焼津の一番熱かった日?
先週行われた焼津まつりに焼津会場花火大会。どちらも私は参加することなく、むしろ交通渋滞が引き起こされて迷惑だなーぐらいにしか思っていなかった。夏の焼津っ子が熱く盛り上がるイベントで私は熱くなれなかった。
しかし、8月19日、焼津はそれまで以上に熱く盛り上がった。
北京オリンピック男子レスリングフリースタイル55kg級、日本代表として出場したのは静岡県焼津市出身の松永共広選手であった。
もちろん地元では代表に決まった時からニュースになっていて、焼津市役所などに松永選手を応援する旗が飾られていたりして知っていたが、トーナメントの最初の方で強豪選手と当たるという事もわかっていて、過度な期待はしない方がいいと思っていたのが正直なところだった。
それでもいざ試合が始まると気になるものである。午前中の試合はテレビ中継がないのでインターネットで経過を確認する。残念な事にヤフーで設置されてる掲示板は不確かだし、悪意を持った書き込みも多く、意図的にこういう存在を避けてきた私にとっては存在自体が苦々しいメディアではあったが、そこが一番早いので頼らざるを得なかった。途中からは英語の公式ページを更新しながらトーナメント表が上がっていくのを見ていた。ロシアの選手と松永選手の名前が書かれたセミファイナルの表示。更新ボタンを押すとその2人の名前の右の空欄に松永選手の名前が現れた。経過も得点もわからない。ただ「勝った」という事だけがわかった。決勝進出。銀メダル以上確定。これはひょっとしてすごい事ではないか、と思ったそのときはまだ午後1時前のことだった。
焼津文化センターでパブリックビューイングをやっているという事は聞いていた。オリンピックで焼津市出身の選手が活躍、しかも金メダルを獲るかもしれない。そんな事って一生に一度あるかどうかだ。私は常々、「人口12万人の焼津市は1億2000万人の日本の1000分の一の縮図だ」と考えるようになっている。メダリストが1000人いて、そのうちの1人が焼津市民。そんな割合だ。ましてや金メダルだとしたら・・・。仕事中にもかかわらず、私はパブリックビューイングに行く事を決めた。
夕方には激しい雷雨に見舞われ、会場に向かう静岡市内の道路では停電で消えている信号機も合った。それでもこんな大きなイベントに、早く行かないと入れなくなってしまうと思って車を走らせた。
で、会場に到着。なるほど、先の掲示板にあったようにテレビ局・新聞の車が止められている。よくワイドショーで流れる、選手の地元を取材しているあれだな。さぞかし盛り上がっているかと思ったら、駐車場に十分空きスペースがあるので拍子抜け。決勝の試合開始1時間を切っているというのに、300席の会場に一般の観覧者は100人に満たない。え、ここがメイン会場じゃないの?と思いながらもあれだけの取材陣が集結しているんだからここで間違いないんだろうなと思い、18時を待つ。
しばらくして松永選手の生い立ちをまとめたビデオが流される。地元と言っても、同世代でもなければ小さい頃の活躍なんて知る事はない。松永選手は1980年生まれ、私の5歳下である。小学生の松永選手。特別からだが大きい訳ではない。むしろ腕も細くて小さな体だ。しかし相手と組んで押さえ込むと無類の強さを発揮する。どうして相手は抜けないんだろうと思うほど、華奢な体で上手く相手を押さえ込んでいる松永少年の姿が映し出されていた。
国内の試合では同じライバルと何度も対戦し、そのたびに勝利をおさめてこの階級の代表の座を射止めたことがわかった。そうこうしているうちに試合開始が迫り、会場もいつしか満席に近くなった。子供達の応援コールもあって、会場のボルテージは最高、と言いたいところだが、インタビューに答える松永選手同様、シャイなしぞーか県民の特性でライブ会場のような盛り上がりになるわけではない。それでも松永選手入場のシーンでそろえてうちわを叩くなど、自然と盛り上がっていった。
試合はご存知の通り2つのピリオドで相手に上回られ、松永選手は銀メダルに終わった。第1ピリオド、最初に松永選手が相手を押し出して1ポイントを先取したところまでは大盛り上がりだったが、そのあとあまりに簡単に投げ技を喰らい2点を奪われ、まさに「会場が凍りつく」という状態になった。その後松永選手の返し技に対して、テレビの実況では「2点が入る」と行っていたにもかかわらず、ビデオ判定を経ても得点は修正されず。2-2の同点ながら2点の技を決めた相手がこのピリオドを取るというルールに泣いた。
準々決勝と準決勝で、格上の選手を連続撃破しての勝ち上がり。そこまではロクに休んでいる暇もないだろうと思われる連戦だった。なにしろ55kg級の試合が終わって、60kg級の試合が行われ、湯元が勝ったのどうのと言っているうちにもう次の55kg級の試合が始まるといった感じだった。体力的には酷であろうが、逆にそれが松永選手に追い風になったことだろう。3回戦までの勝利で勢いをつけた松永選手はその勢いそのままに2人の世界選手権チャンピオンを打ち破った。しかし最大の敵を倒してから6時間も空けてもう1人と対戦するというのが難しかったか。
パブリックビューイングに参加しての感想は、「ぎこちなさ」という一言がいちばんしっくり来そうだ。司会者の進行、子供達の演出、そして会場内で地元の食品をPRするという企画、そして会場、モニター。すべてにおいて不備なく行われたわけではあるが、どこかぎこちない印象を持った。しかし、それで当然である。「パブリックビューイング」という催し自体、焼津に32年住むが聞いた事がない。ましてやオリンピックのような大きな注目を浴びるイベントで、地元出身選手を応援するというのはおそらく焼津市史上で初めてのことだったと思う。焼津出身といえば大相撲の片山関がいるが、優勝争いをする訳ではないし、ここ数年は十両にとどまっている。PVなんて起こりえるはずがない。
敗戦から時間が経って、試合を思い返してみる。短い時間で準決勝まで行ってしまい、長く間を空けて3位決定戦と決勝だけを行う。まるでテレビ番組の構成作家が決めたような演出だ。また、ピリオド内で同点なのに大きい技を決めた方が勝ちというルールは何だろう。だったら柔道のように「押し出しは1点」「ひっくり返したら10点」「デンジャーポジションで100点」という意味合いではないのか?同じ1点対1点なら、あとに決めた方が勝ちというルールも納得がいかない。お互い1回ずつ相手を押し出して技も何も決まってないのに後に押し出したほうが勝ちになるというのはどうか。0-0の場合、運でほとんど決まるクリンチというのもスポーツの範囲を逸脱している。なにより、技をかける間合いを計りながら試合をしていくのが面白味のスポーツなのに、1ピリオドが2分しかないのがおかしい。「相手の両肩をマットに付けさせたら勝ち」といういちばん象徴的な決着の付け方を演出するルールになっていないと思う。多くの人がルールを知っている柔道と比べて、(柔道もオリンピックのルールには納得いかない部分が多いが、)時間短縮のためにその競技の本質を見失っていやしないかと大きな疑問を抱いてしまう。
そうは言っても、レスリングのルールに文句を言うのは4年に1回、この時だけなのかもしれないが。ただ、松永選手がロンドンを目指す、あるいは焼津から新たな挑戦者が国内外の試合に登場するのなら、我々焼津市民はこれからもレスリングという競技に関心を持ち続けていくことができるはずである。
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