得がいかない。お互い1回ずつ相手を押し出して技も何も決まってないのに後に押し出したほうが勝ちになるというのはどうか。0-0の場合、運でほとんど決まるクリンチというのもスポーツの範囲を逸脱している。なにより、技をかける間合いを計りながら試合をしていくのが面白味のスポーツなのに、1ピリオドが2分しかないのがおかしい。「相手の両肩をマットに付けさせたら勝ち」といういちばん象徴的な決着の付け方を演出するルールになっていないと思う。多くの人がルールを知っている柔道と比べて、(柔道もオリンピックのルールには納得いかない部分が多いが、)時間短縮のためにその競技の本質を見失っていやしないかと大きな疑問を抱いてしまう。

そうは言っても、レスリングのルールに文句を言うのは4年に1回、この時だけなのかもしれないが。ただ、松永選手がロンドンを目指す、あるいは焼津から新たな挑戦者が国内外の試合に登場するのなら、我々焼津市民はこれからもレスリングという競技に関心を持ち続けていくことができるはずである。

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2007年9月10日 (月)

静岡関連のスポーツの話題

この週末のスポーツ関連の話題に、静岡に関係のあるニュースが多かったので簡単に記しておこうと思う。

水鳥選手、メダル4個の荒稼ぎ!

やはり一番の話題はこちらだろう。ドイツで行われた体操の世界選手権で、静岡県静岡市出身の水鳥寿思選手が団体総合、個人総合、床運動、鉄棒の4つのメダルを獲得した。水鳥選手と言えばアテネ五輪・男子団体金メダルのメンバーである。得意種目を持つエース級の選手が揃う中、みんなが苦手に思っている種目で水鳥選手が点数を稼いで金メダルに貢献したと、地元では伝えられている。また、地元で知られた体操一家のなかで、寿思選手は体が固くてケガも多く、大成はしないと見られていたというエピソードも有名である。この大会で水鳥選手は日本体操界に欠かせない万能選手であることを証明したのだった。ところで、他の選手は赤い服で、水鳥選手だけ青い服の写真ばかりなんだけど何故なんだろう?

F1日本グランプリ 2009年からは鈴鹿と隔年開催

日曜日の朝刊にトップで載っていた。F1日本グランプリは2007年から静岡県小山町の富士スピードウェイで行われるのだが、世界に名の知られた三重県の鈴鹿サーキットでの開催がなくなってしまうことを寂しがるファンは多くいたはずだ。当初「2007年から5年間は富士」という約束になっていたようだが、いろいろあって2009年からの隔年開催を富士側が認めたということらしい。正直、「富士スピードウェーでのF1」というのが、レースはもちろん、興行面、経済面でどのようなものになるのかまだわからない状態だから何ともいえないが、富士のレースをやったあとで発表したら、「やっぱ富士じゃ不満があるんだ」と思われてしまうから前に発表したんだろう。地元静岡県としては30万人とも言われる来場者によって交通麻痺に陥るんじゃないかという心配がある。もちろん、自分達の生活うんぬんでなく、開催能力のことを心配している。「富士じゃダメだ」と言われて鈴鹿に行くんじゃなく、「富士も鈴鹿も楽しめる」となってほしいものである。TVCMもどんどん入るようになってきたねぇ。

高原選手が「メントレG」に出演!

スポーツの話題というよりスポーツ選手の話題である。日曜日の夜9時「メントレG」に静岡県三島市出身、世界で活躍しているサッカー日本代表高原直泰選手が出演していた。トキオのメンバーや稲本選手につっこまれていたけれど、「静岡弁」ってそんなに他県の人から聞いてわかるもんなのかな?その事ばかり気になっていた。ところでこのオンエアを見ていて一番関心したのはジュビロの中山雅史選手のトーク術の見事さである。こりゃいつ引退しても大丈夫と思ってしまう。むしろ、本格的にタレント業に進出したら仕事を失うタレントが多く出そうだ。最後はレストランで「地元の味を楽しみたかった」とネギトロ丼を選ぶなど、終始静岡愛にあふれた1時間であった。ん、水鳥と高原はほぼ同世代??

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2007年9月 6日 (木)

来てます台風

この1週間は全国ニュースで静岡県が舞台になることも多かった。まずは静岡県から選出の坂本由紀子外務政務官が遠藤農相と同じ日に辞任。その後、収支報告書の「訂正」を申し出る閣僚が続出し、静岡選出の上川少子化対策大臣も今日は弁明に追われていた。全国で報道されたかどうかわからないけれど、浜松で2日続けて信用金庫と郵便局で強盗事件が発生。手口や目撃された人物が似ているので同一犯の可能性が高い。さらには浜松市内の工場で建物が爆発して重軽傷者を出した事故が起きた。骨組みだけになった建物、顔の半分を包帯で覆われた負傷者のインタビューなど、衝撃は大きかった。島田市内では15歳の少女が38歳の男性を車内で刺殺した事件が発生した。少女は静岡市、男性は掛川市の人だったが、どうやら男性が無理やり少女を車に拉致し、逃げるために殺したのではないかと見られている。

今日は台風9号が本州にやってくるということで、まず暴風域に入った静岡県内各地の映像が多く全国に報道された。

私の住んでいる静岡県焼津市でも昨晩から風と雨が断続的に強く降りしきった。今日になってからは一日中強い雨が降り、時々強風が音を立てて吹いていた。交通量の多い道路沿いのオフィスで仕事をしていたが、この天気が原因なのだろう、交通事故で通行止めが起きていた。午後3時頃が強風のピークだったようで、夕方、今後に備えて早めに帰宅したのだが、そのときほど強い雨にはなっていない。が、風は相変わらずものすごい音を立てている。時折家が揺れるように感じる。

それにしても、早く家に帰ってきてもロクなテレビ番組やってない。「とりあえずプロ野球を」というのも今は昔になってしまっている。ホントにこんな番組どもの方がプロ野球より視聴率が高いのかと信じられない思いである。早く帰ってよかったことといえば、平日の7時台にしか見られないNHKの半井(なからい)さんを見られたことぐらいか。紅白出演も果たし全国的にも知られているのにいまだに名字と名前両方に振り仮名がついていた。

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2007年8月17日 (金)

静岡が勝った

NHKの「ニュースウォッチ9」でスポーツコーナーを担当している青山祐子アナがこの日はお休みだった。前の日のスポーツコーナーでは、恐ろしく枯れた声でニュースの聞き取りにくいことこの上なかった。抗議の電話が殺到したか、さらに今日になっても状態が良くなくて強制退去となってしまったか。

替わりに出てきたのが、鎌倉千秋アナであった。この人は我らが静岡県焼津市の出身だ。2年前までのニュース番組「ニュース10」での活躍の後、「プライスの謎」というクイズ番組の司会をやっていたのだが半年で終了。その後はたまに海外ロケの番組や「英語でしゃべらないと」でチラッと見かける程度だった。この日はピンクの勝負服(?)でバッチリ決めて、ニュースコーナーを無難にこなし、見事にピンチヒッターの役割を果たしたのであった。

ピンチヒッターといえば、この日の静岡代表、常葉菊川高校である。「春夏連覇」と報道されいつもの静岡県勢とは比べものにならないプレッシャーのかかる常葉ナイン。エース田中投手は月曜日の試合と比べて明らかに調子がおかしい。解説陣に言わせれば「月曜日の登板も本調子には程遠い」そうだが、少なくとも月曜日の試合では大量点を喫するような気配は微塵も感じなかった。それがこの日は4つの死球など、素人目にも「並みの投手以下」の様子であった。5回につかまり3失点で降板。リリーフの戸狩投手が以降は点を許さず、味方の反撃を待った。そして8回ウラ、代打伊藤が3ランホームランで一気に同点に追いつき、延長10回ウラ、またも伊藤のサヨナラヒットでこの苦しい試合をものにした。

レギュラーが苦しい時にリリーフが、ピンチヒッターが結果を出す。チーム全体で戦うという姿が人々の感動を呼ぶのだろう。プロ野球が何日も連続でテレビ中継ゼロというこのご時勢に高校野球は全試合を生中継。しかも地元の試合なんかだとNHKと朝日と2局で同じ試合を中継したりなんぞするのも、人々のニーズがあるのだろう。(と、納得しようとしたがやっぱり巨人戦の中継がないのは許せん。)

この試合に勝って常葉菊川はベスト8である。例年だったら「静岡がベスト8!」というだけで大盛り上がり「よくやったよくやった」ということになるのだが、今年は「春夏連覇」という言葉が踊る。しかしながらエース田中の復調がなければ今後勝ち進むのは不可能だ。

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2007年7月25日 (水)

買っちゃった

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静岡県民として買わずにおれんかった1枚。

「チャットモンチー」や「ハレンチパンチ(80パンに改名)」など、女の子3人組の歌手は数あれど、我らが静岡県民の一押しは「GTP」。その記念すべき1stアルバムがこの7月25日に発売された。アルバムのタイトルはグループ名の由来である「GO TO PANTY」…何のこっちゃかと思えば、「今はまだデカパンだけど、いつか素敵なパンティーの似合う、素敵な大人になりたい。」という意味らしい。「CAN YOU CELEBRATE?」(=祝ってくれますか?)ぐらいヘンな英語だが、そこがまたらしくっていい。

デビューは2004年2月だってから、ずいぶんと時間をかけての1stアルバム到達である。東京で活動しているが、メンバーの一人で全オリジナル曲の作詞作曲をしている大倉沙斗子が静岡県牧之原市出身である。代表曲は静岡県で空前の大ブームを巻き起こした(?)2006年4月発売の「冷凍みかん」・・・って、もしかして静岡以外じゃ全く知られていないんだろか。大倉さんの出身地、旧相良町(さがらちょう)はビタミンCの発見者鈴木梅太郎博士の出身地であり、「ビタミンタウン」と銘打って町のPRをしていたということを本人は知っててこの曲を作ったんだろうか。

2005年あたりから、地元静岡のFMラジオ「K-MIX」で、「GTP」の歌う怪しげな静岡特産品の歌が流れ出した。他の地域の人には想像もつかないその特産物を連呼する歌詞にこの上ないローカル性を見いだし、これを聞いた静岡県民はニヤリとせずに入られなかった。ずいぶんと長いこと経ち、2006年4月にCDが発売されることに決まった。「そんなに長く引っ張ったらその間に飽きられるんでないか?」と思ったが、実際には発売してからの反響がすごかった。FMラジオ局だけのオンエアから各テレビ局に取り上げられ、あげくNHKでも出てたからその勢いは相当なものであった。

で、今回ようやく1stアルバムの発売である。ここ数年の流れではアーティストはデビューしてすぐに1stアルバムを出すというパターンが多い。「デビュー曲が代表曲」という宇多田ヒカル、倉木麻衣、平原綾香など、デビューして数ヵ月後には1stアルバムが出て記録的なヒットを飛ばしているのは記憶に新しい。初めから「シングル」→「アルバム」というコンボを用意してその発動時期をさぐっているかのようだ。そうして考えると、どうして「代表曲」といえる曲が出た直後にアルバムを出さなかったんだろう?という疑問が残る。書いたとおり、その当時でデビューから2年が経過し、もち曲も幾らかあったであろう。ずっと前からラジオで流れていた「冷凍みかん」も「これからあったかくなって冷凍みかんを食べる人が増える」という時期になるまでわざわざ待って発売したんだから、その直後にアルバムを用意するという戦略も取れた筈である。でもそうしなかった。もったいないなーと昨年からずっと思っていた。

今回アルバムに収録されている14曲を見て、あることに気がついた。今までに発売した5枚のシングル(と、非売品の静岡県内のキャンペーンソングが1枚)がすべて収録されているのだが、5枚のシングルに収められているカップリング曲は1曲も入っていないのだ。カップリングをアルバムに入れないというポリシーを貫くアーティストは少なくないが、ラジオでも良く流れていたこれらの曲をバッサリ外すあたりは潔いではないの。どんどん持ち曲は増やしていくよっていう意思表示と取れなくもない。

まずは聴いてみちゃってほしい。1曲目から「ナンジャコレハ?」と思うけれど、シングル曲などはどれもキャッチーなメロディが心地いい。それらは既に聞いているからそれ以外の曲で言うと、7曲目の「ケンガイ」がインパクト強かったかな。「超話題曲」て触れ込みも頷けるってもんだ。

GTPホームページ

http://www.forlife.co.jp/gtp/index.html

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2007年7月 5日 (木)

ウィキペディアよく使います

静岡県に関する事柄が全国ニュースになったりすると真っ先にネタにしようと常日頃つとめていて、以前は静岡県出身の柳沢大臣の「産む機械」発言の際はニュースに載ってすぐにこのブログで取り上げたりしたものだが、今回の記事はほぼまる1日気づかなかった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070705-00000064-jij-soci

この記事は、「静岡新聞」が朝刊のコラムで、インターネット上の百科事典「ウィキペディア」から出展を明らかにせずに引用したということを謝罪した、というものだった。

私の家では静岡新聞を取っていて、毎朝仕事に行く前にざっと目を通している。今朝も静岡新聞の記事をささっと読んでから出かけたのに、そこに載っていた「お詫び」の記事を完全に見落としていた。夕方になって、ネットのニュースで上記の記事を見つけた次第であった。

静岡新聞は人口380万人の静岡県内でトップのシェアを誇る新聞である。少し前までは新聞の1面に「本日の発行部数」が誇らしげに書いてあったのだが、今は書いてないようだ。確か「県内世帯の70%」とか、静岡新聞社に社会見学に行ったときに聞いたような気がしたが、正確な数字ではないことをあらかじめ断っておく。

実際に手元にその新聞があるので見てみた。一番後ろのページを一枚めくったところは県内外の大きなニュースがまとめられていて、今朝も私はこのページを見開いて見出しを目で追った。「浜岡原発でプルサーマルの認可が下りた」とか、県内でも影響力の大きい「水産大手マルハの子会社が期限切れマグロを出荷していた」記事など、確かに今朝、そういうニュースの見出しは見た。しかし同じ見開き内の「お詫び」は見落としていた。記事中に細い罫線で囲まれた2段の記事だ。罫線が太けりゃたぶん目が行ったことだろう。、ネット上の各社が報じている通り、6月29日朝刊のコラムで宮沢元総理の死去に際し生前の功績を書き連ねた際、そのエピソード2つが、「ウィキペディア」の記述に似ていると読者より指摘され、調べた結果担当者が引用を認めたということだった。

この「お詫び」記事には「指摘を受けるまでもなく不適切な行為で、読者と関係者におわび申し上げます。」とあるが、過去にさかのぼって検証をするとかそういう記述はなかった。「お詫び」には誰がいつ指摘したかについては触れていなかったが、時事通信の記事によると「掲載当日に読者からの指摘で発覚した」とあり、読売新聞の配信した記事によると「過去の記事についても不適切な引用がないかを調査」するとのことである。しかしまあ、このような事例は枚挙にいとまがない。地方新聞でも、大新聞でもだ。特に発行エリアが限られている地方新聞でも、今はほとんどネットでの記事の配信は行われているし、どこからも誰からも指摘される可能性はある。他社が記事の“引用”、時には“盗用”と言えるようなことをやったと記事にしている筈なのに、新たにこういうことが発覚してしまう。「昔ならバレやしなかっただろう」と思っているのだろうか。

このニュースの背景には、既存のメディアと新興のインターネットメディアの対立と言うものがあるんじゃないだろうか。いちおう先に言っておくと、この段落の記述はどこからも“引用”してない、私独自の考えだから、どこかで同じようなことを書いていたとしても偶然の一致だと思ってほしい。近年よく聞かれるようになった言葉に「アーカイブ」というのがある。いちばん有名なのは「NHKアーカイブス」だが、テレビや新聞といった既存のメディアには、その組織によって過去から綿々と蓄積された「知の財産」があるわけであり、執筆者が誰とも知れない「新興メディア」の情報と比べて「質的に勝っている」という自負があるのだろう。だから、本来元ネタを記載する必要があると考えても、「ウィキペディアによると」という記述は既存メディアのプライドが許さなかったのではないだろうか。

こういうケースが1件発覚すると、家の中のゴキブリの如く、1匹出たら32匹なんていうけれど(そういえば“32匹”というのの元ネタは何だったっけ?)、このような場合調べてみると日常的に引用が行われていた、というケースが多い。最近では読売新聞の新聞小説の挿絵のイラストレーターが構図をいろんなところから取って来ていたというニュースがあったが、これも調べてみたら相当数にのぼったなんてことが報じられていた。

例えば「○月○日は何の日」とか、ブログやネットのメルマガで書こうと思ったらネットで調べたりする。ごく一般的なこと(例えば立夏って何日だったっけ?)とかは、まあ出典など載せる必要はないが、「○○協会が設定した○○の日」とかで、世間にあまり浸透してないものを取り上げる時などは躊躇してしまうな。

つい先日、「しょこたん」こと「中川翔子」さんの新曲がオリコン3位になったということで、本人が「お父さんが果たせなかった紅白出場を目指す」と言っていた記事を見て、しょこたんの父親が芸能人で既に亡くなっているということを初めて知った。そこで父親の「中川勝彦」という名前を「ウィキペディア」で調べたら、自分の知らない壮絶なこの親子のエピソードが満載で、「さっそくこの驚きをブログに書こう」とも思ったが、結局「ウィキペディアの受け売りで、自分自身が記載できることはないじゃないか」と思って結局書かなかったと言うことがあったばかりだった。私も、このブログは商用ではないものの、ブログに記事を書くと言うことは「パブリッシュ」(出版=公にする)ということであるということを、もう一度良く考えていかなきゃいけないなと、また改めて思ったのであった。

あと、「ウィキペディア」は執筆者が誰かわからないものだから、ここで何か知識を得ても、それで終わりにせずに、もう一回検索をして、その事柄のオフィシャルなページに行って、裏付けを取ることが必要だなとはよく思う。

さて、明日の朝刊のコラムには何と書かれているだろうか。そして読者からの批判は投書欄に載るだろうか。政治家や役人や企業の不祥事が後を絶たない現代だけに、県内の有力メディアがどのような責任ある対処を見せるのか、しばらく注目していきたいと思う。

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2007年2月 6日 (火)

静岡空港

ブレイクする前、お笑い芸人・はなわがNHKの、たぶん「オンエアバトル」だったと思うが、帰郷した時の出来事を例によってベース一本でネタにしていた。ずいぶんと昔のことだが、「佐賀にも空港ができたというので佐賀空港から帰ってみたが、福岡からの方が早かった」というネタだった。九州には各県に1つは空港があり、地図上で見るとそんなになくてもと思うほど密集している。誰が言ったか「一県に一空港」なんて、本当に必要なのかよという、批判を込めたネタに聞こえ、「こいつはなかなか骨のある芸人だ」と思ったものである。

静岡空港、正確には「富士山静岡空港」というのが現在建設中である。場所は静岡県中西部、牧之原市と島田市の間の山中で、いま山地を平べったくしている最中である。完成は、地権者の反対などにより当初予定より遅れ、平成23年予定だったか。

はたして静岡空港が出来て静岡県民には恩恵があるのだろうか。実は静岡県には、「空港開港に関する県民の意見」がまったくと言っていいほどあらわになっていないのである。かつて石川現知事は、県知事選挙の際に「県民投票、いいでしょう。」と自信を持っていっていたのだが、当選したとたんに、(わかってはいたことだが)議会の声に押されトーンダウンして、県民投票なども行われていない。ということは逆に「(県民投票を)やれば反対が多数を占めるに決まっているということだ」という認識だけは県民の間に広まっている。

空港を利用してどこへ行くか。国内の各都市を結ぶ路線は当然あるだろうが、現在は利用客の少ない路線はどんどんカットされていく時代。どれほど多くの行き先が残るだろうか。そして海外。アジア近郊の主要都市なら静岡から直通という便もあるだろうが、それ以外の都市に行くなら成田・セントレア・関西の国際空港へ行くことになるだろう。しかし、静岡県は新幹線が通っており、東京、名古屋、それに大阪のいずれも数時間(大阪でも4時間以内)に行けてしまうところにある。静岡に空港がないと困ることはないのである。

きょう2月6日未明、静岡県庁前で男性が焼身自殺をした。そばには空港建設に抗議する内容の紙があったという。

大半の静岡県民が「どちらかといえばいらないけど」「でももう予算の半分は使っちゃってるしいまさら止めても無駄だし」「だったら最後まできっちりと」「東海道線の沿線人口・県内の人口は多いから、あればあったで利用者は多いだろうし」と思っている静岡空港。いまでも空港近くの町に行くと、「反対」と書かれた市民の看板やのぼりに、空港をPRする市や町の看板が混在しているのを見ることが出来る。

わたし?私は高いところは苦手だし、いまだに鉄の塊が空を飛ぶのが信じられないので、どちらにしろ飛行機には乗らないけれど。

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2007年2月 5日 (月)

選挙が終わって

昨日2月4日、全国ニュースと私の地元で選挙がおこなわれ、その結果が報道された。

全国のニュースになったのは「北九州市長選」と「愛知県知事選」であった。いつの間にか、「生む機械」発言の柳沢厚生労働大臣のクビがかかった選挙に仕立て上げられてしまった2つの地方選挙。むこう数年間の自治体の行く末を、その日の風向きで決められちゃたまったもんじゃない。住民にとって見れば迷惑この上ない話だったことだろう。結果は1勝1敗であったが、「愛知県知事」で勝った与党側の勝利ということで、政府・与党は「柳沢擁護」の立場を固めた、という。一方の野党側は、敗れたとはいえ「愛知県知事」選挙で票が肉薄したのは与党に対する不支持が高まっている証拠だとして、今後も何らかの進展がない限り本会議の欠席などの手段をとり続けるということである。

野党側は完全に機を逃してしまっている。辞めさせるならもっと短期間で、与党からも「辞めてもらうしかないんじゃない?」という声が起こっているうちに行動を起こし、逃したとあらばスパっと次の行動を起こすという機敏さが求められていただろう。「要求が通らないから出席しない」という今の野党の態度は、すぐに国民に見放されるに決まっている。私たちサラリーマンは「この仕事したくない」といって会社をサボることは許されないのだから。そんなことすれば「君、明日から来なくていいよ」ということになるが国会議員にはそんな決まりもない。

そうだ。「本会議や委員会を欠席したら、その分の給料(歳費)は出ない」というふうにしたらどうだろう?そうすれば、何でもかんでも「欠席だ」ということにはならないし、逆に「自分の身銭を切ってでもこれだけは譲れないんだ」ということになれば欠席戦術の本気度もアップするのではなかろうか。

話は変わって、もうひとつの選挙は私の住む静岡県焼津市の市議会議員選挙。こちらは「与党対野党」という構図ではなく、「一市一町」対「二市二町」の合併の枠組みをめぐる選挙であった。しかしながら投票率は前回よりも低かったということである。嘆かわしい限りだ。結果としては「一市一町」の合併推進派が過半数を獲得し、お隣の大井川町、そして現職の焼津市長が掲げている「焼津・大井川」の合併に向けての動きが加速しそうだということである。これで「藤枝市」はわずかな「二市二町」の望みが絶たれ、隣の岡部町と合併するのではないだろうかとも言われている。

私は「名前」の持つアイデンティティというものがひじょうに大きいと思っている。「二市二町」の合併を推進する人間に面と向かって会ったら、こう聞いてやりたい「じゃあ、その市名は何ですか?」確か「藤枝市」「焼津市」以外の名前にするって決まってましたよね?「志太市」?そんな地名、二市二町の住民以外は誰も聞いたことがありませんぜ。「南静岡市」?そんな恥ずかしい名前だけはやめてください(と言ってたらどっかに「北名古屋市」なんて市が出来ててビックリ)。「ふじえだ市」いまどきそういう歴史や伝統を無視する名前の付け方は勘弁して。・・・ほら、無いでしょ。やはり漁村として繁栄した「焼津・大井川」と「旧東海道沿い」の「藤枝・岡部」の合併がいいって。そうすれば「ゴン中山」も晴れて「藤枝出身」となるんだし。

24人中3人しか落ちない選挙ではあったが、おしまいの方はわずか数票差だった。39.8度の高熱を押して投票に行った甲斐があったというものだ。

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2007年1月27日 (土)

静岡県の恥

今週、富士山がユネスコ世界文化遺産の「暫定リスト」に載ったということで地元ではニュースになった。「富士山」は静岡県と山梨県が世界遺産登録に向けて活動している。世界遺産には「自然遺産」と「文化遺産」があるのだが、今回のエントリーは「文化遺産」である。富士山が古来より日本人の信仰の対象であり精神的なシンボルであったというのがその理由であるが、雪を抱いたその美しい姿が、なぜ「自然遺産」でないのか?そもそも最初は「自然遺産」での登録を目指していたのだが、「文化遺産」に切り替えた。なぜか?それはアルピニストの野口健さんも言っている通り、「富士山は近くで見るとゴミの山である」というのが最大の理由である。これは何も今に始まったことではないが、このことを思うたびに、富士山の半分を有する静岡県民として、ふがいない気持ちになる。まずは「文化遺産」に認められて、そして一刻も早く「富士山」を守ることの重要性を日本中にアピールして、不法投棄の撲滅、登山者のモラル向上などに努めていかなくてはならない。

今日1月27日のニュースより。「15から50歳の女性の数は決まっている。生む機械、装置の数は決まっているから、機械と言うのは何だけど、あとは一人頭で頑張ってもらうしかないと思う」松江市の自民党県議の集会で柳沢伯夫厚生労働相が発言したという。女性を「子供を生む機械」と表現しているともとれる発言で、物議を醸しそうだという事だ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070127-00000095-mai-pol

柳沢伯夫は静岡県3区選出の衆議院議員である。いわばわれわれ静岡県民が送り出した国会議員である。静岡県から閣僚が出ているということは、県の誇りでもあったのだが、このような発言をするということは県の恥である。

静岡県出身の政治家の不祥事といえば、昨年発覚した、山本モナの不倫相手が静岡県選出の細野豪志衆議院議員(民主党)であったという件以来である。妻子ある男と一緒に居ちゃダメだよ30歳。30歳といえば一青窈さん。ベストアルバム「BESTYO」買うほど好きだったんだけどなあ。考えてみれば昔の曲は好きだけど、ここ1~2年の、小林武史プロデュースの曲はあんまり好きじゃないんだよな。「My Little Lover」や「初期のミスチル」に見られる、小林さんの手がける甘酸っぱいメロディーラインは好きだ。一青さんの、オリエンタルな雰囲気の楽曲と、常人には決して作れない不規則な言葉を並べた詩も魅力的だ。しかし両者が一緒になると、そのどちらもが消えてしまっているのだ。この報道を機にきれいさっぱり離れて欲しいと願うばかりである。

話がそれてしまった。国会も開会したわけで、来週からは政府・与党は野党から様々な追及を受けることだろう。こういう時期に閣僚から問題発言が出るというのは痛いところだ。みすみす野党に攻撃材料をひとつ与えてしまったことになる。百歩譲って「表現」のところを目をつぶったとしても、発言自体、「女性が子供を産んでくれる」ことをただ期待するだけであって、厚生労働省として何をすべきかが見えてこない。

「大企業の設備投資が増えている」と言われるよりも、「将来の社会を担う、新生児の数が増加した」というニュースの方が、国民は未来に希望が持てると思うんだが。

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2007年1月23日 (火)

静岡からのんきな話題

先の日曜日に千秋楽を迎えた大相撲初場所。ちょっとした力士の話題が持ち上がった。いや、八百長疑惑とかじゃなくて、本当にどうでもいい話なのだが。

話題の中心は東関部屋の幕内力士、潮丸(うしおまる)関。ご存じ、我らが静岡県出身の関取だ。なんでも、「納豆が体にいいと“あるある”で見て、場所中合計で40パックは食べた」というのだ。土曜日に「あの番組はウソだった」と知って、怒り心頭だというのだ。

潮丸は近頃の力士ではめっきり少なくなった、典型的な「お相撲さん体型」の力士である。まさか納豆でやせたいと思っていたわけではないだろうが、番組内で言われていた健康面に良いという様々な効果を信じて食べていたのだという。あのような番組作りの手法が明らかになってしまったわけで、「やせる効果以外の話は本当」だとしても「騙された」という思いのほうが強いだろう。ただ、相撲取りは何百人もいるわけだから、納豆食べて騙された、って思ってる人は他にもいるだろうに、潮丸関のぼやきがクローズアップされてしまった。

この場所、潮丸は実に4年ぶりに幕内で勝ち越した。もう一人の静岡出身、片山関(焼津市出身)が十両で負け越してしまう中、地元静岡でも郷土力士の久々の明るい話題に沸いている。本人も会心の相撲で口も滑らか、と言ったところだろう。

早々に8勝を挙げて勝ち越しを決めたあとに3連敗。せっかくなんだから最後ぐらい勝って締めたいと思うところに「あれウソだった」と聞かされ、千秋楽は騙された怒りをぶつけて9勝目を挙げた。こんなところにしっかりオチがついていた。来場所は幕内定着に向けてさらに邁進していただきたい。

もう一つの話題は今日、1月23日のこと。お茶どころ島田で、小学校の蛇口からお茶が出た!というものだ。よく、「愛媛では水道からみかんジュースが出るんでしょ?」とかいう話がまことしやかにささやかれるというが、当然「静岡では水道からお茶が出るんだって?」なんてのもあるだろう。それが実現してしまったというんだから驚きだ。

これは地元の粉茶を使い、焼津の機械業者が作成した機械で、蛇口をひねるとタンクに貯められた冷茶が出るというものだ。飲料用としてはもちろんだが、冬場は特に、殺菌効果の高いお茶でうがいをして風邪を予防して欲しいという用途もあるようだ。なんとも贅沢な。

なんでも京都で同様の機械が採用されているんだそうな。さすが宇治茶の産地だ。今後は島田市内の学校に順次設置していきたいということだ。私は夏でも熱いお茶が飲みたいから、もしこんな蛇口があったとしてもあまり嬉しくはないがな。

のんきな静岡県と思われがちだが、大小さまざまな事件はよく聞かれる。先月焼津市で発生したブラジル人親子3人殺人事件で改めてクローズアップされたが、県内ではそれ以前に、ブラジル人が事件を起こして母国に逃げ帰るという事件が多数発生している。それらのうち1つで、ひき逃げの容疑がかけられているブラジル人に対して日本から代理処罰の申請がなされ、先日初めて地元警察が起訴に踏み切ったというニュースが報道され、県内では大きな関心を持って受け入れられた。いまや凶悪事件は全国どこで起きてもおかしくはない。もはや「のんきな静岡県」とは言ってられなくなっているのが寂しい。

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2006年12月23日 (土)

焼津で殺人事件発生

12月23日、私の住む焼津で起きた事件が全国ニュースのトップになっていた。

焼津市内に住むブラジル人の女性とその次男が自宅アパートで殺害されているのがこの日の朝までに発見され、その時点では行方不明だった長男も市内の別のアパートで殺害されていた。その別のアパートの住人は、女性と知り合いだったブラジル人の男性で、既にブラジルに出国していた後だった―。

自分の住む焼津は普通の地方都市。静岡というおとなしい人の住む地域性から、凶悪事件などそうそう起こらないものだと思っていた。

焼津市は人口12万人の街だ。1億2000万人の日本の1000分の1の社会だ。そう考えれば全国ニュースの1000本に1本は焼津の話なのかもしれない。「凶悪な事件は都市部の話」という認識は捨てるべきか。

焼津で起きた事件といえば、2004年に職場の同僚を殺害し、2005年に妻を殺害し逮捕された男が焼津に住んでいたという事件があった。つい先日死刑判決が言い渡され、とうとう焼津にも死刑を言い渡されるほどの極悪人が現れる世になったかと背筋の凍る思いをした。あとは「はぐれ刑事純情派」で容疑者を焼津の断崖、大崩(おおくずれ)で確保する回(そりゃフィクションでんがな)ぐらいだろう。

9年近く前になるが、東京で保育園の母親同士でうまくつきあえず、その幼い娘を殺害するという事件が連日報道されたが、その容疑者が大井川町出身で、遺体は大井川町の実家で発見されたというのがあった。合併すれば同じ街の事件ということになる。

今回の事件の話に戻る。この事件では、長男殺害の容疑で、女性の交際相手の男性を指名手配したのだが、この容疑者がすでにブラジルに出国しているというのだ。実は静岡県では、同じくブラジル人の多い浜松市で昨年起きたひき逃げ事件で、事件後ブラジルに出国した容疑者を、「容疑者引渡し条約」がないため逮捕することが出来ないという問題が発生。署名を集めるなどして国に「一刻も早くブラジルと犯罪容疑者引渡し条約を結ぶ」ように働きかけを強めていた矢先の事件であったのだ。果たして今回の事件では、容疑者を逮捕することが出来るのか。

いまや日本には多くの外国人が働きに来ている。その大半は法を犯すこともなく普通に暮らしている。しかし、このようなケースの場合、日本で罪を犯しても出国してしまえば日本の警察が容疑者を取り調べることが出来ないという事実がある。われわれ日本人も100人のうち99人以上の人は殺人などの法を犯すこともなく一生を終えるだろう。しかし罪を犯せば隠し通さない限り法の裁きを受ける立場にある。それは当然のこととしてわれわれの前に存在する。「容疑者引渡し条約の締結」は「外国人は犯罪を起こしかねない」という偏見を助長するものではなく、「罪を犯せば法の裁きを受ける」という当然の事実が欠落しているという事態を是正することなのである。それこそ、締結が遅れれば遅れるほど、このような不条理がまかり通り、「外国人には殺され損だ」「外国人には近寄るな」という偏見を助長することになりかねない。

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2006年12月18日 (月)

市町村合併の話

皆さんがお住まいの地域にも、市町村合併の話題はおありだろうか?

私が住んでいる「静岡県焼津市」も現在、市町村合併の問題は避けて通れないところである。「平成の大合併」はひとつの段階を超えたといわれるが、いまはその第二段階に向かっているのだという。ここでまず私たちの住む静岡県の市町村合併事情について簡単に説明したいと思う。

静岡県は2003年に「静岡市」と「清水市」が合併して「静岡市」となったのを皮切りに、各地で合併が行われた。私の記憶では大合併の前は80前後の市町村があったのだが、現在は自治体の数は半分程度に減っている。そして「~村」はついに消滅した。2005年には12もの市町村が合併して新「浜松市」が誕生した。73万人の静岡市、79万人の浜松市、いずれも「政令指定都市」となる。それ以外の地域でも合併は盛んで、「伊豆市」「伊豆の国市(タリウム事件で有名になった)」「牧之原市(冷凍みかんで有名なGTPの出身地)」「菊川市」「御前崎市」という新たな市が誕生した。特に県西部(旧遠江国:とおとうみのくに)で合併は盛んで、この地域に多く存在していた町村は「掛川」「袋井」「磐田」「浜松」といった従来あった市に吸収されていった。

西部に比べて合併が遅れている県中部(そもそも、「進んでいる」「遅れている」という言い方をされるのが一方的な価値観の元に使われる言葉であって釈然としないが)、とりわけ志太地域といわれる2市2町が現在合併を目指しているが、一筋縄でいかないというのだ。

志太2市2町とは、私が住んでいる、黒はんぺんやカツオ・マグロで有名な「焼津市」、サッカーで有名な「藤枝市」、緑茶・特に玉露で有名な「岡部町」、有名な河川・大井川の下流に位置する「大井川町」である。いずれも志太郡に属しており、地域的な結びつきが強い、とされている。焼津市・藤枝市ともに人口は12万人程度。若干藤枝市の方が人口が多いようだ。

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私が何か遠回りな言い方をするのは何故かと言えば、後で詳しく述べるが、2市2町での合併に反対と思っているからである。私は焼津市に住んでいるが「漁業の町」として全国的に名を知られ、ブランドイメージも定着している「焼津」の名前がなくなるのは大きな損失であると考えるからである。2市2町での合併は以前、当該自治体同士で合意がなされていたのだが、焼津市が離脱を表明して以来、棚上げになっているのである。この時の「合意」に際しては、「新市名は『焼津市』でも『藤枝市』でもない名前にする」とされていたのである。市名が変わることは「サッカーのまち」として知られた藤枝にとっても損失ではないだろうか。

漁業の町でもあり、サッカーのまちでもあり、次郎長さんのお膝元で、ちびまる子ちゃんの出身地で、平川地一丁目の名前の元になった「清水市」は、自治体名としては既に存在しないのだ。

静岡県内の合併の話を先に述べたが、「静岡市(清水市が含まれる)」「浜松市(浜北市・天竜市が含まれる)」の二大都市以外は「複数の市の合併」はひとつもないのである。静岡県における「平成の大合併」は、上記2市以外は「周辺町村が中核市に吸収される」パターンか、「複数の町村が合併して新しい市となる」のいずれかであったのだ。「政令指定都市になる」という大目標があるからこそ清水市・浜北市・天竜市は市名を降ろすことを受け入れたわけであるが、それ以外で市名を降ろしたところはひとつもないのである。この志太2市2町合併が、その最初のケースとなる予定になっていたのだった。

また、これは個人的な意見であるが、「旧東海道の宿場町であった藤枝市・岡部町」と「漁民の町であった焼津市・大井川町」は、共有している文化もあるものの、それぞれ独自の歴史・文化を持っているとも言えると思う。そんなわけで、最近は「焼津市と大井川町が合併」「藤枝市と岡部町が合併」「その後のことはあとで考えよう」という意見がちらほら起こっているのである。そして昨日12月17日、当該自治体のひとつ、大井川町が条例に基づく住民投票を行った。大井川町として「焼津市との1市1町合併を目指す」か「志太地域2市2町合併を目指す」かを選択するものであった。投票率が50%をきった場合は開票されないということで、周辺の市町も固唾を飲んで見守っていた。

結果、住民投票は成立し、開票の結果は「1市1町の合併を目指す」方が多数であったということであった。果たして、上で述べたような形で合併が行われることになるのかどうか、当事者として気になるところである。そもそも「合併しなきゃ行政サービスのスリム化は見込めない」と誰が決めたんだろうか。合併せずに志太地域で手を取り合ってサービスの効率化を図ることは出来ないというのだろうか?(そもそもは赤字を抱える藤枝市との合併を大井川町が嫌がったことが破綻のきっかけになった。)

「焼津市と大井川町が合併。新市名は大井川市」というオチだけは勘弁よ。

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2005年8月16日 (火)

1000分の1に埋もれるな

私は静岡県の焼津という街の出身である。

焼津市の人口は12万人弱。日本の人口が約1億2千万人だから、ちょうど日本人の1000人に1人が焼津市民ということになる。自分の街のことをそんな風に考えるのって、私だけ?

1000枚の紙が部屋に散らばっていてその中の1枚を取り出すようなものだけれど、焼津をもっとメジャーな地域として多くの人に知ってもらいたいという思いは常にある。

と言う事で、世間からは「1000分の1」の存在である「焼津」メジャーへの道と題して書いてみようと思う。

大河ドラマ「義経」である。

回によっては20%の視聴率に届こうかという言わずと知れた国民的ドラマ。言ってみれば世間から「5分の1」の存在である。

そのうち主要な登場人物の1人1人にまで目を配って見ている人はどれくらいだろうか?

劇中でうじきつよしさんが演じる「駿河次郎(するがのじろう)」が何を隠そう焼津の出身なのだ。

と言ってもそれを裏付けるのは義経一行が二手に分かれて旅をしようと提案し、「落ち合う場所は、やいづ」と言った台詞だけなのだが…。

どうやらものの本によると、義経の一行の中に「次郎」という船乗りがいたという記述はあるらしいのだが、それが焼津っ子であるとかいうのはドラマでの設定であるらしい。

「駿河ことば指導」というスタッフがいて独特の言葉を使っているものの、私の父親に言わせるとあのしゃべりはニセモノであるらしい。

「~だに。」は使わないな~などと聞いていたが、昨日(8月14日)の放送で「行かざぁ(行きましょう)」と言う台詞が出たときは一同大納得であった。「行かざぁ」は焼津弁の代表格のようなものである。

しかし焼津の年配の方(若い人は焼津弁はすっかり使わないのだ)の大半は、この日行われた「焼津海上花火大会」を観ていて、ドラマを見ていなかっただろうと推測されるのは残念の極みである。

ちなみに焼津は昔っから漁村であり、「海をまたにかけて商いをしてみよう」という人物が出たかは大いに疑問である。後に整備された「東海道」でも焼津は通らないし、当時の旅人が寄り道をしてまで焼津で落ち合う必要があったかどうかも疑わしい。ま、ドラマも娯楽だから、細かい事は気にせずあと4ヶ月楽しみたいものである。

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