2008年3月14日 (金)

車の素人がコンパクトを語る

車のことを良く知らずに3ナンバーの「ユーノス800」に乗っている。このブログが「ゆーのすけーぷ」となっている通り、名前だけで買った車だから文句はないが、最近はガソリン代が高くなってヒーヒー言っている。

そこで新車を買おうと思う。2台続けて中古車だったので新車がいいな。ほとんどは家と仕事場の往復で1人で乗るばかりだが、ごくたまには遠くまで行くこともあるので軽自動車ではなく「コンパクトカー」と言われるジャンルの車がいいな。1月に3回目の車検を通した(つまり丸6年が経った)ので、すぐ替えるのは悔しいけど、引っ張りすぎると次の車検が来てしまうから、遅くとも今年の年末までには買おう。ということであれこれ見ている。今まで車などまったく興味がなかったが、とりあえず道でも駐車場でも、車を見かけるたびにナンバープレートと車体の大きさをジロジロ見てしまう。あぶなっかしいったらありゃしない。

行楽地に車で行って、そこで車を止めて自転車を下ろして走りたいと言うのが漠然とした希望だ。普段仕事が忙しくて休みに遠出する事もないのでこういう願望が出るのだろう。そこで「コンパクト」だけど「物が積める」車があったらいいというのが漠然とした第一希望だ。だがそれにはこだわらない。ふだんは自分1人、体重60キロ、服と荷物を足しても70キロぐらい。今のユーノス800だと、70キロのモノを運びたいだけなのに、1715キロの塊を一緒に運んでいるのだ。こうして考えるとそら恐ろしい事だ。やはり一番は「コンパクト」であることだ。とりあえずトヨタから見ていくかと思って、先日新しくなった「ラクティス」を見にいった。かねてより「コンパクトカー」で「いろんな物が積める」というのが合っているなと思っていた。欲を言うと「ファンカーゴ」など良かったのだが、もうなくなってしまったからしょうがない。

で、ディーラーのお店に入って第一印象が「でかっ」。高さは164センチと書いてあるが、165センチの私よりもでかい印象だ。横幅は169.5センチ。今のユーノスが177センチで駐車場や細い道でびくびくする(基本的に3ナンバーに乗ることが間違いな小心者である)事を考えるとたった7.5センチしか小さくなってないのか。もっとも長さは86センチ短くなるので駐車の際の煩わしさからは解放されそうだが。こないだ、駐車場にとめてあったリニューアル前のラクティスを見たらそんなにでかいとは思わなかった。リニューアルして大きくなったんだろう。そもそもベッキーがCMキャラクターでなくなった時点で第一候補からは消えていたと考えるべきだったか。(そりゃどうでもいい事だが)

他のメーカーの車も調べたが、今回はトヨタのニュースを扱いたいので別の機会に。「自転車を積む」という夢を捨てれば「トヨタ最小」の「パッソ」が第一候補となる。横幅は166.5センチ。総重量1215kgは今の車より500kgも軽くなる。じゃ、「トヨタだったらパッソだな」と思っていたところに、2日ほど前の事だ、次のようなニュースが現れた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080311-00000079-mai-bus_all

トヨタが「超小型車」と呼べる「iQ」を年内にも発売するというのだ。「軽じゃない小さい車」を探していた私にとって注目のニュースだ。さっそく詳しく見てみると・・・。

「大人3人と子供1人が乗れる4人乗り」「二酸化炭素の排出量はプリウスより少ない」そして最大の特徴は「全長2.985メートル」で、4人乗り量産車としては世界最小だそうだ。で、私がこの車を購入の候補にのせるかどうかといえば、それは「ノー」である。

まず大人3人乗りで「4人乗り」と名乗るなというところ。じゃあ軽自動車の4人乗りの方がよっぽどマシだ。「世界最小」というのは聞こえのわりにメリットは少ない。道路を走行する際に進行方向に短くてもあまりメリットはない。4メートル超える私の車などは細い曲がり角で苦労する事はあるが、3メートル台なら特別苦労はしないし、それより短くして欲しいとは思わないだろう。頑張るところ間違えてると言わざるを得ない。そのくせ横幅は168センチであるから、「ラクティス」「ヴィッツ」とほぼ同じ、「パッソ」より広い。軽自動車はもっと横幅は小さい。コンパクトな車に乗りたいと思う人は横幅がゆったりすることを望んではいないんじゃないのかな?特に駐車が苦手な女性にとって(私のように駐車が苦手な男性も)、横幅が小さい方がありがたい。でもって価格はいわゆる「コンパクトカー」の水準より上に位置するのではないかということだった。環境問題に関心の高いヨーロッパ向けの車だろうか。日本でそういう意識で車を選ぶのなら軽自動車に乗るべきだろう。

「iQ」という名前、「i」だけ小文字にするあたり、3種類で消えた「WiLL」と同じ人が考えた車だったりして。

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2008年3月12日 (水)

ンガンガの思い出

同世代の人たちが当たり前に読んでいた名作と言われるマンガをよく知らないといって驚かれる。置いてあれば読むものの、ジャンプやマガジンの雑誌も単行本も自分で買うことはまったくなく、特にここ数年はお店の待ち時間に近くにあったとしても読みたいと思うことはない。

そんな私も雑誌を欠かさず買い、面白いと思った作品は単行本を買って熱烈に応援していた時期があった。中学卒業から大学卒業あたりだから、約7年か・・・。

テレビCMなどで「サン・サン・イチ・ニ」と連呼していたのでなぜかその日付を17年経った今でもハッキリと覚えている。エニックス出版(当時)が刊行していた「少年ガンガン」の創刊がちょうど17年前の平成3年3月12日だ。たしか合計3312名様にプレゼント(たぶんロトの紋章のテレカだったと思う)が当たるってんで私も応募したが当たらなかった。

元々はファミコンの「ドラクエ」にはまったのがきっかけだ。数多くの攻略本が登場する中に、当時としては珍しい、ゲームのメーカーが自社で攻略本を出すという。元々エニックスという会社が出版を手がけていたというのを知ったのはずいぶんと後のことだったが。そうして登場した「ドラゴンクエスト公式ガイドブック」は当時の私の心を魅了した。とにかくクオリティの高いシリーズだった。ゲームの中では文字でしか出てこない様々なアイテムを全ページフルカラーで詳細なイラスト付きで解説している。マップやモンスターのデータも、自社だから性格で詳細。敵のパラメータなんて、ゲームをプレイしてデータを集めてもわかり得ない数値まで載っているんだから他の攻略本なんて買えないさ。そんなこんなで「エニックス出版」のファンになった私。その後の「知られざる伝説」「ドラゴンクエスト4コママンガ劇場」「スーパーファンタジー大賞」(だったっけ?)を経て「ガンガン」に移行していった。当時のエニックスが出していたゲームに関する出版物は、かなりのものを買っていたと自負している。

マンガ雑誌を買っている多くの人たちの心理はどうだか知らないが、毎号買っている私からすると、この雑誌に掲載している作家さんたちは、みんなで1つのチームであるように感じた。そしてその雑誌を支持し続けている自分たちもそのチームの一員だという思いがあった。ジャンプやマガジンのように、みんなが読んでる雑誌じゃないというのもあったろう。だからその中から「南国少年パプワくん」などアニメ化が決まるたびに、「これで少しずつメジャーになって行くぞ」と喜んだものである。

創刊当時の連載だと、先に上げた「パプワくん」の他に「ロトの紋章」があった。ドラクエを題材にしたマンガはジャンプにもあったが、私は「公式」にこだわった。「ダイの大冒険」が世界観を共通する別の世界の話であるのに対して「ロトの紋章」はドラゴンクエストIIIの後の時代の話というストーリーになっていた。また、「ドラゴンクエスト4コママンガ劇場」は読者も作品を投稿するというスタイルで広がっていき、読者の中から多くの作家が誕生した。あと、個人的に好きだったのは創刊から続いていた「ハーメルンのバイオリン弾き」であった。ファンタジー世界と現実世界のギャグという、相容れない2つの要素を盛り込んだマンガだった。私が大学4年の時テレビ東京系でギャグの要素を一切排除してアニメ化されている。が、大学卒業して静岡県(テレ東が映らない)に帰ってしまったので最後まで見られはしなかった。

しかしながら大学を卒業し社会人になり、しばらくは雑誌や単行本を買い続けていたものの、「スーツで子供向け雑誌買うのはちょっと・・・」とヘンに格好を気にしてしまい、自分自身マンガを読む時間も少なくなって、ガンガンから遠ざかっていった。今だったらサラリーマンが少年マンガ読んでても当たり前って風潮があるんだけれど。そんなわけで単行本も買い続けていた「ハーメルン」も24巻で買うのを止めてしまった。最近になって、どう完結したのか知りたくなったが、メジャーな雑誌の単行本と比べて出回っている本の量も少ないので、なかなか見つけられていないのが現状だ。久々に古本屋めぐりでもしてみようか。

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2008年3月 7日 (金)

認めたくない!

待てども来ないハガキ。「アタック25」の審査に落ちたのを認めたくないところに、さらに認めたくない事態がふりかかりつつある。

今週に入って、毎日のようにくしゃみが出る。確かに、ここ数日は布団に入っても温かくないなと思う事が多く、どうやら風邪をひいた事は確かなようだ。それにしても長引いている。いや、風邪の症状はほとんどなくなっているのに、くしゃみがよく出る。

よく花粉症のひとは目がかゆくてしょうがなくなるというが、私は目はまったくかゆくない。ただ、くしゃみがよく出るので目が真っ赤になっている。はたから見たら典型的な花粉症の顔だ。違うんだ、風邪が治らないだけなんだ…。

今まで、花粉症は文明に毒された都会の現代人がなるものだと思ってきた。田舎(といっても山ではないが)に育った自分には縁のない話だと思っていた。1日3食お米のご飯を食べないと気がすまないし、ハンバーガーやら肉料理を自ら好んで食べる訳でもない。「じじくさい」と言われながらも毎日何杯も緑茶を飲む、夏でも熱い茶を飲む、そんな生活をずっと繰り返してきた私が?まさか。早く風邪が完治して、単なる勘違いだったと判明して欲しい。

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2008年3月 2日 (日)

落ちたっぽい

書かなきゃ誰にも知られる話ではないが、あえて書いておこう。

私がほぼ毎週見ているクイズ番組「アタック25」。その出場が、どうやら叶わなかったようだ。

静岡県予選が2月16日に行われた。私にとっては2回目の予選だ。前回受けて、どのような流れなのかは既にわかっている。今にして振り返れば、そのために妙に落ち着いてしまい、「番組に出たいんです!」という熱意をアピールできなかったのが敗因かと思っている。

予選の流れは、まず指定された会場に受験者が集まる。この日は1時半と3時半(?)の2回で、私が受けた1回目には36人の人が受験していた。ABC(番組の放送局)の担当者が2人、関西人らしいトークを繰り広げながら予選の説明をする。まずは筆記試験。30問の記述式を8分間で行う。ひじょうに時間が短いので問題文を見て知らない話だったら飛ばしていくしかない。私は5~6問まったく書けず、とりあえず書いた部分もたぶん7割ぐらいしか合ってないだろうという感触だった。ただ、受験前に書いた通り、「芥川賞と直木賞」からは1問出題された。ここは前回受験したアドバンテージというものだ。ただ、この試験と一緒にプロフィールを書いた紙を提出する。単純に試験の成績だけでなく、出場した時に印象に残る人だろうかというのも選考基準になっているんじゃないだろうか。ここらへんは担当者も明言はしていなかったが。

採点のために担当者が部屋を出て、10分ほど経ってから結果発表。私はあっさり名前を呼ばれた。結局名前を呼ばれたのは7人。前回もここはクリアしたが、前は確か50人ぐらい受けて10人以上呼ばれたと記憶している。ここをパスした人は顔写真を撮られ、さらに個別にアピールタイム。5分程度、何を喋ってもよい。1人だけ「初めてですね」と担当者に声をかけられていた(何回受験したかはその前の用紙に記載することになっている)ことから推測すると、それ以外の6人はみんな1回以上受験しているという事のようだ。6番目に自分の番が来た。いろいろ話そうと思っていたのに、同じ事を繰り返すような話になってしまった。自分の悪い癖だ。テレビ屋にとっては声が大きい事は格好のアピールポイントだったのに、妙に落ち着いてハキハキ喋れていなかったように思う(それでも普通の人には声がでかいと思われただろうが)。また、「特技は落語」と書いて担当者が上方落語について振ってきたのに、まったく答えられなかった。私は江戸落語しかやらなくて上方落語にはまったく興味がないのがそのまま伝わってしまった。しまった!確か前もこんな展開だったような・・・。今度は聞かれても大丈夫なように好きな落語家を決めておこう(本当に好きになるわけではないが)。

面接が終わり、「出場の見込みのある人には2週間以内にハガキを送ります」という説明。「ハガキが来た場合は、そこから1年間の間に出場依頼の電話をすることがある」ことを意味する。出場確約ではないのだ。前回はこのハガキが届いたものの、出場のオファーは1年間来なかった。で、今回面接でその事をわざわざ言ってしまったのもまずかった。つまり、「実際に出場になる可能性が低いのにハガキが送られた」と言っているようなものだ。「だったら初めから期待を持たせるような事はしないでおこう」と思われたに違いない。

「アタック25」には47の都道府県の代表として一般人が出場する。1回の放送が4人で、だいたい芸能人やアナウンサー、チャンピオン大会やマラソン中継を除くと年間の放送は47回ぐらいだろうか。人口によってバラつきはあるだろうが、どの都道府県からも均等に出ると仮定すると静岡県代表は年間4~5人となる。実際には全国10位の人口を持つ県であるからもう少し多いだろうが、それでも年間10人いくか行かないかだろう。この日も2回予選が行われているわけだから、相当狭き門である事は間違いない。

「どうせ出場させるかどうかはテレビ局からの依頼による訳だから、面接に残った人みんなにハガキ送るんじゃないの?」前回ハガキを受け取って私も周りの人もそう思った。しかし実際には、面接で眼鏡にかなわなかった場合は落とされるという事がわかった。

アピールポイントを磨くのも手だが、30問中ほとんど正解できるように得意ジャンルを増やし、有無を言わさず実力で出場を勝ち取るべきなのかもしれない。

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2008年2月16日 (土)

一夜漬準備中

えーっと、外しちゃならない、今年の芥川賞は川上未映子さんの「乳と卵」。直木賞は桜庭一樹さんの「私の男」だ。あまり突っ込んだ事はわからないが、どちらが年上かと聞かれた場合は桜庭一樹さん、ということだけは覚えておこう。

とりあえず、「DS文学全集」を引っ張り出してきて、明治大正昭和までの代表的文学作品の作者のプロフィールぐらいはひと通り目を通しておこう。漢字検定の時のようにノートに書き出してみよう。100作品に絞ってなら、一晩ぐらい大丈夫。頭のメモリーに残すことは可能だろう。

「映画」…はまったく疎いから捨てるか。タイトルだけでも覚えておけば役に立つだろうか。とりあえず「ドラえもん」と「相棒」だけ覚えておく?「少林少女」は、ロケ地が藤枝のグラウンドだったという事だからチェックしておくか。長いタイトルは初めから覚えるのは無理だろな。

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2008年2月 3日 (日)

祝日ってさ

ついこないだ、「2009年9月に4連休が出現」という記事が載っていた。「秋のゴールデンウィーク」だってさ。

これは2009年の秋分の日が「9月23日」になることがこのほど正式に決定したということで、その月の「敬老の日」が「ハッピーマンデー法」に基づいて「9月21日」となり、2つの「祝日」に挟まれる9月22日が「祝日法」の規定により「国民の休日」になる、ということで、9月20日の日曜日から4連休、土曜日も休みという人にとっては5連休が実現するというものだ。

ところで、祝日でない9月22日が「休日」になるのがなぜかご存じ?私も数年前に知ったのだが、「ある日の前の日が祝日で、かつ後ろの日が祝日の場合はその日を国民の休日とする」という規定が「祝日法」にあるのだ。これって何のこと?と思うかもしれないが、私のように30歳ぐらいの人は、昔は5月4日が休みじゃなかったということを記憶しているはずだ。昔は4月末から5月の頭にかけてを「飛び石連休」と呼んでいたことをご記憶の方もあろう。ある年を境に5月4日も休日になったのだが、その根拠となったのが、この「前後を祝日に挟まれた日は休日」という祝日法の改正だったのだ。それはもちろん、「5月4日をなんとか休みにする」という為だけに作られた規定だったはずだ。その当時は「敬老の日は9月15日」というふうに、「春分の日」「秋分の日」以外はすべて日付が固定されていたので、5月4日以外に「祝日と祝日が接近する」ことは想定されていなかった訳だ。

最近、今まで「みどりの日」と呼ばれていた4月29日が「昭和の日」になり、5月4日が「みどりの日」になった。これにより5月4日も晴れて正式に「国民の休日」から「祝日」になった。といっても「休日」「祝日」の違いなんて誰も意識しちゃあいないだろうが。

ところで、である。今回はそんな雑学を披露したいだけではない。「5連休か。楽しみだなあ」という浮かれた話でもない。そもそも「祝日を増やす事が国民の幸せになっているのか」ということを言いたいのである。そして数年前から始まった祝日法の改正、いわゆる「ハッピーマンデー法」が、ありがたいものなのかということを言いたいのである。

個人的には、私は祝日など関係ない仕事である。事務所内でパソコンをさわる仕事だから土曜日・祝日も休んでいいのだが、日々なにかしらの仕事があるので連休など無縁の生活を送っている。私にとって祝日は「給食が届かないので自分で昼食を買わなきゃいけない日」という程度の認識でしかない。会社が軌道に乗ったら祝日も休もうとは思っているが。

ラジオでニッポン放送を時々聞くが、関東地方の商店主がよく聞いているらしくお便りが読まれることも多い。街中で営業している居酒屋の店主などは「3連休が増えたことによってオフィス街に人がいなくなる日が増えて深刻な影響を受けている」と訴えているのを聞いた。「3連休が増える」→「国内に観光旅行に行く人が増える」「道路を多くの人が利用する」「観光地や娯楽施設、商業施設が潤う」という発想なのだろうが、逆にこれによって苦しい思いをする人だっている筈だ。ある程度社内で責任のある立場にいる多くのサラリーマンにとっては、連休が伸びる事でその前後にまとめて行う仕事が増えたり、長く仕事を空けることがふさわしくない場合は連休中でも仕事場に出てくる必要が生じてしまったりする筈だ。

私は初めから「ハッピーマンデー」なるものには大反対だ。すべての祝日にはちゃんとその日になった理由があるわけで、その日を動かしてはいけないと思っている。「ハッピーマンデー法」でも固定されたままの日は、明治以降の「天皇誕生日」に由来している日が多い。「そういう祝日は動かせないが、それ以外の祝日は動かしちゃえ」というのはなんともご都合主義としか言いようがない。

「3連休が増える経済効果」を訴える政治家の姿勢は、最近何かと話題になっている「道路特定財源」の議論にも似ている。「道路を作ることによって経済効果があり、国際競争力を高める効果があり、道路がスムーズになれば地球環境を守る事にもなる」と、一見もっともらしいことを喧伝する。一方で、社会保障はじめ国の予算は逼迫しており、「道路だけ聖域でいいのか」という声は多い。

私が祝日法を改正するならば「ハッピーマンデーは廃止してすべて本来の日付に戻す」「夏休み前であまりありがたみを感じない7月20日の『海の日』を祝日から外し『海の記念日』に戻す」「2年後の日付が決まらない為にカレンダー屋さんが迷惑するので『春分の日』『秋分の日』を祝日から外す」としたい。春分・秋分を祝日にするなら、冬至・夏至も祝日にしないとおかしいだろうと言うのが持論だし、2年先の日付が決まらない事を考えるとそもそも「祝日」としては要らないよな、という気もしてきた。そして「祝日を増やすのではなく、そのかわりに労働者が週休2日を全うできるように、また本来使用できる『有給休暇』をきちんと行使できるようにする」ということを強く訴えたい。あ、国会議員とかに立候補する気はまったくないけれど。

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2008年1月28日 (月)

携帯さん

ド派手な音を立てて携帯電話を床に落とした。充電器を差したまま片付いていない机のうえに乗せていて、何かの拍子に滑り落ちてしまった。その場はすぐに拾い上げて仕舞い込んだが、あとで待ち受け画面が最初の状態に戻ってしまった。見ればFOMAカード異常と書かれている。どうすりゃいいと考えた。
そう私は世間一般の同世代と比べて異常に携帯を使わない人間である。普通の人なら何とも思わないこのトラブルも私には難題だ。カードってどこ?見えているところにないという事は電池パックのある所か?どうやって開ける?マニュアルがないと無理・・・。
悪戦苦闘して開けてみたところ、この携帯がつくられたのは2004年9月だという。そうそうあの時雨の中でサッカーの試合を見ててポケットの中に入れてたのを忘れてダメにしたんだった。まだ3年しか経ってないんだ。もっと大事に使ってやらなきゃ。私の車のように10年は働いてくれなきゃ。
何とかカードは再び認識され、あの年デジカメで撮影したサッカーの写真が再び待ち受け画像として復活した。今日はそれを記念して携帯からこのブログを書いている。パソコンでなら5分程度でかけるこの程度の文章も、私にとってはちょっとしたゲームのイベント並に充実した作業になった。

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2008年1月24日 (木)

11年目のクルマ

6年前に中古で買った私の車、マツダの「ユーノス800」。学生時代の芸名「ゆのすけ」に引っ掛けて、いわば名前だけで選んで買ったこの車。その当時も今も、仕事場と家の往復が用途の9割以上を占める、「走りさえすればいい」という車ではあるが、買った当時は3ナンバーと5ナンバーの税金の違いすら知らず、毎年45,000円の自動車税を「無駄使い」と周囲に揶揄されながらも払い続け、このたび3度目の車検を通してきた。私の前に5年間、人に使われたこの車の11年間の通算走行距離は12万4千キロ。多くの人が10万キロぐらいで廃車にしてしまうというが、私はいまだに乗り続けている。排ガス対策の「☆」も3つ星4つ星が当たり前の時代に、1つもついてない。乗り続ける事自体が環境破壊行為と思われかねないが、それでもまだ乗り続けるのだろう。

先日、新車を見にいったのだが「買おう」と決心するには至らなかった。今の車は車検を前に廃車にしてしまい、新車が届くまでは一時的に借りるという選択肢もあったかもしれないが、お別れをするには準備が出来ていなかった。昨年11月に生涯初の交通違反を犯し、「向こう3ヶ月違反がなければ点数はもどる」と言われたため、たとえ1日でも車検を過ぎた車を運転する訳にはいかないと思ったりもした(しかし、ゴールド免許がなくなるという現実は変わらない・・・)。様々な思いが入り混じり、優柔不断な自分の事だから、結局また春には45,000円の自動車税を払うのだろう。こうなったら優秀な日本のクルマが何万キロまで走れるのか身をもって実証してやろうじゃないか・・・。

―2年後の1月までには新車を買うぞ、絶対。

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2007年11月15日 (木)

人生初の…

極めて個人的な告白をするとしよう。

19歳のクリスマスに運転免許を取得してもうすぐ12年というこの11月13日午前11:50、人生初の「交通違反」で捕まった。

罪状は「一時停止義務違反」であった。静岡市内の国道に並行して走る細い道路。「そこ」はいわゆる「T字路」の形状であるのだが、直進の一方に「止まれ」の標識があるというパターンである。私は仕事でこの道を走り、入るべき駐車場を探して周囲を見ながら走っているうちにその標識のところを一時停止せずに進んでしまったようだ。

Ihan

敵はそのすぐ先に2人で待ち構えていた。初めは駐車場の警備員かと思ったが、こちらに近づいてくる一瞬の間に違うという事を感じざるを得なかった。しかしなにぶん違反慣れしていない初めてのことだったので冷静さを失ってしまった。「そこに一時停止の標識があるの見えなかった?」自分で顔から血の気が引いていくのを感じた。「ゴールド免許だから、向こう3ヶ月に違反がなければ点数は戻る」ような説明をしていたが頭に入りゃしない。何か書いている5分ほどの間が恐ろしく長く感じられた。その間、私はずっと2人の敵に向かって、聞こえるように独り言をつぶやいていた。「こんなとこで一時停止違反を捕まえて何になるんだ!」「急いでるのに何分待たせる気だ」結局7000円という科料が課せられることになってしまった。「あとで異議を申し立てる…」というのが一瞬頭に浮かんだが、すぐにそれは民間委託会社に駐車違反を取られた時の話であることを思い出した。警察官に直接取られた以上、いかなる異議も通らないだろうな。最後に拇印を取ろうとしてきやがったので「犯罪者でもないのに拇印なんて絶対押さんわ」と叫んでハンコを押した。

後で冷静に考えてみると、「自分自身反省しなければいけないこと」と「それでも納得のいかないこと」が浮かんでくる。自分は今まで「止まれ」の標識をどれだけ意識していただろうか。翌日、家から仕事場に行く道の中で、何個の「止まれ」に遭遇するかを数えてみた。結果、標識の有無は今までほとんど意識していなかったことがわかった。当然のこととして、信号機のないT字の交差点で、自分から直線道路に入っていく時は標識の存在は無しに一時停止をする習慣がついていた。標識の意味は、当然のこととして自動車学校で習っていてほとんど今でも正しく記憶しているが、見ていなけりゃ意味がないことを7000円と言う高い授業料でもって知ることが出来た。

しかしながら、今回のケースはT字型なのに直進側に「止まれ」があって、90度曲がって侵入する側のほうが優先であるとされているのだ。元々カーブとして存在していた道にあとから直線の道路がついたとか、そっち側(90度曲がる方)の交通量が多かったりそっち側の方が太い道路である場合が考えられる。しかし図を見るとわかるが、ここは駅北と駅南をつなぐ細い道路で、決して交通量など多くはないのだ。わざわざ直進側に一時停止を課す明確な根拠に乏しいのだ。そんな場所にわざわざ2人の警官がたまたま居合わせたなどという事はあるまい。私のように直線道路だからと一時停止を忘れるターゲットを狙っているに違いないのだ。その道は上に線路が走っていてガード下からぶつかってくるのだが、見通しは悪くない。直進しながらも横から車が来ていれば当然わかる。標識に気付かず進んだ私だが、横から車が来ていないことはきちんと確認していたはずである。ここで一時停止違反を摘発することが、交通事故の発生をどれだけ抑止することにつながるか、静岡警察署長のお考えをうかがいたいものだ。特殊な一時停止と待ち伏せ。性格の悪い歴史教師が「鎌倉幕府の成立は1192年である。○か×か?」と出題して「○」と答えた生徒に「バーカ」と言っている姿に重なる。

※鎌倉幕府の成立は現在の教科書では1185年とされている。「1192年に頼朝が征夷大将軍に任命された」ことは間違いないが、「それ以前から鎌倉幕府は機能していた」という解釈である。

ちょうどこの日は、「ストーカー行為をしてその後自殺した警察官に通常退職した場合より多い退職金が支給される」というニュースがネット上に載っていたりした。短絡的な考えだが、こうやって市民から巻き上げた金がこういう人間の退職金に使われるように思えてしまう。それ以前に、汗水流して一時停止違反を摘発するヒマがあるならひき逃げや飲酒運転の検挙率を上げろよと言いたくなる。

結局、何を言ってもムダか・・・。何度か違反で痛い目にあっている人は(本当に弁解できない大きな違反や事故を起こしている人は別にして)、「それが世の中と言うものだ」という諦めに似た気持ちになっているのだろう。しかし私はまだそこまでの気持ちになれはしない。ものすごく落ち込み、ものすごく怒りを感じている。

これって、人生観も変わるな。

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2007年11月11日 (日)

衝撃の話

今日は静岡で落語の会があり、帰りが夜10時を過ぎた。静岡駅に10時20分頃着いて、そこから焼津行きの電車に乗ろうとして電光掲示板を見ると、次の電車が遅れていると言う表示であった。聞けば人身事故であるという。しかしJRの事故のアナウンスがどうも私には納得いかないのだった。

「本日17時22分頃、草薙駅と東静岡駅の間で、線路に立ち入った人と電車が衝撃した影響で、電車が大幅に遅れております。」

「ご迷惑をおかけしています」「ダイヤが乱れたことをお詫びします」という謝罪の文言は一切ない。九州場所の北の湖理事長の挨拶と同じだ。・・・それはともかく、この一文で何と言っても引っかかるのは「人と電車が衝撃した」という部分である。「衝撃」という言葉は私の知らないうちに動詞になっていたのか。

家に帰って国語辞典を調べてみたが、そのような用法は出ていなかった。ネットの辞書にも「衝撃」が動詞化する説明はなかった。いまは不思議に思ったことは「検索」することで全容が見えてくることがある。ただ、「検索」で導かれるのは「正解」では無いから気をつけなければ。そこで「衝撃する」「衝撃した」という言葉を「Yahoo!」で検索にかけてみたところ、「衝撃する」は284件、「衝撃した」は323件が検索に引っかかった。一方、ただの「衝撃」と検索すると出てくる数字は約47,100,00件なので、世の中で「衝撃」を「衝撃する」という使い方をするケースはごくごく少ないと思われる。

ネットで何かの言葉を調べてみて結果がこれだけ少ないと、「誤用」である可能性があるのだが、今回「衝撃する」「衝撃した」という言葉を検索して出てくるサイトにははっきりとした特徴があった。まずは科学・物理学関係。建物の構造計算についてのサイトが1番目に出てきたが、「床に衝撃した」という用法は「床に衝撃を与えた」という意味だと思われる。他にも科学分野のサイトが多く見受けられた。そしてもう一つの特徴は全国のJRグループで使われていること。「速報」の形で残っていた文章、「電車が車に衝撃したことを想定した訓練」と言った言葉など、全国のJR各社が使ったこの言葉が載っている。あとは「衝撃する」という言葉を聞いて違和感を感じた、私のようなブログの記事となっている。

「衝撃」という語に対して「衝撃する」「衝撃した」という用例の異常な少なさと、その多くが単一の企業体(=JR各社)で用いられるという事実から、この言葉はJRが自分達に都合よく使えるようにと作り出した言葉であると想像できる。「接触した」という語では深刻な被害をもたらしたという事が伝わりにくいし、「激突した」という言葉は電車側の損壊がある程度ないと使うのはおかしいような気がする。事故が発生した時点で双方の被害状況がわからない時点でも使える表現として生み出されたのだろう。また、ぶつかった物が人なのか木なのかわからない時点でも「衝撃を受けて電車が停止した」という事を表現するのに都合が良いのだろう。

しかし、それは私達一般人が使わない言葉である。駅や電車といった公共の場所での放送は「パブリック」(公共性)を伴ったものである。そこで一般的に使われない言葉を使うと言うのはどういうことであるか。しかもこの用例では「線路に立ち入った人と電車が」と、状況が判明していて、その状況に関しては克明にわかるように説明しているのにもかかわらず、「それがどうなった」という部分においては「衝撃した」という、極めて状況のわかりにくい機械的な表現をしているのだ。

テレビやラジオの交通情報ではこういう場合「人身事故」という言葉で片付けられる場合が多い。JRでは何が起こったのかわかりにくい「人身事故」という言葉を避けて丁寧に説明しようとしているのだろうか。「線路に立ち入った人が」という事をわざわざ言うあたりは、「こいつは法を犯した悪い者だ」という意図が含まれており、客観的な説明ではなくJR側から見た主観的な説明になっているのである。

とにかく、「衝撃する」「衝撃した」という用法は辞書にも載っていないわけで、通学している学生が「こういう用法もあるのか」と覚えてしまって国語のテストで書いてバツをもらうということも起こりえない話ではない。何より一般の人にとって使われない表現をすることが適切であるかどうか、私はきちんと検証していただきたいと思う。

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2007年9月22日 (土)

今年やり残したくない事

9月20日の書き込みに引き続き、面倒なことは何でも後回しにしてしまう自分が、「これはやろうよ」と思ったことを書き留めておくコーナーである。今回はちょうど今年の終わりまであと100日記念という事で、「今年中にどうにかしよう」と思っていることを中心に集めてみた。

「アタック25」あきらめちゃったの? 以前にこのブログに書いたのだが、ABCテレビの長寿番組「アタック25」の予選に2年前に挑戦して結局出演が叶わなかったのだが、その後予選は受けていない。その後2度ほどインターネット上からエントリーしたのだが、前も2回エントリーしてやっと予選のお知らせが来たので、これは定期的にエントリーを出し続けてないと受けられないようだ。あの時は「合格通知」をもらったものの「1年間有効で、その間にオファーがなかったら諦めてください」というものだったが、今にして思えば体のいい断り方だったと考えざるを得ない。つまり、最初に受けた筆記試験の成績は向こうで把握しているのだから、同じ「合格通知」を出した人間の中から成績のいい順に出演が決まるわけで、私なんかは初めから出演できる成績ではなかったのだろう。その後も毎週欠かさず番組は見てるし、今まで以上に世の中のどうでもいいニュースに関心を持つようになっている。あの時は直近の芥川賞・直木賞の作家・作品すら頭に入れずに試験に臨んでいたからな。よし、もう一回エントリーだ。

「アタック25」ホームページ
http://www.asahi.co.jp/attack25/

貯めたポイントは使おうよ  こないだの「toto」ポイントは体脂肪計の応募に必要な400ポイントに届かなかったので見送った。11月に第2弾のプレゼントが発表になるという事なので、その時には貯まったポイントでいい賞品を選んで応募したいと思う。さて、それともう一つ自分が貯めているポイントがある。任天堂のゲーム機とゲームソフトを買うとついてくる「クラブニンテンドー」のポイントだ。「Wii」を買った際にこのポイントになる紙がわんさか出てきたので過去のソフトも含め登録してみたら結構なポイントになっていた。「クラブニンテンドー」のポイントは、買って登録した年にはポイントは使えない。年度が切り替わって応募が出来るようになっている。あ、「応募」っていうと誤解を招くかもしれないが、上記の「toto」はプレゼントが抽選なのに対して「クラブニンテンドー」は品切れでなければ全員がもらえるものだ。このほど、私達が応募できる新年度のプレゼントが発表になった。非売品のDSソフトなどがやはり目玉になるのだろう。「スターテンビリオン」?これが一番高額プレゼントなのか??うーん、大人が喜びそうなおしゃれなプレゼントが少ないな。今はDSやソフトを買う人は「子供」や「ゲーム好き」に限らないんだから、ゲームから離れたプレゼントも用意したら受けると思うんだがな。とにかく、今回はちゃんとプレゼント貰おう!(プレゼントが届けば確実に1回分ブログのネタになるしな。)

「クラブニンテンドー」ホームページ
http://club.nintendo.jp/

DVDのない生活から脱却を 最近は昔のように「このテレビ番組見なくちゃ」と思える番組が少ないのでテレビ番組を録画することはめっきり少なくなった。せいぜい「きよしとこの夜」と「アタック25」ぐらいだが、「きよしの~」は木曜日の夜に家に居ないことはほぼ100%ないので録画の必要はない。日曜日の「アタック25」だが、ここ最近日曜日に出かけることがめっきり少なくなっているので録画もあまりしない。ビデオデッキが古くなって録画もうまくいくかどうかわからない。録画できても再生するたびにテープが著しく傷つくこまりものだ。「それじゃ駄目じゃん」とは地元静岡の生んだ超売れっ子落語家・春風亭昇太の決めゼリフだが、「必要性がないから買わない」というんじゃしょうがない。せっかくだから、ビデオテープよりDVDだろうな(なんか世間のトレンドとひと世代ずれてるような気がしてきた)。話が飛ぶが、素人落語の集まりで自分の親世代の人と話していると、自分達よりこの世代の人たちの方がDVDとかのイマドキの家電について知識が深いことがわかる。なんでDVDのことを取り上げたかと言うと、映画もドラマも興味ない私がどうしても買わなきゃいけないDVDが1枚あるからだ。それは以前にこのブログで取り上げた映画「しゃべれどもしゃべれども」のDVDが、11月9日(金)に発売されるという事が判明したからだ。私の影響で(?)落語好き(??)で原作の本も読んだ親が結局映画館に行ってないという事なので絶対に買わないといけない。特典映像では劇中では物足りなかった国分太一くんの落語シーンもたっぷり収録されている。たぶん二代目林家木久蔵(きくお)より面白いと思う。という訳で11月9日には何らかの形でDVDを見られる手段を手に入れることだ。主な選択肢としては[1]録画も再生も出来る性能のいいDVDを買っちゃう(次世代DVDって奴か?もしかして地デジ対応なのか?全く未知の領域だわ)。[2]再生専用のDVDデッキを買う(結構こういう人も多いらしいじゃないの。といってもレンタルで借りてきてドラマや映画を見る習慣がないからこの選択肢はないかな?)。[3]プレイステーション2を買う(もしくは弟の下宿から強奪する、もしくはプレイステーション3を買う。といってもPS2買ったとしてやりたいゲームは「ドラクエVIII」と「ファイナルファンタジーX」と「ファイナルファンタジーXII」ぐらいしかないからな…)。[4]新しいパソコンを買う(すっかり忘れていた。今使っているパソコンがオンボロでDVDもまともに再生できないんだった。これがいちばん手っ取り早いか。テレビも見れるパソコンもあるらしいしな、っていつの時代の人だよ)。

「しゃべれどもしゃべれども」公式サイト
http://www.shaberedomo.com/

手つかずのサイトをどうにかしろよ これって何といったっけ。「医者の不養生」という奴だ。「紺屋の白袴」という奴?もう一つあったな、大工がちゃんとしてない家に住んでるって・・・落語のクスグリだったっけか?(後で調べたら「大工の掘っ立て」ということわざがあった)。自分はインターネットサイトを制作する仕事をしているくせに、自分が個人的に作ったサイト「ゆーのすけーぷ」はプータロー時代の2001年に「就職支援講座」で教わった、初歩的な知識しか持ち合わせてないときに作ったサイトがその原型になっていて、中身を時々変えるものの大枠は昔のままである。仕事で1日中HTMLのソースをいじっているから、家に帰ってまで同じことしたくないという意識が働いてしまうんだろうな。しかしいつまでもそうは言ってられないだろう。時間を見つけてリニューアル準備をしていかなくちゃ。ただ、このパソコンが相当おかしくなって、ブログを書いたりブラウザを使ったりする分には問題ないけどいろいろアプリケーションを広げて何か作業をするには支障をきたすような状態になっている。という事は、一つ前のとこでも書いたが、新しいパソコンを買うということが最優先課題になるだろうか。となると、いよいよ悪名高い「vista」使いになるという事か?いや「悪名高い」は酷い言い方だけど、「vista」の新機能とか見てても「そんなのいらないから起動を速くしてよ」ってのが正直な感想だからな。果たしてうまく付き合えるだろうか?

「ゆーのすけーぷ」トップページ
http://www2.tokai.or.jp/eunoscape/

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2007年9月20日 (木)

ネタ枯れの危機

やらなきゃいけないと思うことはたくさんあるのに、そのどれもが中途半端で進んでいかない。

こういうのって、その人間の性格が大いに関係していると思う。いま、「その性格」という言葉の前に「もって生まれた」という言葉をつけようとしてやめた。確かに生まれつきの性格の傾向というのはある。締め切りギリギリにならないと動けない。いや、ギリギリになって期限を過ぎてしまっても動かない。こういった自分の性格は自分の親にも見受けられる。ただ、もって生まれた性格の傾向も、その後の生き方である程度は変えられるだろう。

私は運動が苦手だった。だからスポーツに真面目に取り組むことも出来なかった。中学ではバスケ部に入って途中退部することなく3年間過ごしたが、それだって野球やサッカー・陸上とかは大変だろうし、剣道とかは痛そうだし、バスケなら大勢いるしといった、かなりなあなあな理由で入ったのだった。練習はみんなと一緒にやって、試合では応援かスコアラーに回るという3年間だった。レギュラー争いや1勝のために仲間と工夫を凝らしたりとか、そんなスポーツの感動的なシーンとはまったく無縁だった。いわゆる「根性」というものがないのだろうな。

夏休みの宿題も8月の終わりぐらいにならないと始めない。正確には「前の年で懲りたから、今年は早く始めよう」と思って最初の数日は頑張るのだが、そのうち飽きて1日やらない日があると「まあいいか」と思ってそのままにしてしまう。そしてそのうち40日間の休みのうち30日ほどはあっという間に流れてしまうのである。夏休みが終わっても9月1日は防災訓練でそのまま帰るから、その後頑張って翌日に出せばいい。翌日に出せなくても先生は回収しなきゃいけないから諭すように自主的に「少しくらい遅れてもいいから」と出させようとする。「あ、当面の危機は去った」と思って「ピンチになっても死ぬわけじゃないんだし」という甘い考えを身につけてしまう。自分で書いてて最低野郎だと思ってしまった。学校で習うことなんて、国語と算数以外は大して社会に役立たない。学校で習うことというのは、その後の人生で「ズルズルいくと身を滅ぼすよ」という事を教えるためにあったのだなとつくづく思う。そして、「嫌なこと、面倒なことはどんどん後回しにする」という自分の性格は、学校生活で改善されるどころかますます磨きがかかってしまったようだ。今さらながら後悔の念を強くする。子供の頃に戻れるならば、「宿題なんてものは先に先に片付けてしまえばいいんだ」という事を徹底的に自分に叩き込ませたいものだ。…あ、こういう発想事態は我々『ドラえもん世代』的だな。

サッカーくじの予想をする日じゃなくて、でもってW杯は予選敗退しちゃって(なでしこジャパンの事ね)、でもってこの日はスワローズの試合がなくて、さらには「東京ゲームショウ開幕」だとか言っても任天堂ハードの目新しい情報があるわけでもないから取り上げることもなくて、総理大臣はいないし・・・、でブログに書くネタがないというのが正直なところなのだ。書かないとここまで約260日続けた連続更新が途切れてしまう(そうか、あと100日ちょっとで1年になるよ…)。本当はこういう時のために、好きだったゲームやテレビ番組のことを書き溜めておいたりするべきなんだろうけれど、それも出来ていない。せっかくだから今やらなきゃいけないのに出来ていないことを(シャレにならない話は除いて)書き出してみようと思う。

秋の寄席がある。 いきなりで訳がわからないかもしれない。昔からこのブログを読んでいたり、私のことを知っている方ならご存知なのだが、私は静岡市内で活動する素人落語集団「与多朗の会」なるものに入っているのだが、初夏と秋に毎年寄席をやるのでその演題を決めなければならないのだが全く頭の中に落語がない。私は大学の落語研究会で落語に触れたので落語を自分で演るのは好きなのだが、他人がやる落語を聞くと眠くなってしまう。だからラジオやテレビの落語も、たまたまやっていれば聞くが、自分でテレビ・ラジオ欄をチェックしてまで聴こうとは思わないし、CDやDVDもほとんど買うことがない。「こういう会にいるのに好きな噺家もいないのか」とあきれられたりもしたのだが、それでもなお「よし、勉強のために落語を聞いてみるようにするか」という気もうまれない。だからレパートリーも増えない。結局、何年か前に演ったネタを再演することに決めた。一応、何年か経って演じる側にも深みを出せたらいいなという淡い期待もないではないが、いうほどの芸でもないというのが本音かも。

漢字検定準一級 10月の試験の締め切りは9月26日だそうだ。つまり受検はまだ間に合うのだが、エントリーする気になれない。そう、6月の試験を終えたあと、全く漢字の勉強を行っていないのだ。あの時は付け焼刃の勉強で200点満点中107点。今からエントリーして1ヶ月後に160点が取れるかというと、今のままじゃダメだ。そりゃ、本気で1日1時間の勉強を1日も欠かさずやれば勝負にはなると思うが、その覚悟が出てこない。自分の中では今回はスルーして来年2月の第3回に照準を合わせようという方向でほぼ固まりつつあるのだが。

今年中に新車買うって言ったじゃん 「言ったじゃん」といっても、誰かと約束したわけじゃないんだが。ただ、今乗っている車がいかつくて燃料も食うし、塗装もはげまくりで「来年1月の車検は通さずに次の車にするぞ」と言ってみたもののまだ具体的に動き出せていない。ディーラー回ったり下取りにするか売るか考えたり、自分のニーズに合う車はこのメーカーでいうとどの車種になるかとか調べるのが面倒という訳だ。そうこうしてるうちに今年もあと100日。申し込んですぐ車が来る訳ではないことを考えると、ホントそろそろ動かなきゃいけないんだが。それとも、「次の次の車検は通さないことにするぞ」とあと2年乗りつぶす方に傾いてしまうかも。実際、走行自体には何の問題もないのだし。

ほかにもいろいろあるのだが、また別の機会に愚痴ろうかと思う。またも実のない駄文を書いてしまった…。

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2007年9月13日 (木)

情報乗り遅れ

12日は仕事で車を運転して1人で他県まで出かけた。昼前に仕事場を出発。しばらくはラジオを聴いていたが、だんだん電波が悪くなって聞こえなくなるので午後はCDにしていた。訪問先はお店で、世間話をすることもなかった。道すがら思ったことは、「田舎だからこのあたりは自民党が強いとみえて、安倍総理のポスターがやたらと多く見かけるな」ということぐらいだった。帰りはラジオで「ヤクルト-巨人戦」を聴いていた。夜は電波が飛ぶと見えて地元の周波数でも聴ける。といってもやはり雑音が多く、野球の展開はわかるが細かな言葉は聞き漏らすこともあった。今にして思えば、途中のニュースも聞き取れなかったし、実況の合間にも何か言っていたような気がする。そして夜9時過ぎ、やっとのことで事務所に帰り、自分のパソコンでYahooを見た。

「退陣の背景に健康問題」・・・誰?また大臣でも辞めた?どっかの国の偉い人?「民主、政権交代に意欲」・・・国会の論戦が今日から始まったんだっけ・・・ん、何かおかしいぞ??

そう、安倍首相の辞任を夜9時過ぎまで知らなかったのだ。

94年1月17日の阪神大震災以来だ。私の周りの人はみんな気づいて起きたというのに当時大学1年で一人暮らしをしていた自分は全く気づかず、お昼にいつものようにテレビをつけて高速道路がナナメになっているあの映像を見た。すぐに日本のことだとは気が付かなかった。あの時以来の乗り遅れだ。特にここ数年はインターネットにかかわる仕事をしていて仕事中でも最新のニュースがすぐにわかるようになっている。どうでもいいことも多いが、それにしても号外級のニュースを8時間以上も知らなかったと言うのは不覚の限りだ。

さて、記者会見やニュースもチラッとしか見ていないのではあるが、国会が始まり、所信表明演説も行った直後である。これから与野党の代表質問が行われるというまさに直前の表明だったようだ。その前にはオーストラリアでのAPECの会議に出席し、夫人ともども各国に愛想を振りまいてきたというのに、だ。言ってみれば離陸直後の飛行機内で機長が自殺するようなものだ。なんて無責任だ。野党も「これはいい方向に~」とか他人事のようないい方してる場合じゃない。野党の人間だって首相に代表される国の国民だ。飛行機の乗客が、「あの機長は下手だからいなくなってくれてよかったよ」なんていってる場合じゃない。すぐに替わりの機長を用意しないと飛行機は墜ちてしまう。

それと、総理を辞めた安倍さんは、健康問題が理由というならしっかり入院してもらいたい。それか帰国(山口のこと)して温泉療養でもしてくれ(どっかの横綱みたいだな)。国政をめちゃくちゃにし、議会制民主主義のあり方をも揺るがせかねない、最悪のタイミングで辞任して、そのあとさらに「国会議員だから」と言ってのこのこ登院するのだけは勘弁願いたい。どこぞの殿様のように隠居して陶芸家にでもなってくれ。

それにしても、古田監督より先に辞める言うとは思わなかった。

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2007年8月25日 (土)

キリ番~潮時か

200708242129

私が乗っているクルマ、平成8年式のユーノス800の総走行距離が昨晩、12万kmに到達した。といっても中古で買ったので私が走行したのは約7万kmである。

5年前、初めて自分の車を持とうと思って行った中古車販売店。行ったその日に成約したのがこのクルマであった。

小心者で妻子も無いのになぜに3ナンバー。車のことよく知らないというのもあるが、このクルマに決めた最大の理由は「名前」である。

そう、このブログが「ゆーのすけーぷ2」(ゆーのすけーぷ自体は6年前にスタートした)であり、その名前は大学の落語研究会時代の自分の芸名「ゆのすけ」に由来している。以前から「ゆのすけ」→「EUNO」というハンドルネームを使っていたゆえに、「EUNOS」というクルマには一度乗ってみたいと考えていたのであった。「でもオープンカーだと寒かったり雨にぬれたりしてやだなー」ぐらいの認識しかなかったところに、セダンタイプの「ユーノス」があるじゃないかということで、即日成約してしまったのがこのクルマであった。

走行する事には何の問題も無いクルマであった。故障も少ないし、装備なんかまったく興味ないし。ただ、予想通り、小心者なのに幅のでかいクルマでビクビクする事ばかりだし、何よりでかいので燃費が悪い。

昨今の地球温暖化とガソリンの値上げにより燃費の悪い車は親のカタキのような嫌われようである。

次の1月で3度目の車検を迎える。ここしばらくは「3度目の車検は通さずに次の車を買おう」と思っていたのだが、今現在買う車は未定である。

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2007年8月14日 (火)

お盆らしいこと

唯一のお盆休みを8月13日(月)に取ったが、この日は昨年亡くなった母方の祖父の初盆ということで普段よりも早く起きて支度をした。といっても祖母の家に行ってお坊さんがお経を読んでくれるのを縁者一同で聞くというだけなのだが。

お坊さんはいくつもの家を掛け持ちしているらしく、お経を読んだ後はお茶も飲まずに帰ってしまった。稼ぎ時だから仕方がないか。お経を聴いている間じゅう、私は自分が大学3年の時にオチケンで演じた落語「蒟蒻問答」のことを思い出していた。八五郎が兄イと慕う蒟蒻屋の親父に坊主になれと言われ、「そんなこと言っても、あっしは経なんぞ読めませんぜ」というのを「経なんざ“いろはにほへと”を長くひっぱってりゃいいんだ」と兄イが教える場面があった。近年は「般若心経」などの「写経」が中高年の間でブームになっており、DSで般若心経のソフトが発売されるまでになっている。もちろんブームになる前から写経をしている方も多いのだが、さきの四十九日法要の時に、お坊さんの読経に合わせて、一緒に経をつぶやいている中高年の女性がいた。経を知っている人の前で「いろはにほへと」はできないよな、とふと考えた。

その後は歩いてすぐのところにある祖父の墓参りにいった。午後は初盆のお礼もかねて父方の祖父の墓参りに行った。家族全員で出かけることもそうそうなくなったのではあるが、親類などの家に行くと決まって「孫はまだか」といわれるのが少々困るのだが、まあ仕方がない。父方の祖父は焼津のわずかに認められた海水浴場のそばにある。広い海岸の、ほんの一部にプールのコースロープのような仕切りがしてあって、その中だけ泳いでいいとしている風景を見ると、こんな狭いところでもやっぱ海はいいもんなのかと思ってしまう。私にとっては海は身近すぎて、昔は家の近くの砂浜から平気で海に入ったりしていたものだから、大人になってからわざわざ海へ行こうという発想がない。海辺には「大龍王眷属」と書かれた墓がある。父親が子供の頃、浜辺で死んだ亀を弔ったということで私達家族もここに来るたびにお参りをしていくのだが、「子供らがいじめて殺した」とか「元々死んだ亀が流れ着いた」などいろいろ証言があって真相はわからない。知っている人だけ知っていればいいのだろう。

すぐ近くには第五福竜丸の船員、久保山愛吉さんの墓がある。ビキニ環礁沖で行われたアメリカの水爆実験で死の灰を浴びて、帰港後に死亡した人だ。毎年3月1日には全国から核兵器廃絶を訴える人たちが集まり、JR焼津駅からこの久保山さんの墓まで更新するのだが、戦後水爆実験の犠牲となった人が焼津の漁師であったことを、焼津の人間はもっと意識する必要があると思う。ここにお墓があるということは知っていても、家族全員で手を合わせたのは今回が初めてだった。

この日は焼津荒祭が行われていた。この祭り、焼津市の中心部の地域に住む人はみんな総出で上下白の装束を着て外に出てくるのだが、私のようにその地域に住んでいない人間にとってはまったく関心がない。5月に行われる浜松祭りでも、同じ浜松市民でも中心部に住む人と郊外の人(長い歴史の中で「浜松市」に加わったような地域の人)で盛り上がり方が全く違うのを思い出した。ちなみに焼津市出身のシンガーソングライター、鈴木亜紀さんは自身のアルバムの中でこの焼津荒祭の様子と「アエットンアエットン」という独特の掛け声を歌にしている。

あけて8月14日(火)世間の多くの人はまだお盆休みであるが私は仕事に行く。といっても相手先の会社はほとんどお盆休みなので自分の溜まった仕事を片付けるという訳で、残業もせずに帰る。普段なら15分で帰るところ、道路が込んでいるので25分以上かけて家に着いた。この日は「焼津海上花火大会」が行われるので、海方向へ向かう車が多かったのだ。

私達家族は、仲のいい家族の方と一緒に、浜辺でゴザを敷いて花火を見に行っていた。大人になってから花火を喜んで見に行くこともめったになくなっていたので久々に浜辺で花火を見ることにした。

昔は「焼津にはすんごい花火大会があるんだぞ」と子供心に思ったのだが、全国いろんなところで花火大会が開かれ多くの観光客を集めるようになり、また「○○花火大会は○万発」とかいう情報を耳にするに従って、それほど大きいわけではないことを知りがっかりしたものであるが、それでも焼津っ子にとっては一年に一度の恒例行事であることにかわりはない。

デジカメに「花火モード」なるモードがあったので初めて使ってみた。なるほど、闇夜の光も鮮やかな色として撮ることができるのだが、暗い場所での撮影は自然とシャッタースピードが遅くなるので、三脚などで固定しないと腕の動きがそのまま光の線となってしまう。バーベキューのついでに撮影してわざわざ三脚をセッティングというわけには行かなかったので写真はこの程度。そのかわり動画はきれいに撮れたのだが、アップの仕方がわからないので載せなかった。次に花火を撮る機会があったら、今回の結果を踏まえてよりうまく撮れるようにしたい。が、他所の花火大会を見に行ったりする予定は今のところないので早くて1年後だろうか。

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2007年8月 8日 (水)

残暑お見舞い申し上げます

8月8日は暦の上では秋の始まりとされる「立秋」である。

私は大学時代に落語研究会という古風なサークルに入ったのであるが、そこで初めて「暑中見舞い」の正しい出し方を教わった。「暑中見舞い」は「梅雨明け」してから出すのだが、「立秋」を過ぎたら「暑中見舞い」ではなく「残暑見舞い」としなければならない。となると今年は関東地方の梅雨明けは8月の頭であったから、「暑中見舞い」の成立する期間はわずかに1週間であったことになる。昔からこんなに慌てて書いただろうか?立秋の時期は毎年ほとんど変わらないのだから、梅雨明けが後ろにずれ込んできているということだろうか。「暑中見舞い」とはいうが事実上は「残暑見舞い」が大半を占めるということで問題はないのだろうか。

海の向こうの中国では北京オリンピック開幕1年前を記念する式典が行われ、太平洋の向こうではバリー・ボンズが大リーグの新記録となる通算756号本塁打を放ったこの日、そんな話題にむりやりかこつけているあたりこっぱずかしいのだが、私のこのブログ「ゆーのすけーぷ」の通算アクセス数が20000を超えた。いままでアクセス数を公開していなかったので「なんだそんなもんなの?」と思われるかもしれない。いや、大半の人にとってはそんなことどうでもいいことであろう。私も「20000ヒット行った」というだけで1本のブログのネタにしてしまおうというのではあまりに芸がなさ過ぎると感じている。

とりあえず、アクセスカウンタを表示にしてみた。しばらくして都合が悪かったら非表示に戻すかもしれないが、たぶん毒にも薬にもならないだろうからそのままにしておくと思う。ブログパーツと組み合わせることで、もっとこまかなアクセス状況を表示することも出来るようだが、(たとえば何県の人が多く見に来たか、とかも表示できるらしい)なんか観てくれた人のプライバシーの一部分を遺すような気がしていまいち乗り気ではない。どんな表示が出来るかは、いろいろ調べていいのがあったら載せようと思う。

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2007年8月 3日 (金)

馬鹿につける薬はない

「○○につける薬はない」と言っても、世論を完全に読み違えている総理大臣の批判でも、まるで勝てないひいきの野球チームに対する愚痴でもない。

自宅のパソコンがいよいよ壊れそうになってしまった。

自宅で現在使っているノートパソコンはNECの「LaVie」たぶん2004年の2月あたりに買った。以前、私のような「任天堂ファン」は「同じメーカーの商品を何代にもわたって使う」と分析されていて、その通りなのだが、昔、父親が使っていたのがNECのパソコンで、自分が社会人になって最初に買ったパソコンもNEC製。このパソコンの後に買ったノートパソコンもNEC「LaVie」の新機種と、ずっと同じメーカーのパソコンを使用している。

私はインターネットの仕事をしていて、一日中パソコンを使っている。自宅のパソコンも元々は仕事場で使っていたのだが、ちょうど一年前8月の暑い時期に調子がおかしくなり、自宅で使っていた「新しいほうのLaVie」を仕事場に、調子が悪い方の「LaVie」は一度まっさらにして自宅で余生を過ごさせることにした。当時は毎日ブログを書いていたわけではないので、自宅で使えばそんなに負担ではないと思った。

しかし、今年に入って私は毎日ブログの記事を書いている。正確には「毎日」ではないのだが、前年よりはパソコンを使う頻度が多かった。

と言っても、やっぱり前回症状が出たのが8月で、今回もここに来て調子がおかしくなってきたから、暑さが原因なんだろうか。

症状が出ると何をするにも時間がかかる。「スタート」にマウスを合わせてから「シャットダウン」のボタンが出てくるまで5分もかかる。

最期の時を前に、だましだまし使いながらデータを移したりしなくてはいけないかもしれない。しかし問題がある。CDが読めないのだ。

このような症状の方は結構いるのだろうか?今年の初め頃からCDロム、CD-Rなどがまったく読めないのだ。つまりその頃からおかしかったのだが、それ以外は普通だったので今日までそのまま使っていた訳だが。レンズクリーニングをやってもダメ。音楽CDも読み取らない。なぜかDVDは読めた。しかし、最近はDVDも読めなくなっているようだ。これではデータを書き出すのも難しいし、なにかソフトをインストールする事もできない。

これでも、パソコンの底の熱がこもらないように、四隅にカセットケースを置いて床との間に隙間を作ったりしているんだが・・・。

こんな状態では毎日家に帰ってからブログを更新するのは難しいかもしれない。

いよいよ、「使いづらい」と評判のVistaを買うか。たぶんまたNEC製だろうけど。

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2007年8月 2日 (木)

責任、ねえ

昨日、8月1日には横綱朝青龍に2場所出場停止の処分が下された。減俸と謹慎だそうだ。そして今日8月2日には飲酒運転で検挙されたフィギュアスケートの織田信成選手に対して5ヶ月間の出場停止処分が下された。これらに関してはいずれも、本人の軽率な行動が引き起こしたことは間違いないが、私はそれぞれの指導者の責任が大きいと思う。

横綱の場合は無断でモンゴルに帰国したのは今回が初めてではない。本人の性格による振る舞いが土俵上で出てしまう事は多かったが、今までのトラブルでも大半が「親方がちゃんとしてないから起こるんだろう」というものだったように思う。

織田選手の場合、飲み会にはスケート部の顧問も同席していたという。そりゃ「いちいち運転して帰るなよ」とか「ここまで何で来たのか」と聞いちゃいられないというのが本音だろうが、顧問も出席する飲み会で起こったことなのだから、責任は重い。ニュースではこの顧問にどのような処分が下されたのかは書かれていなかった。

私はスポーツ選手のような人生は歩んだ事がない。中学校の運動部もレベルの高いものではなかったし、自分自身も競争を勝ち抜くような事をしたことがなかったので、本当のところはわからないが、こういう最高峰のレベルにある人間は、すべてを投げうってその競技に取り組んでいる。自己流の練習だけで勝ち抜ける世界ではないのだから、スポーツにおける指導者の役割というのは、われわれが想像する以上に存在感の大きいものであると思う。ともすれば、サッカーなどで、「選手が負けたのに監督がクビ切られるなんて」と思ってしまう事もあるが、それがスポーツの世界なのだと思う。親方、顧問(というかスケート部全体)が自覚を持たないと、というのが今回のいちばん思った事だ。

そういえば、閣僚と首相の関係もそういった性格のものなのかな。

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2007年7月15日 (日)

台風去って

台風4号接近のニュースを受けて、15日(日)はどこにも行かないで家にいようと前の日から決めていたのだが・・・。

私にとって唯一の休日である日曜日ということでいつもより遅く起きる。前の日から強い雨音のためなかなか眠れなかったのではあるが、風が強くなった感じもしなかったし、台風直撃した訳ではないなというのは起きた時点でわかった。ニュースを見れば、九州に上陸して東に進路を変えたあとは太平洋上を進んでいることがよくわかる。常に最悪のシナリオを考えているから上陸しなかったときは安心していられる。

しかしまあ、新幹線が止まったといって東京駅で座り込んでいる人間の多いこと。どうせ上陸はないだろうと考えた人間が普段どおりに出かけようとしたのか。気の毒とは思うが同情は出来ない。新幹線が止まることぐらい十分考えられるだろう。

今日の昼間のニュースでは静岡県内の被害のことがいろいろ報道されていたが、焼津市に住んでいる自分の感覚では、拍子抜けするほど被害はない。雨が多かったということで県内各地さまざまな被害が出た。浜松市天竜区や沼津で避難勧告、富士などで床上浸水があったとしきりに報道されていた。また、富士川の水位が高いために、台風の直接的な被害が収まったあとも長いこと新幹線の運転は再開されなかった。

夜になって、ネットで情報収集。どうやら掛川のつま恋で行われる「ap bank fes 07」最終日の16日は開催が決まったようだ。14・15日の出演アーティストもスケジュールを調整して16日に出演してくれる人もいるらしい。盛り上がってくれることを期待する。いっぽうで、その掛川のお隣、島田市の「蓬莱橋」が、一部損壊していたことが明らかになった。何だい、昼間のNHKニュースでは何にも言ってなかったじゃないか。蓬莱橋は静岡が世界に誇る「世界一長い木造橋」としてギネスブックにも記されている重要な観光材料だ。こういう被害をどうしていち早く報道しないのか。

Jリーグ、ナビスコ杯の2試合は、どちらも無事開催された。14日に中止になったJ2のうち、福岡-仙台戦は15日に無事行われた。第291回「toto」は不成立を免れた。3試合が中止であるから事実上10試合の予想にとどまり、賞金は安いだろうが払い戻しとなっていたら「toto」側は大損だったろうから、まずは良かった良かった。

川崎のJリーグは開催できたのに、どうして横浜の横浜-ヤクルト戦は、昼間のうちからはやばや中止が決まるんだ。確かに9連戦のうち1試合が雨天中止になってくれたのは助かったが、2日も休みたいとは言ってない。これで横浜ベイスターズは今シーズン早くも8試合目の中止だそうだ。シーズン終盤の日程がが詰まる横浜自体も雨天中止が痛いだろうが、相手チームにも迷惑な話だ。ヤクルトも7試合中止であるが(そうして考えるとこっちも厳しいな…)、そのうち5試合が横浜戦である(うち3試合が横浜主催)。横浜スタジアムはとくべつ雨に弱いんじゃないのと言いたくもなる。2年位前、横浜-ヤクルト戦で、雨のなか何回も中断を繰り返して流れ出る土を入れて試合を行ってきたが、7回あたりで「土がなくなったので試合終了」と言われてずいぶん頭にきたことがあった。ドーム球場のチームと、そうでないチームの試合数が大きく異なるというのは、チームにとってもファンにとってもいいことではない。「ぬれてもいいから、雨でも出来るだけ試合を行うようにする」「金土日で中止になった場合は出来るだけ月曜日に行うようにする」(今回は無理だが)とかして少しでも是正に努めてほしいものだ。

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2007年7月14日 (土)

台風接近

「台風4号が発生。日本に近づく可能性も」というニュースを知ったのは今週の初めだった。昔の人なら来るまでわからない(一部、気圧の変化を体で感じられる人もいるようだが…)台風のことも現代なら事前に知ることが出来る。

それでも、被害はおこる。7月14日に本格的に九州に上陸。これを書いている現在は台風は進路を東にとり、近畿地方を直撃するのではないかといわれている。

こちら静岡でも朝から(前の日から)強い雨だ。時々弱くなったり止んだりもするが、強い時の雨は通常の雨降りの威力をはるかに凌ぐ。そこで台風の接近を改めて実感する。私の住んでいるところは海に幾らか近いところにあり、普段は聞こえない波の音もこういう晩にはよく聞こえる。

この週末は月曜日が「海の日」の祝日なので全国各地で様々な催しが企画されていたことだろう。しかし台風の接近で多くのイベントは中止か見直しを迫られている。静岡ではこの3日間に掛川市の「つま恋」で「ap bankフェス」が開催される予定だったが、14日(土)に続いて15日(日)のフェスも中止が決定してしまった。多くの魅力的なアーティストが静岡に集うという、県民にとってはそれだけで夢のようなイベントだ。今年で3回目を数え、「3回連続で同じ場所ということは、これからもここでやっていくんだろうな」と思ってた矢先の残念な結果だ。もっとも日本全国、どこでやってても開催が危ぶまれただろうから(東北以北なら別だが)、私が別に残念がることでもないが(別に行くわけでもないし)。

サッカーくじ「toto」をやっているのでJリーグの試合が気になる。雨でもやるのがサッカーの試合だが、台風のときは話が別だ。1試合中止になったときは「その試合の予想は1・0・2いずれのマークも的中とみなす」という規定により「toto」は成立するのだが、今回はJ2の3試合が中止となった。こういう場合はどうなるのだろうと思ってtotoのオフィシャルホームページを見に行ったら、今回の「minitotoA」は不成立であるというアナウンスがされていた、なんでも、「minitoto」(5試合の結果を予想)には「3試合以上の試合が行われない場合は不成立」という規定があったのだ!2000年から買い続けて今回初めて