2008年3月19日 (水)

山田さんの本

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ここ最近発売された本の中で私が興味を持った、というか「やっと出た」と待っていたのがこの本だ。

山田真哉さんは1976年生まれというからおそらく私の1コ下の人だ。数年前に「さおだけ屋はなぜ潰れないのか」で一躍時の人になった若き会計士である。

「さおだけ屋―」が出たとき私は「商売の裏側が載っている雑学系の本かな」と思った。ちょうど「トリビアの泉」のブームでありとあらゆる雑学本が溢れていた頃だったからそう思うのも無理はなかった。「世界一受けたい授業」に本人が出演しているのを見て、表題の「さおだけ屋」がなぜ潰れないのかというネタはすでにテレビで明らかになってしまったが、それでも「これ以外にもこういったネタがちりばめられた本なのだろう」と思って買ってみた。

そしたら違った。そこで初めて著者が「会計士」であり、とかく難しいものというイメージのある「会計」を、身近な例を出して説明する本である事がわかった。

「会計」といえば、真っ先に「仕訳(しわけ)」が出てくる。私は2年間の銀行員生活の中で「簿記3級」の勉強をしたのでその頃の記憶が甦ってきた。と言っても簿記3級に受かってからは実務で使った事もなく、2年でその仕事自体を辞めてしまったのでそれ以降の数年間、まったく頭の中から居なくなっていた話だったので、素人同然のまっさらな状態でこの本を読む事ができた。「貸方」「借方」といった専門用語は著者も極力使わないようにしているようで、よく耳にする会計用語も終わりの方にまとめて出てくるだけで本文は「さおだけ屋」のように身近にあるものをテーマにしている。「世の中にあることを会計の考え方で見てみるといろいろな事が見えてくる」という仕掛けのようだが、別に会計と結び付けなくても「日常生活に役立つ数字の見方のヒントをくれる本」として読めばいいと思う。確かに「さおだけ屋」の話はよく聞かれたし、この本はミリオンセラーを記録した。しかしこの年「会計士の試験を受ける人が急増した」というニュースは聞かれなかった。会計士の勉強をしている人がこの本を読んで合格に近づいた、という効果もたぶんなかったと思う。それぐらい専門的でないところが良かったのだろう。ただし、それを書いている人はれっきとした専門家であるということが重要なのだ。

2007年に、「さおだけ屋」の続編となる本が発売された。「食い逃げされてもバイトは雇うな」という、これまた「何かありそう」と思わせるタイトルである。しかも本のオビには「さおだけより食い逃げ」という、わかったようなわからないようなコピーが載っている。おそらくオビのコピーは著者の考えたものではないだろう。100万冊売り上げた次の本だからな。ファーストアルバムで大ブレイクした歌手のセカンドのような心境だろう。何とかしてあおってくるね。

内容は「さおだけ屋」で有名になった著者が全国の講演会で話した内容をまとめたものであるという。だから紹介しているエピソードの中に、「それはさおだけ屋で読んだぞ」というのもいくらか混じっていた。ファーストアルバムで売れたシングル曲のアレンジバージョンをセカンドに入れてくるアーティストみたいだ。それにしても「食い逃げされてもバイトは雇うな」とはどういう事なのか?そんな話があっていいものかと思いながら読んでみる。

1人でやっているラーメン屋。お客さんがラーメンを食べている間にも出前に行ってしまう。食い逃げされるぞ!それなのになぜバイトを雇わないのかということを、「バイトを雇わないで損する金額」と「バイトを雇って支払う金額」を比較して、「バイトを雇わない方が支出は少ない」という結論を導き出している。表題とそれに直結した本文を要約してしまうとこれだけなのだが、そうは言っても釈然としない読後感が残った。「この例だと、バイトは店主が出前に行っている間、店番をしている役割になっているが、普通バイトを雇えばただ勘定を受け取るだけが仕事じゃないよな。」「バイトがいる事で売り上げが上がる効果は考慮してないのかよ。」「会計的に物事を見るという事は、なんだか現実に即してないことだなあ。」そして、「後編では『禁じられた数字』について語っていきます」とある。「結局どういう方向に行くんだろうねこの本は。」そんな思いを抱きながら、「忘れられないうちに早く出せよ」と思って日々過ごしていた。

そして先ごろ出た本のタイトルが「『食い逃げされてもバイトは雇うな』なんて大間違い」である。何じゃそりゃ?まるで、こないだ新書コーナーに並んでいた「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」とその後に発売された「“環境問題のウソ”のウソ」のような展開である。しかも他人が糾弾するのではなくて同じ作者がである。1年経って主張が変わったのか?私のように「その結論はおかしい!」という読者のお便りがたくさん寄せられたんだろうか、なんて思いながら、それでもとりあえず2冊読んでしまった以上3冊目も読まなければならないと思ってこれも買ってみた。

やられた。著者の1年がかりの思惑に見事にはめられた。2冊目の「食い逃げ」を読んだ読者が上に書いたような感想を抱くことを予測していたかのように話は進む。つまり、「会計的に物事を見る」ことが、時として「正しい判断ができなくなる」ことの危険性を説いているのだが、まさに「食い逃げ」の例がそれである。初めからこういう結論を狙って2冊目のタイトルをつけたんだとしたら凄いとしか言いようがない。

「いま売れているから」ということでこの本だけ買って読むのもいいが、ぜひとも3冊、順番に読むことをおすすめする。

私も「さおだけ」の頃は会計に縁もゆかりもなかったが、いまは仕事上、「会計」とか「経営」とかに考えをめぐらせることがよくある。いろいろな判断をしていく時に、「あ、こんな事が書いてあったな」と立ち止まって考える習慣を身につけたいものである。

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2008年2月 8日 (金)

南極ブログの続き

Nankyoku

ずっと昔に、(ちょうど1年ほど前)に、「南極に行った女性記者のブログを見た」ということをこのブログで書いた。何げなくサイトを見ていたのだがこの人が私と同じ3月19日生まれだったという事で興味を持ってブログを見ていた。その後、この記者さんが無事に日本に帰ってきたあたりまでチェックして、その後はまったく気にも留めていなかったのだが、このほどこの人のブログの内容をまとめた本が出版されたということでさっそく購入してみた。

きっかけは、去年の大晦日のことであった。仕事場で静岡のFMラジオを聴いていたら、ラジオのパーソナリティ「小林千穂」さんの番組に、日刊スポーツ記者の「小林千穂」さんがゲストで登場したのであった。改めて説明すると、静岡のラジオ番組でこのパーソナリティが、「自分と同じ名前の女性が南極に行く」というニュースを聞いて、電話で話し、実際に静岡のスタジオと南極を結んでの電話も番組で放送したこともあったのだ。そこで、「帰国して東京に向かう途中でスタジオのある浜松に立ち寄って」という会話もしたのであった。このラジオを毎日聞いている訳ではないので、その後2人が実際に会ったかどうかは知らなかったのだが、この日のトークからすると、この日初めて実際に会ったという事であった。

南極に行った日刊スポーツの小林千穂さんを、とりあえず「A子」としよう。そして、静岡のパーソナリティの小林千穂さんを「B子」としておこう。

※「A子」「B子」というのはNHK朝ドラ「ちりとてちん」で同姓同名の2人の同級生がお互いを呼び合うときに使っている呼び名である。南極に行った小林さんの趣味は落語を聞く事で(落語をダウンロードしたiPodを持っていったという)、静岡の小林さんは番組で雷門獅籠と共演した縁で(?)実際に高座に上がってもいる。お互い落語好きであるということを話したんだろうか?

番組の中で、A子さんは南極ブログの内容をまとめた本が出版されたという事を言っていたので、さっそく本屋に行って買ってきたのが今年の1月のことである。読み進めていくうちに、南極というところが想像していた「生命のないところ」ではなく、動物も植物もいて、観測等で南極にいる人たちは、それこそ独自の「住民の文化」とでもいうようなものを持っているということが垣間見られた。おそらく、限られた場所に限られた人員でずっといるので、何とか自分たちでテンションを高めていかなければならないのだろう。ただ、A子さんは記者としての短期の滞在なので、本当の意味での南極の住民とは違うという事も感じてのリポートであったようだ。

また、同姓同名という縁でB子さんのラジオに出演した事もチラッとだけど本に書いてあり、それを読んでB子さんは嬉しかったという事もトークの中で言っていた。

最近はブログがそのまま本になるというのが多く、本をあまり読まないと思っている私も、気づけばこういう「ブログ本」をけっこう多く買って読んでいたと気づいた。私が読んだ他の本についてはまた機会があったら書こうと思う。

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2008年1月 9日 (水)

半井さんの本発見

Nakarai

「N好き」という私が勝手に作り出した言葉がある。ゲームは任天堂、テレビはNHKをもっともよく利用する自分のことをいっているのだが、この両者を取り上げたのはたまたまではない。元々「ゲームといえばファミコン」「テレビといえばNHK」というのが最初にあったんだけれど「こっちの方が面白いぜ」といって民放のテレビや他のゲーム機に人気が集まった後も、かたくなに最初好きだったものを使い続けているという性格の表れである。ついでに携帯はNTTドコモで、よく買う電化製品はナショナル(いまはPanasonic)が多いときたもんだ。

さて、そんなNHKマニアな私にとって、夜7時のニュースでお天気コーナーを担当する「半井小絵(なからい さえ)」さんの本を見つけたので思わず買ってしまった次第である。

きっかけは昨年末、近くの書店にない本を「Amazon」で買った時の事。その本が1470円だったのだが、ご存知の通りAmazonは「1500円以上買うと送料無料」なので、「せっかくだから何かもう1冊」と思ってサイト内をブラウズしていた。ちょうど年末で、2008年のカレンダーがたくさん販売されていたのだが、その中に「NHK気象予報士カレンダー」なるものが販売されているのを発見した。半井さんだけでなく、各番組の気象情報を担当する5人(だったかな)の気象予報士の写真が入ったカレンダーだ。その存在はその前にネットのニュースで知っていたのだが、「自前の社員で稼ぐなんて恐るべしNHK」と思ったものである。ただし、ニュースの記事によれば、お天気コーナーの担当はアナウンサーではなく、事務所に所属するタレントさん、つまりNHKとは「契約社員」のような形で働いている人たちのようである。そのカレンダーのページから、「関連書籍」という事で、この本が紹介されていたのであった。

アウトドア派の私の父親が以前、気象予報士を、本気で目指したかどうかは知らないが「NHK気象ハンドブック」なる本を買ってきたはいいが、あまりに専門的過ぎて父親も私も最後まできっちり読む事はなかった、ということがあったが、この本は読んだ人の感想によると(こういうのもついているからAmazonはぬかりない)、専門的な本ではなく、気象の言葉に関心を持ってもらえたらという視点で書かれているという事だったので、「これはいい」と思って注文してみた。

実際に読んでみると、用語を解説した専門書とはずいぶん印象が異なる。「春」「夏」「秋」「冬」に「梅雨」を1つの季節として5つの章からなり、「この時期にはこういう天気の特徴がある」「こういう季節を表現するこういう言葉がある」といった事がふんだんに盛り込まれている。すべて筆者の実際に身の回りに起こったり、見聞きしたことが書かれているので、押し付けの用語解説になっていないところがいい。

また、何げない記述の中に、「気象予報士はこういう事を考えているんだ」とか、「気象の世界にはそういうルールがあるんだ」ということも垣間見れて面白い。天気図を分析して、資料を用意し、時候の話題をつくるといった作業を、自分ですべて行い(そりゃ取材や制作はスタッフがやるんだろうが、放送する内容はすべて自分で考えるという事のようだ)、そうして夜7時28分からの2分間の出番に備える、という生活を送っているんだそうだ。

実際に気象予報士を目指して勉強している人にとっては、息抜き程度に。というかむしろ「気象予報士になった後」で参考になる部分があるかもしれない。一般の人はこれを読んで日々の天気に関心を持ったり、季節の変わり目を感じたり、季節感溢れる言葉を探したりする「とっかかり」として読むのがいいと思う。

また、半井さんマニアな人にとっては、テレビに出るまで何をしていたか(日本銀行で働いていたらしい)とか、子供の頃の写真があったりと貴重な本であるかもしれない。私はそんなに熱心なファンではない。むしろ、平日の夜7時にテレビを見ている事自体極めて稀なので、なかなか会えない「はぐれメタル」的な存在であったりする。

この本には古来から気象を指し示す言葉のうちよく知られている「二十四節気」がカレンダー形式で収録されている。半井さんの言葉による説明もあったりするが、中には昔と今とでズレが生じているものもある。いまから10年、20年後にこの本を読み返したら、気候の変化に驚く事になるのかもしれない。

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2007年12月22日 (土)

本屋で本を買うという事

賞味期限の短い商品を扱うお店は大変だろうな、とつくづく思う。洋菓子店などいい例だ。クリスマスシーズンはどこのお店も注文がいっぱい来ているだろうが、普段はどうなんだろう。人の多いオフィス街やデパート内のお店はともかく、街の洋菓子屋さんは普段どれぐらいの需要があるのだろうかと思ってしまう。コンビニでバイトしたことがあるが廃棄の食品の多さに、「経済活動ってゴミを大量に出すことでしか成り立たないのだろうか」と深く悩んだものである。スーパーマーケットなどはもっと規模が大きいから廃棄の量も半端でない気がする。しかしお客も多いわけだからお客の需要をコントロールすることが出来ればそこらへん上手いこと調整ができそうるのかもしれない。

食品以外はどうだろう。腐らない商品なら長いこと置いておけるのではないだろうか。本屋さんはどうだろう。…そういう考え方をして初めて気がついた。本屋(古本屋ではなく、新書を扱う本屋)に並んでいる本はどれぐらいの期間で入れ替わるのだろう。ヒトの体の細胞のように、数ヶ月で入れ替わってしまうのだろうか?普段本に興味がほとんどないので、タイトルを見ていつごろの本かすぐにわからないのだが、こないだ本屋で、4年ほど前に流行った「蹴りたい背中」(綿矢りさ)のハードカバーが売っていた。中を見ていなかったが何版も重ねられて今に至るのだろう。しかしそれ以外の本はいつごろから出ているのかは見てもさっぱりわからなかった。文庫本は比較的昔のものも置いてあることだろう。ビジネス書とかは速そうだな。数年前に「サラリーマンはこうあるべきだ!」と言っていたことがもう通用しないなんてことが十分考えられる。タイトルをざっと眺めてみても、ここ1~2年ぐらいに書かれた物が大半のような気がした。絵本はどうなんだろう。当然毎年新作の絵本は多く出版されるのだろうが、昔からの定番ものというのもある。私が小さい頃に読んだ、つまり30年ぐらい前の本じゃないのかな、「ぐりとぐらのおきゃくさま」が置いてあったのを見つけたときはちょっとウルっと来たもんだ。

本屋に勤めている方から話を聞いたことがある。メモを取って聞いてた訳ではないので細かいところはうろ覚えだが、「なるほど」と思ったことだけ思い出してみる。日本では今、コミックや雑誌を除いて、1日に200冊のペースで本が出ているという。本屋としても1日に200冊も新書を入荷する訳にはとてもいかない。そのうちのほんの一握りが店頭に並ぶことになるのである。そして、作者が有名だとか、大々的に宣伝している場合を除けば、1つの版で印刷されるのは数千冊であるという。当然、評判になれば2版、3版となる訳だが、売れなきゃその数千冊しか世に出回らないということになる。で、本屋もその本を取るとして、1冊発注する訳ではないだろう。仮に初版の印刷部数が5000冊だとして1つの本屋が10冊ずつ注文するとしたら、全国に数万軒ある本屋のうちわずか500軒にしか置かれないという事になる。そうして考えると、本屋に行って、たまたま出合って、興味を持って手に取った本が、人気作品とかでなかったとしたら、その場限りの出会いなのかもしれないのだ。

マイナーな本のタイトルをたまたま知って、それを手に入れたいと思えば本屋に注文すれば取り寄せてくれる。当然のことではあるが、どうしても手に入れなきゃいけない必要に迫られている場合以外はなかなか利用しづらいと感じてしまうのも事実だ。そこで私はこないだ「Amazon」を利用した訳だが、近所の本屋にはないけれど、全国どこかにはある本というのを、即座に届けてくれるというこのサービスは、成功してしかるべきだなと改めて感じた。

本をよく読む人、本屋によく足を運ぶ人は、そういう本との出会いを楽しんでいるのだろう。私はけっこう本屋に足を運ぶ方だと思っているが、本を実際に買う回数は、かなり少ないと自分でも思う。第一読まないしな。ヒマな時間の大半をゲームに費やしているというのもあるが、豊かな人生を送るために、何よりこのブログのネタつくりの為に、これからは心に留まった本は出来るだけ買ってみようと思う。

さっそく今度の日曜日は、焼津-藤枝書店巡りとなりそうだ。

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