2009年6月 7日 (日)

W杯出場決定!

サッカー日本代表が遠くウズベキスタンの地で大きな仕事をやってくれた。2010年南アフリカで開催することになっているサッカーW杯の予選を、世界で初めて突破し出場を決めた。

決めたのは岡崎だった。清水エスパルス所属で、今年は日本代表で大活躍。今もっとも得点を期待できるFWとして、本命不在のFW陣の救世主のような存在になっているが、まさかこの大一番でも決勝ゴールを決めるとは。驚きである。しかもキリンカップでも見せた地面すれすれのヘディングはこの人しかできないと思ってしまう。

藤枝東高校出身で、ドイツ一部リーグウォルフスブルグで優勝に貢献した長谷部も活躍した。しかし長谷部に限らず、まるで「中東の笛」かと言いたくなるような厳しいレフェリングに苦しめられ、終盤に退場処分を食らってしまった。しかも、岡田監督まで退席処分になってしまった。試合後のインタビューで監督は冷静さを取り戻し「選手交代の指示を出していたら抗議とみなされた」てなことを言っていた。私には長谷部退場になった時に「なんでだ!」と強く感情を表に出しているように見えた。だから「岡ちゃんが体を張って選手の味方になってくれた」と勝手に思って「このおっちゃん、やるな」と思ったものである。真相は見間違いで退席処分だったのかもしれないが、そういうことにしておきたいな。

前回に続いて、日本が予選を勝ち上がる31チームの中で最初に出場を決めた。思い起こせば1997年、前回岡田監督が急きょ指揮を執ることになったのもかの地だった。あれは遠征中の加茂監督の更迭だったので、コーチとして帯同していた岡田監督にお鉢が回ってきた。国内での試合後だったら、「次の監督を今から選ぶ」といって別の監督が選ばれていたかもしれないと思うと感慨深い。あの時のメンバーで、今ピッチに立っているのはGK楢崎だけだという。時が経つのも早いものだ。あの時野球で日本一になったのはヤクルトだっけ。今年もそうなってくれるといいのだが。

さて、この日0時からはNHKで「ケータイ大喜利」が放送された。オープニングで何か言うかなと思ってチャンネルを変えてみたが今田さんは特に触れようとしなかった。しかし始まってすぐ「今日は投稿が少ないです」ということが明らかになり「みんなサッカー見てるんでしょ」とNHKらしからぬ発言(もう慣れっこだけど)も飛び出した。結局ネタが滑り出すあたりで我が家もサッカー中継に変えてしまったけれど。もともと、松木安太郎さんのネタで大盛り上がりすることからわかる通り、大喜利に参加する層とサッカー好きの層は重複する。「大相撲中継のある週には笑点の視聴率が伸びない」というのと同様(相撲を見る層と笑点を見る層は重複する)、大喜利とサッカーはバッティングしちゃいけなかったんだ。

1年前の交流戦の時と同じように、野球中継が延びて「本日のケータイ大喜利は中止」になってくれればよかったのに、と思ったが、この日はダルビッシュが珍しく1イニングに3失点し9時前に試合が終わってしまったので予定通りの放送になって、案の定わたしもケータイ大喜利を見ることができなかった。マッキー(巨人の槇原さん)、ごめんなさい。

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2009年6月 5日 (金)

リベンジ翠の光

ドイツリーグを制した長谷部選手と、世界で2番目のインターネットオーナーによるサッカークラブを運営する小山代表。藤枝東高校のほど近くにある蓮華寺池公園は学生のランニングコースになっていて、ここはいわば彼らを育んだ場所であると言える。私も体育の授業で何度となく走ったものだ。

その広大な敷地の1ヶ所、ほんの狭い空間にこの時期、日没後にホタルが飛び交う場所がある。2週間前に撮影に行って見事にろくな写真も取れずに帰ってきた私だったが、今度は三脚をかついで再挑戦だ。

行ったところずいぶんと飛び交っているホタルの数は少ない印象だ。前回、暗闇から聞かれた人々の話からすると、あの時から数日後が一番ピークだったのかもしれない。父親の話ではホタルが光るのは日没直後の時間だけだというので、今回私が行った夜8時30分という時間が既にショーの終盤だったのかもしれない。

で、撮れた写真がこちら。

20090604_0677

撮影を終えて気づいたら8時50分。9時に駐車場が閉まると言っていたのでここから猛ダッシュ。高校の体育の授業を思い出しながら、10分歩いてきた道を5分で走って帰った。年齢には勝てんな。

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2009年6月 3日 (水)

20000000メートル

2009060209460000

昨年の5月31日から乗り始めた私の新型デミオ。納車された時点で走行距離は5kmを差していた。

それから1年と2日。私の走行距離が20000kmに到達した。

(ただメーターが20000になったときは走行中で写真が撮れなかっただけなんだが)

さすがに1日で1000kmを走った「日帰り焼津~淡路島ドライブ」(2004年10月に敢行)のような長距離運転はしないものの、現在は毎日往復50kmの通勤もあり、1年での大台突破となった。

前回の自動車税は購入時に支払われていたので今回初めて自分で自動車税を払ったが、今回は2万6000円。その前の2500ccのユーノス800の時と比べると約半額だ。飛ばし屋でもないのだから、これぐらいの車がちょうどいいんだよな。

最近は燃費がリッター15km行くか行かないかのライン上である。広告には21kmって書いてあるのに(私のはAT。広告ではCVTだと23kmって書いてある。)やっぱり街乗りでは広告通りの燃費を出すのは難しいようだ。

私は必ず1回の給油で20リットルずつ入れるようにしている。昨年のガソリン高もあって、満タンに入れるやり方をスパッとやめた。だいたい残量が1目盛りになったら20リットル入れるようにして少しでも軽い状態で走ろうとしている。1回の給油で20リットルつまり300km走るとして、すでに66回は給油した計算。6日に1回は給油しているってことだな。1回2千数百円ということは年間で14万~15万円ぐらいだろうか。

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2009年5月24日 (日)

やみもなほ

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今日5月24日は帰りが遅いうえに、帰ったらすぐにF1モナコグランプリを見なきゃいけない。日曜の夜にうっかりYahoo!スポーツを覗こうものなら、見る前にだれが優勝したかわかってしまうので今日は先にブログを更新しておかなくては。

私は地元の自然あふれる場所に時々行くのだが、昨年の同じ時期、ちょうどボロ車の「ユーノス」を廃車にするので最後にどこかへ出かけようと思って行った先で「ホタルが見ごろ」だということを知った。あいにくホタルの出にくい雨の日だったことと、もうピークは過ぎていたらしいということでその時は見なかったのだが、1年たって「そういえば」と思い、行ってみた。

場所は静岡県藤枝市。まあ、具体的な場所は書かないがたぶん地元の人はよく知っているのだろう。日が暮れるあたりから人々がぞろぞろ集まってきた。曇りがちの日ではあったが雨にはならず、条件はよさそう。誰にも聞かず1年前の情報だけをもとにやってきたがひとが大勢歩いているのを見て、間違いじゃなかったことを確信した。

広い敷地で水辺も豊富だと思われたのだが、ホタルの見られる場所はほんの狭いエリアだった。もし人が誰もいなくて一人で探せと言われたら見つけられたかどうかは怪しい。そこには2秒ほどの間隔で黄緑色の光を放つホタルが何十匹も見られた。

考えてみればホタルを見た記憶なんてほとんどない。小さい頃、親に連れられてどこかで見たのだろうか。小さな子供を連れた親子なども多かったが、この子たちはここでホタルを見たことをこの先ずっと憶えているのだろうか。

私が話をしたわけではないが暗闇の中の人々の会話から推測するに、どうやらひとの手によってホタルを育てて放しているのだそうだ。また年配の人の話では、昔はこれが何百匹も見られて光の海のようであったという。

見るのも初めてでいい写真が撮れるものか。新しいカメラを買って意気込んていたが、使い方すら分からない。撮ろうと思えば自動的にフラッシュが出るし、発光禁止モードにするとシャッターが押されない。面倒でも三脚を持ってくるのと、暗闇で写真を撮るモードのこと、めちゃくちゃ眩しい補助光を出さない方法など、ちゃんと予習してからでないと。

いったいあと何日ぐらい見られるのだろうか。そしてシャッターチャンスは訪れるのか。問題はこの敷地の駐車場が夜9時で閉まってしまうので、仕事帰りに撮るなら普段より早くあがらないといけない。

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2009年5月 9日 (土)

感染

一晩でわれわれの意識はがらりと変わった。

やはり世界中で起こっていることとはいえ、日本で起こっていない以上、よその話だという思いが大半の日本人にはあったと思う。それがこの5月9日、日本でも新型インフルエンザの感染者が確認されたというニュースにより、この病気の脅威が一気に自分たちの身の近くにまで迫りつつあることを知ったような気がする。

その前の日には、米国で生活する日本人の幼児が米国内で初めて感染したというニュースが報道されたが、それでもまだ自分たちとは縁遠い話だというのが正直な感想だった。

カナダでの交流行事を済ませた高校生の一行が5月8日に帰国した際に、生徒2人と教諭1人が感染したことがわかり、さらに同じ飛行機に乗って感染者の近くにいた人たちが、経過観察や係留という形で生活を制限されることになった。

このような事象がおこった後では、いかなる海外渡航も疑いの目で見られてしまう。この前に遠征中止を決断したなでしこジャパンの判断は賢明だったということになる。

それと、昨日の自分の記事に間違いがあった。いちばん感染者が多いのは発生国(と思われる)メキシコではなく、すでにアメリカだった。

しかし一連の報道をよく聞いてみてわかることは、「新型」ではない「季節性」のインフルエンザは、今報道されている新型の感染状況よりもはるかに広範囲で多くの人に感染しているということ(あまりに多すぎるのでこれまで「A型インフルエンザだ」といって詳しい検査を受ける人が大勢いて、そのたびに大騒ぎになっていた)、そして、実際のところこの「新型インフルエンザ」がどれほど恐ろしい病気なのかは実際のところよくわかっていないということだ。だって感染者は日を追うごとに劇的な勢いで増加しているが、死者はメキシコとアメリカだけでしか発生していなく、感染者数における死者の割合も一定とはいえないようである。また、さまざまな研究から感染したり重篤な症状になるのは若い人が多く、ある程度の高齢の人には感染しない、もしくは感染しにくいということらしく、通常の季節性インフルエンザとは全く違う性質を持っているようである。

医学の知識は全くないので(テレビで血が出るシーンを見るだけで目をそらしてしまうほど)めったなことは書くべきではないのだろうが、季節性インフルエンザ(毎年日本で1万人以上の人が亡くなる)と比べて危険な病気なのかどうかわからない。もちろん、「わからない」からこそ、あとで手遅れになることが怖いから、いままでやったこともない「フェイズ6への引き上げ」なども検討されているのだろう。

そもそも、最初に「豚インフルエンザ」という名前で報道された時にメキシコで3ケタを超える死者数が発表されて世界中が大パニックに陥ったのが4月の中旬。しかし、ある時期を境にこの「新型インフルエンザ」の死者数はメキシコで「45人」と言っている(5月9日のニュース記事)。「豚インフルエンザ」の名前が、豚肉が売れなくなるという文句が出たのかどうかで「新型」に言いかえられたのはニュースで知っていたが、正直どこで死者数が変わったのかはどこのニュースでも耳にしなかったし、NHKのニュースとかの解説でも一切聞かされてないのでわからなかった。最初の数字がインパクト大きすぎて、われわれに潜在的な恐怖を植え付けてしまったんじゃないのか?

Yahoo!でニュースをさかのぼって調べてみた。新聞もテレビも言わないから自分で調べるしかない。4月30日の記事で「豚インフルエンザの呼称はふさわしくない」というWHOの発表が取り上げられていた。そして、5月1日の記事では、アメリカやカナダの機関での追加調査により、メキシコ政府が「176人」と発表した死者のうち新型と確認できた人が「12人」だったということが書いてあった。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090501-00000215-reu-int

どうやらメキシコでは、新型かどうかを判断するのが技術的にアメリカなどに比べて困難な状況にあるのかかつてそうであったかのようだ。

そういえばかつての笑点メンバーの小円遊のように長旅の疲れからか、海外ロケから帰国後にぱたりと病死してしまった例もあった。(私自身はリアルタイムでは知らず本で知った話だが)。実際には新型インフルエンザよりも広い範囲で、季節性インフルエンザに代表される、感染源も特定されることもないさまざまな病気が広まって、多くの人が感染して、致死率は低いにしても大勢の人が亡くなっているんだろうなと思うと、そもそもこの型の「新型インフルエンザ」だけを世界中が追跡して報道して対策をとることが、果たして正しいことなのかどうかすらわからなくなってきた。自分自身の飛行機嫌いはますます強くなってしまう気がした。まあ本当にそんなことを気にしだしたら、一年中、人が集まる場所には行けなくなるが。

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2009年4月18日 (土)

パソコンピンチ

買おう買おうと思いながらもそのままですごしていたら、大変なことになりそうである。

家で使っているパソコンと、仕事用で使っているパソコン。どちらも同程度のノートPCだが、家で使っているほうが壊れて、仕事で使うパソコンを家に持ち帰ってブログの更新に使っていたのだが、その仕事で使っているパソコンが故障してしまったので大ピンチ。

早く買っとくべきだった。後悔

(追記)

2日に1ぺん、2日分のブログを書くパターンが多い私。水曜日の夜に水曜日の記事と、深夜0時をまわった後に木曜日の記事を書いて、木曜の夜は書かず、金曜の夜に仕事場からパソコンを持って帰って家で記事を書こうとしたところ、電源を押してもパソコンがうんともすんとも言わない。仕事終わりに持ち出すとき、電源が落ちきっていない時点でパソコンのふたを閉じてしまったのが原因のようだ。電源ボタンを長押ししても、ACアダプタを抜いたりさしたりしてもダメ。ブログの更新が出来ない・・・どころか今後の仕事にも支障をきたす。文字通り「パソコンひとつ」でやっている仕事なのでこのまま中のデータを取り出せなかったら廃業の危機だ。

パソコンのマニュアルを取り出す。何冊かに分かれている本のほかに「詳しくはサポートナビゲータをご覧下さい」とある。それサイトじゃん。パソコンがつかないからきいてんのに!と、どっかのお笑い芸人のネタのようなツッコミを入れながらも読み進めていると、ひとつの対処法に行き着いた。おそらく、多くの人が知識としては知っていたことだろうが、私にとっては初めて知った事。「パソコン本体に電荷が帯電し、電源スイッチを押しても電源が入らない状態になるころがあります」とある。ノートパソコンのバッテリパックを本体から取り外し、しばらく放置した後で再度装着し、アダプタをつけたら電池のマークに赤い光が灯った。助かった・・・。

結局、ダメージを負った故障とかではなく、初歩的な対処法で直った一件だったが、パソコンを生業としている者としてはあまりに普段から対処を怠っていた事を反省した。よって、今回はこのトラブルに見舞われた4月17日を忘れないようにと、この日の記事を埋めることはせず(電源が立ち上がったのはちょうど18日0時00分だった)、1月1日から続けていた連続日付更新を一旦ストップすることにした。

今後の対処として

家に仕事用のパソコンを持ち帰らずに済むよう、いち早く1台パソコンを買う。2003年に買って今は引退しているパソコンは中身を消去して電器店に引き取ってもらう。買取額とリサイクル料相殺で引き取ってくれないかなあ。

2006年に買った仕事用のパソコン(いま無事に立ち上がってこのブログを書くのに使っている)も、いずれは役割を終えることになるので、長期保存すべきデータはDVDに、作業中のデータ等はUSBメモリなどの取り出しやすいメディアに入れることによって万一に備える。

パソコンを変えても同じ作業が出来るよう、仕事に必要なページのURLやメルアドにパスワード類、インストールすべきソフトの一覧などをテキストファイルにまとめ、できればプリントアウトして、「いざというときはここを見る」という場所に保管しておく。

といったことをしておかなくてはいけない。さっそくパソコン購入だ。過去2台のパソコンを購入したなじみの電器店か、ジャパネットたかたで買うか。理想はOSがVistaで余計なソフトが一切入ってないのがいいのだが。

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2009年3月19日 (木)

毎度の3月19日

最近はラジオを聴いていて、リスナーやパーソナリティが、私が前から主張している事と同じような事を言っているのをちらほら耳にするので、良かった良かったと思う次第である。

誕生日というのは生まれた本人がちやほやされる日ではなく、その日に自分を生んでくれた親に感謝する日だ――

織田信長が日本で初めて誕生日を祝ったといわれているが、キリスト教の思想を取り入れることなく誕生日というイベントだけを採用する事になってしまったが為に、勘違い野郎が続出していると私は考えている。

そんなこんなで今日33歳になってしまった。プレゼント?もちろん物は要らないけれど、唯一の希望は日本がキューバに勝ってくれる事かな。

私と同じ日に生まれたイタリア人DFアレッサンドロ・ネスタ(サッカー選手・ACミラン)は今年も例によって故障で離脱中らしい。いろんなドラマに出てる女優の市川実和子さんという人が同じく76年3月19日生まれだそうだが、出演作品一覧を見たがドラマ観ないので全くわからなかった。あとは毎年書いているがブルース・ウィリス、尾崎亜美、稲森いずみ、ビビアン・スー、岡田義徳などが同じ誕生日だそうだ。

語呂あわせでミュージックの日だってさ。全然知らなかったな。

あと、「プロ野球年鑑」観たけれど、今年は3月19日生まれのプロ野球選手は一人もいないって。残念。

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2009年3月14日 (土)

初診察で結論出ず

花粉症を意識して2年目。意を決して初めて近所の耳鼻科に行ってみた。

私は日曜日しか休みじゃないが、土曜日などは出勤義務はなく各自で仕事をこなしているので土曜日の午前中に出かけてみた。初めて行くところで受付時間など知らなかった為に2時間以上待つことになってしまったが、医者にかかるというのはそういうものだと覚悟すべきだと自分に言い聞かせて待っていた。また主婦と小さな子供向けの本しかないし、まさか待合室でDSやって待つわけにもいかないので時間を潰すのには苦慮させられた。今後は自分用の文庫本を持っていくかできるだけ待たないように朝一番で受付に行くかだな。

待合室に置いてあった「初めて花粉症の診察を受けた方へ」という本には、アレルゲンを探る為に成分を目や鼻にたらして反応を見て原因物質を探すというのが書いてあったが、そういうことは全くやらなかった。一応、昨年から症状が出たということを伝えたところ、花粉症の可能性はあるとのこと。何でも今年は以上に花粉の量が多いので本来花粉症でない人も発症しているのだそうだ。花粉の少なかった昨年から症状があるなら花粉症なんだろうなと想像されるが、今日は鼻の穴など診察されて「鼻炎」ということで診察が終わってしまった。どの植物の花粉が自分にとっての原因なのかを知りたかったのだが、調べたりしなかった。何が原因であっても薬は一緒なんだろうか?鼻炎用の薬を処方された(抗ヒスタミン作用を伴う抗アレルギー剤だそうだ)。左の鼻の穴に炎症があることを指摘された。自分でも痛いからわかっているが、おそらく鼻の穴を指でほじって傷つけてしまったのだろう。悪いとわかっていてもついついやってしまうんだよな。一応、目がかゆくて市販の目薬(通常使用しているのではなく充血用のもの)を使っているという話はしたが、目薬は処方されなかった。他の患者には目薬も出していたが、「目薬欲しい」と言わないともらえないのだろうか?

とりあえず花粉症かどうかは結論づけできなかったが、ちゃんと医者に診てもらって薬を処方されたんだから、信じてちゃんと飲むしかない。

さて、ここで冷静になって考えてみる。目が痒くなってきたのは自分の過去のブログ「目が痒い」(2009年2月19日)によると、その数日前の日曜日(2月15日)頃からだということがわかる。昨年もくしゃみはするが目は痒くならず(だから花粉症だとはにわかに信じられなかった)、今年も1月からくしゃみに苦しめられたもののその時までは目は痒くなかった。花粉症の症状の一つとして目の痒みがあるのかと思って見たが、必ずもそうとは限らないとも思うようになった。何らかの原因で、目に雑菌が入ってしまっているのかもしれない。たとえば、私は同じマスクを何日もしている。マスクをすると頬の辺りから目の方に向けて自分の吐く息の熱が伝わって目が乾く気分になる。そこで雑菌が目に入ったのかもしれない。事実マスクのへりが当たる鼻の表側の一点にできものができている。

昨年、歯ぐきが腫れ続けた原因も、何ヶ月も使っている昼食時の歯ブラシに雑菌が付いていたのが原因で、歯ブラシを新しいのに替えたら数日で治ったことがあった(朝食・夕食で使う家のハブラシは定期的に替えているが、仕事場に置いておく昼食用の歯ブラシは何ヶ月も同じものを使っていたのだった)。目が痒いのは直接花粉症とは別なのかもしれない。とりあえず、何日も使ったマスクを使うのをやめてみよう。

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2009年2月25日 (水)

どうにもピンチ

もうじかんがない

なんとも、情けない限りである。

家のパソコンが壊れていることをすっかり忘れて仕事場から帰ってきてしまった。壊れた状態でもブラウザを立ち上げられると思ったら、数十秒マウスを触らなかっただけでパソコンが再起動してしまう罠。そうこうしているうちに夜中の12時が迫ってくる。早く更新しなければ連続更新が早くも途絶えてしまう。

と、そこで仕方なく自分の携帯からココログにアクセス。しかし昨年の初めに何回かアクセスしたっきりでその時と携帯も替わっているのもあって手順も忘れがち。どうにかログインして、あわてて書いたのが今回のタイトルと一番上の1行。もちろん、その後の文章は別のパソコンでインターネットに接続して26日になってから書いた文章である。

こんな言い訳じみた文章で2月25日の内容はおしまいなんだから、困ったものだ。今後はちゃんと書かなくては。

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2009年2月24日 (火)

サルベージ小作戦

こないだの続き。自分のWindowsXPのパソコンがおかしくなって、立ち上がってもアイコンが全くないデスクトップになってしまうという奴。マウスは動くしキーボードの入力も可能のよう。ただ何も表示できないから何もできない状態。

この状態でできることは一つ。「Ctrl」+「Alt」+「Del」キーを同時に押して「タスクマネージャ」を呼び出す。出来た。なにやら「パフォーマンス」のところにはうねうね波打っているし「プロセス」のところにはいくつもの項目がひっきりなしに出ている。やはり起動はしている。

早い話、「タスクマネージャ」の「ファイル」→「新しいタスクの実行」を選んで、起動させたいプログラムや、ファイルを選べばそのファイルを動かす為のプログラムが自動的に立ち上がる。インターネットエクスプローラを立ち上げればネットを見ることも出来る。しかしそんな面倒な手順を踏んでこのブログを書くわけには行かない(このブログは仕事用のパソコンから書いている)。

この状態そのものを解決する手立ては私の今の知識では持っていない。いずれパソコンは買い換えるとして、残しておきたいデータをDVDに焼く事に専念しよう。データDVDを作成するソフトはどこにあるかわからないが、ショートカットを選んだら起動した。

撮った写真のフォルダを指定してDVD作成が始まったが、ここで問題発生。どうやらしばらくマウスを触らないでいると勝手に再起動してしまうようだ。しばらく操作しないと・・・という機能は正常な状態でも良くあるが、1分ぐらいでそうなっちゃうので困ったもんだ。仕方がないのでDVDを焼いている数10分の間、ずっとマウスを操作して画面の上をぐるぐる動かし続けている羽目に。片手を常に動かしてなきゃだからその間ゲームも出来ない。このパソコン内の写真データを全て焼くのに何回この作業を繰り返さなきゃならないのだろうか。

ん、右手で「DS」をやって左手でマウスをぐるぐるしてりゃいいのか?

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2009年2月23日 (月)

買い替えるべきか

Pcdame

パソコンがダメになったようだ。

私は仕事用と家に置いとく用の2台のノートパソコンを使用しているが、そのうちの家用のパソコンが立ち上がらなくなったようだ。何度やっても上の写真のように、アイコンが全くないデスクトップになってしまう。

まあ突然壊れたわけではない。2003年に買ったWindowsXPのパソコンでNECの「LaVie」。最初は仕事用で使っていたが2007年の夏に故障し、どうにか立ち上がるようになったものの以後は起動のたびに黒い画面に「ハードディスクが破損している可能性があります」と表示され「F1」ボタンを押すと立ち上がるという状態が続いていた。ちょうど2006年に同じようなノートパソコンを買って家に置いていたので、そっちを仕事用に、1度壊れた方を家用にして、大事なデータは入れないようにしておいたのだが。慣れというのは恐ろしいもので、これだけ何回起動しても壊れないで結局は立ち上がってくれるんだからと特にバックアップを取ったりせずに使い続けてしまっていた。

あのパソコンの中には去年の年末に撮った、TASAKIペルーレ最後の試合の写真やら、仕事以外の写真が入っているのだった。過去のメールももう見られないわけでしょ。ソフトなどは仕事用のパソコンにそっくりほぼ同じものを入れてあるからいいのだが、そして仕事に関するデータは一切入れていないのだが、ちょっと困った事になりそうだ。

たぶんハードディスクが全部壊れたわけではなくて、アクセスできなくなっているのだろうから、どうにか取り出す手段があるとは思うのだが、どちらにしろもうこのパソコンは使えそうにない。何が嫌って、次は「WindowsVISTA」を使わなきゃいけないってことよ。

多分ほとんどの人が、「XP」が使える状況なら使い続けたいと思っているだろう。これからパソコンを始める、あるいは新しいのを買う、という人は「VISTA」を買うとは思うんだが、果たして使いこなせる事ができるだろうか。あの無駄にビジュアルにこだわった機能が余計で腹立たしい、というのが私がVISTAに抱いている印象だ。・・・いや、仕事がらパソコンの操作法をお客様に聞かれることがあるけれど、「VISTAは触ったことがありません」と言ってばかりもいられない。これを機にトライしてみるしかない。しかし日曜日の夜になって壊れるなよ。買いに行けるのは早くても次の日曜じゃないか。

それにしたって、短いな。なにしろ買ってから1度壊れて仕事用から引退するまで4年経ってないわけで、そこから1年半。合わせて6年もってないんだから。なにパソコンは5年も経つと壊れるように作ってあるの?一つのものを大事に使い続ける日本人には合わない仕様だよまったく。まあ仕事で使う場合は日曜以外の週6日、1日12時間は立ち上げっぱなしで普通の人よりは多く使っているのだけれど。そしてもちろんOSを何年かに一度変える独占企業の戦略も受け入れがたい点ではあるが。もうしばらくすると「Windows7」?冗談じゃないよな。

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2009年2月19日 (木)

目が痒い

またも何らかの結論があるわけでもなんでもない、ただ自分にこういうことがあったと後で振り返るための記述だ。

ここ数日、目が痒い。たとえて言うなら、目の前で唐辛子の粉を四六時中吹きかけられているような感じだ。実際にそんなことはされた事はないが。

私は長いこと、花粉症ではないと思っていた。それは春先にくしゃみをすることはたびたびあったが、目のかゆみを訴える事はまったくなかったため、まさか自分が花粉症とはまったく信じていなかった。しかし昨年、春先にくしゃみが非常に多くなっている事に気づき「もしや花粉症?」と思うようになった。そうして振り返るとそれより前の年もくしゃみが出ていたような気もするし、そうじゃなかった気もする。要するに、思い出せない。

今年もまだ医者にはかかっていないので、花粉症かどうかは本当のところはまだわかっていないが、先週末、日曜日くらいからか、上記のように目のかゆみを感じるようになった。昨晩からは、今年テレビでやってた、緑色の着物を来た女性が弓を射るしぐさをしているCMの薬を買ってみた。あ、ちなみに私は「緑色の着物」がでると大相撲の行司でも決まって「あの服ほしい」と反応してしまう性格である。しかし効果があったかはさっぱりわからない。火花が飛ぶ現場で使われてるような、透明のゴーグルを買うべきか?

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2009年2月15日 (日)

言葉のことを考えていたら

またまたどうでもいい話題。

2月15日に「サザエさん」を観ていた。作者が死んでいるのをいい事に好き勝手な話を付け足して存続しているあの番組である。その中でワカメの「シャーペン」をカツオが学校に勝手に持っていってしまう話があった。

あれ、「シャープペン」って、「シャープ」が作ったからそう呼ぶんだよな。スポンサーが「東芝」の「サザエさん」の中で言っていいのかよ、と思った。ワカメとカツオの台詞ではスポンサーに配慮してか「シャーペン」とわざと会社名でない呼称を使っていたが、校内放送のシーンではあきらかに「シャープペン」と聞き取れる台詞が使われていた。

まあ、いまどきそんなことで文句を言われることはないだろう。東芝1社でスポンサーをやってた頃はもうちょっとスポンサーの影響力も強かったかもしれないが、それどころじゃないでしょう。ラグビー部は大麻事件で出場辞退してるし、会社自体が折からの不況で大変だろうし、放送内容にいちゃもんをつけている場合じゃない。という以前に「シャープペン」で「シャープ」を連想する事がほとんどないくらいに、一般名詞として浸透しているというのが大方の見方である。たぶん明日のYahooのニュースの「エンタメ」欄を見てもこんなことが記事になることはないだろう。

私は朝だけNHKラジオをよく聞くが、先週の放送では「今週末がバレンタインデーなので~」という話題を振っていた。「バレンタインデー」自体は欧米で昔からある記念日ではあるが、日本ではおそらく欧米とはまったく性格の異なる日であると想像される。この日に「女性が男性にチョコレートを贈って愛を告白する」という習慣そのものが日本のお菓子業界によって意図的に作り出されたイベントである。そんな特定の業界が作ったイベントに便乗してNHKが番組のテーマを決めるなんて、と思ったものである。

有名な話ではあるが4月29日の祝日(現在は「昭和の日」となっている)から5月3日憲法記念日、5月4日みどりの日(昔は平日だった)、5月5日こどもの日までの連休が続く間の事を「ゴールデンウィーク」と呼ぶのは、昔その時期に映画が多く封切られたために映画業界が盛り上げるために「黄金週間」と呼んだ事に由来している。そのため、NHKのラジオでは、リスナーが「ゴールデンウィークには○○に行って来ました」と書いても必ずアナウンサーは「大型連休は○○に行って来ました」と言い直している。局アナでない人もレギュラーのパーソナリティーは言い換えるが、ゲストで来た人なんかは知らずにNHKの番組でも「ゴールデンウィーク」と言ってしまうところが聞いてて笑ってしまうものである。

つまり何が言いたいかといえば、いまどき「ゴールデンウィーク」と聞いて映画業界を連想する人などいないのにNHKはかたくなにこの言葉を使わないようにしているくせに、「バレンタインデー」という、お菓子業界が作り出したイベントを連想するような(そして現に今でもお菓子業界の売り上げに多大な影響を及ぼしている)話は平気でするあたり、おかしな話だと思うわけである。

そういや2月の、「丸かぶり寿司」の習慣もその番組の中でよく話題にしていたが、明らかにコンビニ業界が広めた「伝統行事の押し売り」の気がするので私は絶対に買わないようにしている。関西地方だけの風習を無理やり全国に広めようとするのは外来動植物による生態系破壊と変わらないと思うんだが。我々が買わないことによって、不自然なイベントが衰退してくれればいいのだが。もちろん、元々そういう風習がある地域では大いに続けていってもらいたいものだが。

ついでに、バレンタインデーにチョコを贈る習慣も早くなくなってくれないかと思う。自分がチョコレート好きで食べたいのにこの時期コンビニで自分用にチョコを買うと白い目で見られそうなのではなはだ迷惑だ。「逆チョコ」なんていう、本来と違うわけのわからぬ習慣まで生まれて(これも意図的に生み出された臭いがぷんぷんする胡散臭い習慣である)、「じゃあやる意味ないじゃん」てなことになって1年でも早くすたれてくれないかと願うばかりである。

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2009年2月14日 (土)

暑かった

2月14日は暑かった。

静岡市清水区では26.8度を記録したそうだ。これは7月ぐらいの気温だという。私はこの日静岡市で仕事をしていた。ずっと室内だったのでそんなに暑いという感じはしなかったが、1週間前の土曜日はエアコンをつけないと寒いと思ったのに比べれば大きく違った。

そういえば、昔から使っている家の冷蔵庫がうんうんうなり声を上げている。10年以上使っているからいつ寿命がきてもおかしくはないのだが、機械類は暑い日に逝ったりすることが多いから(数年前の私のパソコンも真夏に壊れた)、気をつけないといけない。

気温はともかく、この日は花粉がひどかった。もちろん花粉が見えるわけでもないし、私自身、花粉症の認定患者ではない(医者の診断を受けたわけではないから断定はできない)のだが、明らかに前の日よりくしゃみの回数が多かった。

そんなさなかではあるが、来週仕事で人に会うので髪を切ろうと床屋に向かった。喉にカミソリを当てられている時に突然くしゃみが出たらどうしよう、と思っていたが、人間そういう時にはくしゃみを止めることができるものだなと感心する。もちろん、カミソリをあてがわれているという意識のない時、つまり寝ちゃっている時なんかはその限りではないだろうけれど。

ホントに書くネタがなくて気候の事なぞを書いてみたが、何年かたってこのブログを見れば、「こういう日もあったっけな」と思い出されていいんじゃないかと思う。いや、数年後にはこれぐらいの気温が起きる事も珍しくなくなっていたら困るな。

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2009年1月 8日 (木)

デミオが10位だと

Demio

2008年の新車の車種別販売台数のランキングが発表された。毎年このニュースは気になっている。

車の名前なんて興味もなかったが、このランキングを意識するきっかけになったのは6年前の「カローラ陥落」のニュースからだ。それまで何十年も(正確な年数は忘れた)車種別のトップに君臨していた「カローラ」がホンダの「フィット」に首位を奪われた。それほどその年の「フィット」旋風はすさまじかった、というものだ。

それにしても毎年首位に立つ「カローラ」とは何ぞや?私の周りで「カローラ」なる車に乗っている人は聞いた事がない。しかも「カローラなんとか」と付いた亜種がいっぱいいて、そのすべてがワタシ的に「カッコよくない」車と来たものだ。全然「走りたくない」よな。(なんか最近のワタシはキムタク嫌いが顕著だな)

2008年は特に後半の「金融危機」以降、「不景気で車が売れない」というニュースばかりが印象に残っている。実際、今回発表された数値も、かなり前の年から減っているのだろうな。しかし相変わらず夕方、街を走れば決まって大渋滞に巻き込まれる。新車が減っても街の車の数は減ってない。ということはみんな別に新車にしなくてもいい車がいっぱいあるという事か。

さて、思い返すとワタシが2008年5月に新車を買ったという事実は、このブログにはまったく書かれていないようだ。ディーラーに寄ったその日に「これだけ負けるから今日決めて」と迫られた事や、オーディオ・ナビをどうしようかカー用品店で悩んだことや、アップするために写真を撮影に行ったとか、いろいろネタは用意してあったのだが、まったく触れてもいない。しょうがないからその時の写真を冒頭に載せてみた次第である。

私が買った車はマツダの「デミオ」である。昨年は玉木宏さんのCMも流れまくってデミオ旋風吹き荒れたなー、ひょっとしたら1位はないにしても相当上位に食い込むんじゃないかと思っていたところだが、マツダというメーカーのマイナーさによるのか、メーカートップも10位にとどまった。台数は64990台だそうだ。そのうちの1台が私の「カメムシ」(愛称)だ。

このブログを見てわかるとおり、緑はワタシの好きな色である。「Wii」の中の「Mii」の服も、私自身が落語をやる時の着物も浴衣も緑で統一している。

ちなみにワタシがこの時買おうとした他の候補車は「ノート」(11位)、「ラクティス」(15位)、「キューブ」(17位)ということで、それでも一番多く売れたものを選んだことになる。もちろん、上位に食い込むことがわかりきっている「ヴィッツ」(3位)などは初めから私の候補に入らない。

幼少の頃、周りが「巨人ファン」ばかりだったから「ヤクルトファン」になり、みんなが「ジャンプ」を買ってるから「ガンガン」を買い、やれ「プレステ」だ「プレステ2」だという時代に「ロクヨン」と「ゲームキューブ」を愛し続けた私らしくていいじゃないか。

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2009年1月 1日 (木)

今年は書く

新年明けましておめでとうございます。

昨年10月あたりからまったく更新を行っていなかったが、2009年はきちんとブログを書こうと思う。

思えば2006年も終盤はブログを放り出す事が多かったが、大晦日に一念発起して、以後2007年は「1日1記事以上」を守り通し、2008年3月に連続投稿が途絶えるまでの約400日間、すべての日付に記事を載せた(「1日1回記事を書いた」訳ではないが)というのを継続した事があった。今回も同様に1月1日から12月31日まで、すべての日付に記事を載せるべく頑張りたいと思う。

とりあえず今回は決意表明だけ。今後ブログの中で、2008年後半にどうしてブログを書かなくなったのかという言い訳や、その間に感じた事や起こったニュースなどについて書いていきたいと思う。

「ケータイ大喜利」が始まってしまうので、この続きは日付が変わった後にしよう。

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2008年3月14日 (金)

車の素人がコンパクトを語る

車のことを良く知らずに3ナンバーの「ユーノス800」に乗っている。このブログが「ゆーのすけーぷ」となっている通り、名前だけで買った車だから文句はないが、最近はガソリン代が高くなってヒーヒー言っている。

そこで新車を買おうと思う。2台続けて中古車だったので新車がいいな。ほとんどは家と仕事場の往復で1人で乗るばかりだが、ごくたまには遠くまで行くこともあるので軽自動車ではなく「コンパクトカー」と言われるジャンルの車がいいな。1月に3回目の車検を通した(つまり丸6年が経った)ので、すぐ替えるのは悔しいけど、引っ張りすぎると次の車検が来てしまうから、遅くとも今年の年末までには買おう。ということであれこれ見ている。今まで車などまったく興味がなかったが、とりあえず道でも駐車場でも、車を見かけるたびにナンバープレートと車体の大きさをジロジロ見てしまう。あぶなっかしいったらありゃしない。

行楽地に車で行って、そこで車を止めて自転車を下ろして走りたいと言うのが漠然とした希望だ。普段仕事が忙しくて休みに遠出する事もないのでこういう願望が出るのだろう。そこで「コンパクト」だけど「物が積める」車があったらいいというのが漠然とした第一希望だ。だがそれにはこだわらない。ふだんは自分1人、体重60キロ、服と荷物を足しても70キロぐらい。今のユーノス800だと、70キロのモノを運びたいだけなのに、1715キロの塊を一緒に運んでいるのだ。こうして考えるとそら恐ろしい事だ。やはり一番は「コンパクト」であることだ。とりあえずトヨタから見ていくかと思って、先日新しくなった「ラクティス」を見にいった。かねてより「コンパクトカー」で「いろんな物が積める」というのが合っているなと思っていた。欲を言うと「ファンカーゴ」など良かったのだが、もうなくなってしまったからしょうがない。

で、ディーラーのお店に入って第一印象が「でかっ」。高さは164センチと書いてあるが、165センチの私よりもでかい印象だ。横幅は169.5センチ。今のユーノスが177センチで駐車場や細い道でびくびくする(基本的に3ナンバーに乗ることが間違いな小心者である)事を考えるとたった7.5センチしか小さくなってないのか。もっとも長さは86センチ短くなるので駐車の際の煩わしさからは解放されそうだが。こないだ、駐車場にとめてあったリニューアル前のラクティスを見たらそんなにでかいとは思わなかった。リニューアルして大きくなったんだろう。そもそもベッキーがCMキャラクターでなくなった時点で第一候補からは消えていたと考えるべきだったか。(そりゃどうでもいい事だが)

他のメーカーの車も調べたが、今回はトヨタのニュースを扱いたいので別の機会に。「自転車を積む」という夢を捨てれば「トヨタ最小」の「パッソ」が第一候補となる。横幅は166.5センチ。総重量1215kgは今の車より500kgも軽くなる。じゃ、「トヨタだったらパッソだな」と思っていたところに、2日ほど前の事だ、次のようなニュースが現れた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080311-00000079-mai-bus_all

トヨタが「超小型車」と呼べる「iQ」を年内にも発売するというのだ。「軽じゃない小さい車」を探していた私にとって注目のニュースだ。さっそく詳しく見てみると・・・。

「大人3人と子供1人が乗れる4人乗り」「二酸化炭素の排出量はプリウスより少ない」そして最大の特徴は「全長2.985メートル」で、4人乗り量産車としては世界最小だそうだ。で、私がこの車を購入の候補にのせるかどうかといえば、それは「ノー」である。

まず大人3人乗りで「4人乗り」と名乗るなというところ。じゃあ軽自動車の4人乗りの方がよっぽどマシだ。「世界最小」というのは聞こえのわりにメリットは少ない。道路を走行する際に進行方向に短くてもあまりメリットはない。4メートル超える私の車などは細い曲がり角で苦労する事はあるが、3メートル台なら特別苦労はしないし、それより短くして欲しいとは思わないだろう。頑張るところ間違えてると言わざるを得ない。そのくせ横幅は168センチであるから、「ラクティス」「ヴィッツ」とほぼ同じ、「パッソ」より広い。軽自動車はもっと横幅は小さい。コンパクトな車に乗りたいと思う人は横幅がゆったりすることを望んではいないんじゃないのかな?特に駐車が苦手な女性にとって(私のように駐車が苦手な男性も)、横幅が小さい方がありがたい。でもって価格はいわゆる「コンパクトカー」の水準より上に位置するのではないかということだった。環境問題に関心の高いヨーロッパ向けの車だろうか。日本でそういう意識で車を選ぶのなら軽自動車に乗るべきだろう。

「iQ」という名前、「i」だけ小文字にするあたり、3種類で消えた「WiLL」と同じ人が考えた車だったりして。

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2008年3月12日 (水)

ンガンガの思い出

同世代の人たちが当たり前に読んでいた名作と言われるマンガをよく知らないといって驚かれる。置いてあれば読むものの、ジャンプやマガジンの雑誌も単行本も自分で買うことはまったくなく、特にここ数年はお店の待ち時間に近くにあったとしても読みたいと思うことはない。

そんな私も雑誌を欠かさず買い、面白いと思った作品は単行本を買って熱烈に応援していた時期があった。中学卒業から大学卒業あたりだから、約7年か・・・。

テレビCMなどで「サン・サン・イチ・ニ」と連呼していたのでなぜかその日付を17年経った今でもハッキリと覚えている。エニックス出版(当時)が刊行していた「少年ガンガン」の創刊がちょうど17年前の平成3年3月12日だ。たしか合計3312名様にプレゼント(たぶんロトの紋章のテレカだったと思う)が当たるってんで私も応募したが当たらなかった。

元々はファミコンの「ドラクエ」にはまったのがきっかけだ。数多くの攻略本が登場する中に、当時としては珍しい、ゲームのメーカーが自社で攻略本を出すという。元々エニックスという会社が出版を手がけていたというのを知ったのはずいぶんと後のことだったが。そうして登場した「ドラゴンクエスト公式ガイドブック」は当時の私の心を魅了した。とにかくクオリティの高いシリーズだった。ゲームの中では文字でしか出てこない様々なアイテムを全ページフルカラーで詳細なイラスト付きで解説している。マップやモンスターのデータも、自社だから性格で詳細。敵のパラメータなんて、ゲームをプレイしてデータを集めてもわかり得ない数値まで載っているんだから他の攻略本なんて買えないさ。そんなこんなで「エニックス出版」のファンになった私。その後の「知られざる伝説」「ドラゴンクエスト4コママンガ劇場」「スーパーファンタジー大賞」(だったっけ?)を経て「ガンガン」に移行していった。当時のエニックスが出していたゲームに関する出版物は、かなりのものを買っていたと自負している。

マンガ雑誌を買っている多くの人たちの心理はどうだか知らないが、毎号買っている私からすると、この雑誌に掲載している作家さんたちは、みんなで1つのチームであるように感じた。そしてその雑誌を支持し続けている自分たちもそのチームの一員だという思いがあった。ジャンプやマガジンのように、みんなが読んでる雑誌じゃないというのもあったろう。だからその中から「南国少年パプワくん」などアニメ化が決まるたびに、「これで少しずつメジャーになって行くぞ」と喜んだものである。

創刊当時の連載だと、先に上げた「パプワくん」の他に「ロトの紋章」があった。ドラクエを題材にしたマンガはジャンプにもあったが、私は「公式」にこだわった。「ダイの大冒険」が世界観を共通する別の世界の話であるのに対して「ロトの紋章」はドラゴンクエストIIIの後の時代の話というストーリーになっていた。また、「ドラゴンクエスト4コママンガ劇場」は読者も作品を投稿するというスタイルで広がっていき、読者の中から多くの作家が誕生した。あと、個人的に好きだったのは創刊から続いていた「ハーメルンのバイオリン弾き」であった。ファンタジー世界と現実世界のギャグという、相容れない2つの要素を盛り込んだマンガだった。私が大学4年の時テレビ東京系でギャグの要素を一切排除してアニメ化されている。が、大学卒業して静岡県(テレ東が映らない)に帰ってしまったので最後まで見られはしなかった。

しかしながら大学を卒業し社会人になり、しばらくは雑誌や単行本を買い続けていたものの、「スーツで子供向け雑誌買うのはちょっと・・・」とヘンに格好を気にしてしまい、自分自身マンガを読む時間も少なくなって、ガンガンから遠ざかっていった。今だったらサラリーマンが少年マンガ読んでても当たり前って風潮があるんだけれど。そんなわけで単行本も買い続けていた「ハーメルン」も24巻で買うのを止めてしまった。最近になって、どう完結したのか知りたくなったが、メジャーな雑誌の単行本と比べて出回っている本の量も少ないので、なかなか見つけられていないのが現状だ。久々に古本屋めぐりでもしてみようか。

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2008年3月 7日 (金)

認めたくない!

待てども来ないハガキ。「アタック25」の審査に落ちたのを認めたくないところに、さらに認めたくない事態がふりかかりつつある。

今週に入って、毎日のようにくしゃみが出る。確かに、ここ数日は布団に入っても温かくないなと思う事が多く、どうやら風邪をひいた事は確かなようだ。それにしても長引いている。いや、風邪の症状はほとんどなくなっているのに、くしゃみがよく出る。

よく花粉症のひとは目がかゆくてしょうがなくなるというが、私は目はまったくかゆくない。ただ、くしゃみがよく出るので目が真っ赤になっている。はたから見たら典型的な花粉症の顔だ。違うんだ、風邪が治らないだけなんだ…。

今まで、花粉症は文明に毒された都会の現代人がなるものだと思ってきた。田舎(といっても山ではないが)に育った自分には縁のない話だと思っていた。1日3食お米のご飯を食べないと気がすまないし、ハンバーガーやら肉料理を自ら好んで食べる訳でもない。「じじくさい」と言われながらも毎日何杯も緑茶を飲む、夏でも熱い茶を飲む、そんな生活をずっと繰り返してきた私が?まさか。早く風邪が完治して、単なる勘違いだったと判明して欲しい。

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2008年3月 2日 (日)

落ちたっぽい

書かなきゃ誰にも知られる話ではないが、あえて書いておこう。

私がほぼ毎週見ているクイズ番組「アタック25」。その出場が、どうやら叶わなかったようだ。

静岡県予選が2月16日に行われた。私にとっては2回目の予選だ。前回受けて、どのような流れなのかは既にわかっている。今にして振り返れば、そのために妙に落ち着いてしまい、「番組に出たいんです!」という熱意をアピールできなかったのが敗因かと思っている。

予選の流れは、まず指定された会場に受験者が集まる。この日は1時半と3時半(?)の2回で、私が受けた1回目には36人の人が受験していた。ABC(番組の放送局)の担当者が2人、関西人らしいトークを繰り広げながら予選の説明をする。まずは筆記試験。30問の記述式を8分間で行う。ひじょうに時間が短いので問題文を見て知らない話だったら飛ばしていくしかない。私は5~6問まったく書けず、とりあえず書いた部分もたぶん7割ぐらいしか合ってないだろうという感触だった。ただ、受験前に書いた通り、「芥川賞と直木賞」からは1問出題された。ここは前回受験したアドバンテージというものだ。ただ、この試験と一緒にプロフィールを書いた紙を提出する。単純に試験の成績だけでなく、出場した時に印象に残る人だろうかというのも選考基準になっているんじゃないだろうか。ここらへんは担当者も明言はしていなかったが。

採点のために担当者が部屋を出て、10分ほど経ってから結果発表。私はあっさり名前を呼ばれた。結局名前を呼ばれたのは7人。前回もここはクリアしたが、前は確か50人ぐらい受けて10人以上呼ばれたと記憶している。ここをパスした人は顔写真を撮られ、さらに個別にアピールタイム。5分程度、何を喋ってもよい。1人だけ「初めてですね」と担当者に声をかけられていた(何回受験したかはその前の用紙に記載することになっている)ことから推測すると、それ以外の6人はみんな1回以上受験しているという事のようだ。6番目に自分の番が来た。いろいろ話そうと思っていたのに、同じ事を繰り返すような話になってしまった。自分の悪い癖だ。テレビ屋にとっては声が大きい事は格好のアピールポイントだったのに、妙に落ち着いてハキハキ喋れていなかったように思う(それでも普通の人には声がでかいと思われただろうが)。また、「特技は落語」と書いて担当者が上方落語について振ってきたのに、まったく答えられなかった。私は江戸落語しかやらなくて上方落語にはまったく興味がないのがそのまま伝わってしまった。しまった!確か前もこんな展開だったような・・・。今度は聞かれても大丈夫なように好きな落語家を決めておこう(本当に好きになるわけではないが)。

面接が終わり、「出場の見込みのある人には2週間以内にハガキを送ります」という説明。「ハガキが来た場合は、そこから1年間の間に出場依頼の電話をすることがある」ことを意味する。出場確約ではないのだ。前回はこのハガキが届いたものの、出場のオファーは1年間来なかった。で、今回面接でその事をわざわざ言ってしまったのもまずかった。つまり、「実際に出場になる可能性が低いのにハガキが送られた」と言っているようなものだ。「だったら初めから期待を持たせるような事はしないでおこう」と思われたに違いない。

「アタック25」には47の都道府県の代表として一般人が出場する。1回の放送が4人で、だいたい芸能人やアナウンサー、チャンピオン大会やマラソン中継を除くと年間の放送は47回ぐらいだろうか。人口によってバラつきはあるだろうが、どの都道府県からも均等に出ると仮定すると静岡県代表は年間4~5人となる。実際には全国10位の人口を持つ県であるからもう少し多いだろうが、それでも年間10人いくか行かないかだろう。この日も2回予選が行われているわけだから、相当狭き門である事は間違いない。

「どうせ出場させるかどうかはテレビ局からの依頼による訳だから、面接に残った人みんなにハガキ送るんじゃないの?」前回ハガキを受け取って私も周りの人もそう思った。しかし実際には、面接で眼鏡にかなわなかった場合は落とされるという事がわかった。

アピールポイントを磨くのも手だが、30問中ほとんど正解できるように得意ジャンルを増やし、有無を言わさず実力で出場を勝ち取るべきなのかもしれない。

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2008年2月16日 (土)

一夜漬準備中

えーっと、外しちゃならない、今年の芥川賞は川上未映子さんの「乳と卵」。直木賞は桜庭一樹さんの「私の男」だ。あまり突っ込んだ事はわからないが、どちらが年上かと聞かれた場合は桜庭一樹さん、ということだけは覚えておこう。

とりあえず、「DS文学全集」を引っ張り出してきて、明治大正昭和までの代表的文学作品の作者のプロフィールぐらいはひと通り目を通しておこう。漢字検定の時のようにノートに書き出してみよう。100作品に絞ってなら、一晩ぐらい大丈夫。頭のメモリーに残すことは可能だろう。

「映画」…はまったく疎いから捨てるか。タイトルだけでも覚えておけば役に立つだろうか。とりあえず「ドラえもん」と「相棒」だけ覚えておく?「少林少女」は、ロケ地が藤枝のグラウンドだったという事だからチェックしておくか。長いタイトルは初めから覚えるのは無理だろな。

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2008年2月 3日 (日)

祝日ってさ

ついこないだ、「2009年9月に4連休が出現」という記事が載っていた。「秋のゴールデンウィーク」だってさ。

これは2009年の秋分の日が「9月23日」になることがこのほど正式に決定したということで、その月の「敬老の日」が「ハッピーマンデー法」に基づいて「9月21日」となり、2つの「祝日」に挟まれる9月22日が「祝日法」の規定により「国民の休日」になる、ということで、9月20日の日曜日から4連休、土曜日も休みという人にとっては5連休が実現するというものだ。

ところで、祝日でない9月22日が「休日」になるのがなぜかご存じ?私も数年前に知ったのだが、「ある日の前の日が祝日で、かつ後ろの日が祝日の場合はその日を国民の休日とする」という規定が「祝日法」にあるのだ。これって何のこと?と思うかもしれないが、私のように30歳ぐらいの人は、昔は5月4日が休みじゃなかったということを記憶しているはずだ。昔は4月末から5月の頭にかけてを「飛び石連休」と呼んでいたことをご記憶の方もあろう。ある年を境に5月4日も休日になったのだが、その根拠となったのが、この「前後を祝日に挟まれた日は休日」という祝日法の改正だったのだ。それはもちろん、「5月4日をなんとか休みにする」という為だけに作られた規定だったはずだ。その当時は「敬老の日は9月15日」というふうに、「春分の日」「秋分の日」以外はすべて日付が固定されていたので、5月4日以外に「祝日と祝日が接近する」ことは想定されていなかった訳だ。

最近、今まで「みどりの日」と呼ばれていた4月29日が「昭和の日」になり、5月4日が「みどりの日」になった。これにより5月4日も晴れて正式に「国民の休日」から「祝日」になった。といっても「休日」「祝日」の違いなんて誰も意識しちゃあいないだろうが。

ところで、である。今回はそんな雑学を披露したいだけではない。「5連休か。楽しみだなあ」という浮かれた話でもない。そもそも「祝日を増やす事が国民の幸せになっているのか」ということを言いたいのである。そして数年前から始まった祝日法の改正、いわゆる「ハッピーマンデー法」が、ありがたいものなのかということを言いたいのである。

個人的には、私は祝日など関係ない仕事である。事務所内でパソコンをさわる仕事だから土曜日・祝日も休んでいいのだが、日々なにかしらの仕事があるので連休など無縁の生活を送っている。私にとって祝日は「給食が届かないので自分で昼食を買わなきゃいけない日」という程度の認識でしかない。会社が軌道に乗ったら祝日も休もうとは思っているが。

ラジオでニッポン放送を時々聞くが、関東地方の商店主がよく聞いているらしくお便りが読まれることも多い。街中で営業している居酒屋の店主などは「3連休が増えたことによってオフィス街に人がいなくなる日が増えて深刻な影響を受けている」と訴えているのを聞いた。「3連休が増える」→「国内に観光旅行に行く人が増える」「道路を多くの人が利用する」「観光地や娯楽施設、商業施設が潤う」という発想なのだろうが、逆にこれによって苦しい思いをする人だっている筈だ。ある程度社内で責任のある立場にいる多くのサラリーマンにとっては、連休が伸びる事でその前後にまとめて行う仕事が増えたり、長く仕事を空けることがふさわしくない場合は連休中でも仕事場に出てくる必要が生じてしまったりする筈だ。

私は初めから「ハッピーマンデー」なるものには大反対だ。すべての祝日にはちゃんとその日になった理由があるわけで、その日を動かしてはいけないと思っている。「ハッピーマンデー法」でも固定されたままの日は、明治以降の「天皇誕生日」に由来している日が多い。「そういう祝日は動かせないが、それ以外の祝日は動かしちゃえ」というのはなんともご都合主義としか言いようがない。

「3連休が増える経済効果」を訴える政治家の姿勢は、最近何かと話題になっている「道路特定財源」の議論にも似ている。「道路を作ることによって経済効果があり、国際競争力を高める効果があり、道路がスムーズになれば地球環境を守る事にもなる」と、一見もっともらしいことを喧伝する。一方で、社会保障はじめ国の予算は逼迫しており、「道路だけ聖域でいいのか」という声は多い。

私が祝日法を改正するならば「ハッピーマンデーは廃止してすべて本来の日付に戻す」「夏休み前であまりありがたみを感じない7月20日の『海の日』を祝日から外し『海の記念日』に戻す」「2年後の日付が決まらない為にカレンダー屋さんが迷惑するので『春分の日』『秋分の日』を祝日から外す」としたい。春分・秋分を祝日にするなら、冬至・夏至も祝日にしないとおかしいだろうと言うのが持論だし、2年先の日付が決まらない事を考えるとそもそも「祝日」としては要らないよな、という気もしてきた。そして「祝日を増やすのではなく、そのかわりに労働者が週休2日を全うできるように、また本来使用できる『有給休暇』をきちんと行使できるようにする」ということを強く訴えたい。あ、国会議員とかに立候補する気はまったくないけれど。

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2008年1月28日 (月)

携帯さん

ド派手な音を立てて携帯電話を床に落とした。充電器を差したまま片付いていない机のうえに乗せていて、何かの拍子に滑り落ちてしまった。その場はすぐに拾い上げて仕舞い込んだが、あとで待ち受け画面が最初の状態に戻ってしまった。見ればFOMAカード異常と書かれている。どうすりゃいいと考えた。
そう私は世間一般の同世代と比べて異常に携帯を使わない人間である。普通の人なら何とも思わないこのトラブルも私には難題だ。カードってどこ?見えているところにないという事は電池パックのある所か?どうやって開ける?マニュアルがないと無理・・・。
悪戦苦闘して開けてみたところ、この携帯がつくられたのは2004年9月だという。そうそうあの時雨の中でサッカーの試合を見ててポケットの中に入れてたのを忘れてダメにしたんだった。まだ3年しか経ってないんだ。もっと大事に使ってやらなきゃ。私の車のように10年は働いてくれなきゃ。
何とかカードは再び認識され、あの年デジカメで撮影したサッカーの写真が再び待ち受け画像として復活した。今日はそれを記念して携帯からこのブログを書いている。パソコンでなら5分程度でかけるこの程度の文章も、私にとってはちょっとしたゲームのイベント並に充実した作業になった。

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2008年1月24日 (木)

11年目のクルマ

6年前に中古で買った私の車、マツダの「ユーノス800」。学生時代の芸名「ゆのすけ」に引っ掛けて、いわば名前だけで選んで買ったこの車。その当時も今も、仕事場と家の往復が用途の9割以上を占める、「走りさえすればいい」という車ではあるが、買った当時は3ナンバーと5ナンバーの税金の違いすら知らず、毎年45,000円の自動車税を「無駄使い」と周囲に揶揄されながらも払い続け、このたび3度目の車検を通してきた。私の前に5年間、人に使われたこの車の11年間の通算走行距離は12万4千キロ。多くの人が10万キロぐらいで廃車にしてしまうというが、私はいまだに乗り続けている。排ガス対策の「☆」も3つ星4つ星が当たり前の時代に、1つもついてない。乗り続ける事自体が環境破壊行為と思われかねないが、それでもまだ乗り続けるのだろう。

先日、新車を見にいったのだが「買おう」と決心するには至らなかった。今の車は車検を前に廃車にしてしまい、新車が届くまでは一時的に借りるという選択肢もあったかもしれないが、お別れをするには準備が出来ていなかった。昨年11月に生涯初の交通違反を犯し、「向こう3ヶ月違反がなければ点数はもどる」と言われたため、たとえ1日でも車検を過ぎた車を運転する訳にはいかないと思ったりもした(しかし、ゴールド免許がなくなるという現実は変わらない・・・)。様々な思いが入り混じり、優柔不断な自分の事だから、結局また春には45,000円の自動車税を払うのだろう。こうなったら優秀な日本のクルマが何万キロまで走れるのか身をもって実証してやろうじゃないか・・・。

―2年後の1月までには新車を買うぞ、絶対。

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2007年11月15日 (木)

人生初の…

極めて個人的な告白をするとしよう。

19歳のクリスマスに運転免許を取得してもうすぐ12年というこの11月13日午前11:50、人生初の「交通違反」で捕まった。

罪状は「一時停止義務違反」であった。静岡市内の国道に並行して走る細い道路。「そこ」はいわゆる「T字路」の形状であるのだが、直進の一方に「止まれ」の標識があるというパターンである。私は仕事でこの道を走り、入るべき駐車場を探して周囲を見ながら走っているうちにその標識のところを一時停止せずに進んでしまったようだ。

Ihan

敵はそのすぐ先に2人で待ち構えていた。初めは駐車場の警備員かと思ったが、こちらに近づいてくる一瞬の間に違うという事を感じざるを得なかった。しかしなにぶん違反慣れしていない初めてのことだったので冷静さを失ってしまった。「そこに一時停止の標識があるの見えなかった?」自分で顔から血の気が引いていくのを感じた。「ゴールド免許だから、向こう3ヶ月に違反がなければ点数は戻る」ような説明をしていたが頭に入りゃしない。何か書いている5分ほどの間が恐ろしく長く感じられた。その間、私はずっと2人の敵に向かって、聞こえるように独り言をつぶやいていた。「こんなとこで一時停止違反を捕まえて何になるんだ!」「急いでるのに何分待たせる気だ」結局7000円という科料が課せられることになってしまった。「あとで異議を申し立てる…」というのが一瞬頭に浮かんだが、すぐにそれは民間委託会社に駐車違反を取られた時の話であることを思い出した。警察官に直接取られた以上、いかなる異議も通らないだろうな。最後に拇印を取ろうとしてきやがったので「犯罪者でもないのに拇印なんて絶対押さんわ」と叫んでハンコを押した。

後で冷静に考えてみると、「自分自身反省しなければいけないこと」と「それでも納得のいかないこと」が浮かんでくる。自分は今まで「止まれ」の標識をどれだけ意識していただろうか。翌日、家から仕事場に行く道の中で、何個の「止まれ」に遭遇するかを数えてみた。結果、標識の有無は今までほとんど意識していなかったことがわかった。当然のこととして、信号機のないT字の交差点で、自分から直線道路に入っていく時は標識の存在は無しに一時停止をする習慣がついていた。標識の意味は、当然のこととして自動車学校で習っていてほとんど今でも正しく記憶しているが、見ていなけりゃ意味がないことを7000円と言う高い授業料でもって知ることが出来た。

しかしながら、今回のケースはT字型なのに直進側に「止まれ」があって、90度曲がって侵入する側のほうが優先であるとされているのだ。元々カーブとして存在していた道にあとから直線の道路がついたとか、そっち側(90度曲がる方)の交通量が多かったりそっち側の方が太い道路である場合が考えられる。しかし図を見るとわかるが、ここは駅北と駅南をつなぐ細い道路で、決して交通量など多くはないのだ。わざわざ直進側に一時停止を課す明確な根拠に乏しいのだ。そんな場所にわざわざ2人の警官がたまたま居合わせたなどという事はあるまい。私のように直線道路だからと一時停止を忘れるターゲットを狙っているに違いないのだ。その道は上に線路が走っていてガード下からぶつかってくるのだが、見通しは悪くない。直進しながらも横から車が来ていれば当然わかる。標識に気付かず進んだ私だが、横から車が来ていないことはきちんと確認していたはずである。ここで一時停止違反を摘発することが、交通事故の発生をどれだけ抑止することにつながるか、静岡警察署長のお考えをうかがいたいものだ。特殊な一時停止と待ち伏せ。性格の悪い歴史教師が「鎌倉幕府の成立は1192年である。○か×か?」と出題して「○」と答えた生徒に「バーカ」と言っている姿に重なる。

※鎌倉幕府の成立は現在の教科書では1185年とされている。「1192年に頼朝が征夷大将軍に任命された」ことは間違いないが、「それ以前から鎌倉幕府は機能していた」という解釈である。

ちょうどこの日は、「ストーカー行為をしてその後自殺した警察官に通常退職した場合より多い退職金が支給される」というニュースがネット上に載っていたりした。短絡的な考えだが、こうやって市民から巻き上げた金がこういう人間の退職金に使われるように思えてしまう。それ以前に、汗水流して一時停止違反を摘発するヒマがあるならひき逃げや飲酒運転の検挙率を上げろよと言いたくなる。

結局、何を言ってもムダか・・・。何度か違反で痛い目にあっている人は(本当に弁解できない大きな違反や事故を起こしている人は別にして)、「それが世の中と言うものだ」という諦めに似た気持ちになっているのだろう。しかし私はまだそこまでの気持ちになれはしない。ものすごく落ち込み、ものすごく怒りを感じている。

これって、人生観も変わるな。

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2007年11月11日 (日)

衝撃の話

今日は静岡で落語の会があり、帰りが夜10時を過ぎた。静岡駅に10時20分頃着いて、そこから焼津行きの電車に乗ろうとして電光掲示板を見ると、次の電車が遅れていると言う表示であった。聞けば人身事故であるという。しかしJRの事故のアナウンスがどうも私には納得いかないのだった。

「本日17時22分頃、草薙駅と東静岡駅の間で、線路に立ち入った人と電車が衝撃した影響で、電車が大幅に遅れております。」

「ご迷惑をおかけしています」「ダイヤが乱れたことをお詫びします」という謝罪の文言は一切ない。九州場所の北の湖理事長の挨拶と同じだ。・・・それはともかく、この一文で何と言っても引っかかるのは「人と電車が衝撃した」という部分である。「衝撃」という言葉は私の知らないうちに動詞になっていたのか。

家に帰って国語辞典を調べてみたが、そのような用法は出ていなかった。ネットの辞書にも「衝撃」が動詞化する説明はなかった。いまは不思議に思ったことは「検索」することで全容が見えてくることがある。ただ、「検索」で導かれるのは「正解」では無いから気をつけなければ。そこで「衝撃する」「衝撃した」という言葉を「Yahoo!」で検索にかけてみたところ、「衝撃する」は284件、「衝撃した」は323件が検索に引っかかった。一方、ただの「衝撃」と検索すると出てくる数字は約47,100,00件なので、世の中で「衝撃」を「衝撃する」という使い方をするケースはごくごく少ないと思われる。

ネットで何かの言葉を調べてみて結果がこれだけ少ないと、「誤用」である可能性があるのだが、今回「衝撃する」「衝撃した」という言葉を検索して出てくるサイトにははっきりとした特徴があった。まずは科学・物理学関係。建物の構造計算についてのサイトが1番目に出てきたが、「床に衝撃した」という用法は「床に衝撃を与えた」という意味だと思われる。他にも科学分野のサイトが多く見受けられた。そしてもう一つの特徴は全国のJRグループで使われていること。「速報」の形で残っていた文章、「電車が車に衝撃したことを想定した訓練」と言った言葉など、全国のJR各社が使ったこの言葉が載っている。あとは「衝撃する」という言葉を聞いて違和感を感じた、私のようなブログの記事となっている。

「衝撃」という語に対して「衝撃する」「衝撃した」という用例の異常な少なさと、その多くが単一の企業体(=JR各社)で用いられるという事実から、この言葉はJRが自分達に都合よく使えるようにと作り出した言葉であると想像できる。「接触した」という語では深刻な被害をもたらしたという事が伝わりにくいし、「激突した」という言葉は電車側の損壊がある程度ないと使うのはおかしいような気がする。事故が発生した時点で双方の被害状況がわからない時点でも使える表現として生み出されたのだろう。また、ぶつかった物が人なのか木なのかわからない時点でも「衝撃を受けて電車が停止した」という事を表現するのに都合が良いのだろう。

しかし、それは私達一般人が使わない言葉である。駅や電車といった公共の場所での放送は「パブリック」(公共性)を伴ったものである。そこで一般的に使われない言葉を使うと言うのはどういうことであるか。しかもこの用例では「線路に立ち入った人と電車が」と、状況が判明していて、その状況に関しては克明にわかるように説明しているのにもかかわらず、「それがどうなった」という部分においては「衝撃した」という、極めて状況のわかりにくい機械的な表現をしているのだ。

テレビやラジオの交通情報ではこういう場合「人身事故」という言葉で片付けられる場合が多い。JRでは何が起こったのかわかりにくい「人身事故」という言葉を避けて丁寧に説明しようとしているのだろうか。「線路に立ち入った人が」という事をわざわざ言うあたりは、「こいつは法を犯した悪い者だ」という意図が含まれており、客観的な説明ではなくJR側から見た主観的な説明になっているのである。

とにかく、「衝撃する」「衝撃した」という用法は辞書にも載っていないわけで、通学している学生が「こういう用法もあるのか」と覚えてしまって国語のテストで書いてバツをもらうということも起こりえない話ではない。何より一般の人にとって使われない表現をすることが適切であるかどうか、私はきちんと検証していただきたいと思う。

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2007年9月22日 (土)

今年やり残したくない事

9月20日の書き込みに引き続き、面倒なことは何でも後回しにしてしまう自分が、「これはやろうよ」と思ったことを書き留めておくコーナーである。今回はちょうど今年の終わりまであと100日記念という事で、「今年中にどうにかしよう」と思っていることを中心に集めてみた。

「アタック25」あきらめちゃったの? 以前にこのブログに書いたのだが、ABCテレビの長寿番組「アタック25」の予選に2年前に挑戦して結局出演が叶わなかったのだが、その後予選は受けていない。その後2度ほどインターネット上からエントリーしたのだが、前も2回エントリーしてやっと予選のお知らせが来たので、これは定期的にエントリーを出し続けてないと受けられないようだ。あの時は「合格通知」をもらったものの「1年間有効で、その間にオファーがなかったら諦めてください」というものだったが、今にして思えば体のいい断り方だったと考えざるを得ない。つまり、最初に受けた筆記試験の成績は向こうで把握しているのだから、同じ「合格通知」を出した人間の中から成績のいい順に出演が決まるわけで、私なんかは初めから出演できる成績ではなかったのだろう。その後も毎週欠かさず番組は見てるし、今まで以上に世の中のどうでもいいニュースに関心を持つようになっている。あの時は直近の芥川賞・直木賞の作家・作品すら頭に入れずに試験に臨んでいたからな。よし、もう一回エントリーだ。

「アタック25」ホームページ
http://www.asahi.co.jp/attack25/

貯めたポイントは使おうよ  こないだの「toto」ポイントは体脂肪計の応募に必要な400ポイントに届かなかったので見送った。11月に第2弾のプレゼントが発表になるという事なので、その時には貯まったポイントでいい賞品を選んで応募したいと思う。さて、それともう一つ自分が貯めているポイントがある。任天堂のゲーム機とゲームソフトを買うとついてくる「クラブニンテンドー」のポイントだ。「Wii」を買った際にこのポイントになる紙がわんさか出てきたので過去のソフトも含め登録してみたら結構なポイントになっていた。「クラブニンテンドー」のポイントは、買って登録した年にはポイントは使えない。年度が切り替わって応募が出来るようになっている。あ、「応募」っていうと誤解を招くかもしれないが、上記の「toto」はプレゼントが抽選なのに対して「クラブニンテンドー」は品切れでなければ全員がもらえるものだ。このほど、私達が応募できる新年度のプレゼントが発表になった。非売品のDSソフトなどがやはり目玉になるのだろう。「スターテンビリオン」?これが一番高額プレゼントなのか??うーん、大人が喜びそうなおしゃれなプレゼントが少ないな。今はDSやソフトを買う人は「子供」や「ゲーム好き」に限らないんだから、ゲームから離れたプレゼントも用意したら受けると思うんだがな。とにかく、今回はちゃんとプレゼント貰おう!(プレゼントが届けば確実に1回分ブログのネタになるしな。)

「クラブニンテンドー」ホームページ
http://club.nintendo.jp/

DVDのない生活から脱却を 最近は昔のように「このテレビ番組見なくちゃ」と思える番組が少ないのでテレビ番組を録画することはめっきり少なくなった。せいぜい「きよしとこの夜」と「アタック25」ぐらいだが、「きよしの~」は木曜日の夜に家に居ないことはほぼ100%ないので録画の必要はない。日曜日の「アタック25」だが、ここ最近日曜日に出かけることがめっきり少なくなっているので録画もあまりしない。ビデオデッキが古くなって録画もうまくいくかどうかわからない。録画できても再生するたびにテープが著しく傷つくこまりものだ。「それじゃ駄目じゃん」とは地元静岡の生んだ超売れっ子落語家・春風亭昇太の決めゼリフだが、「必要性がないから買わない」というんじゃしょうがない。せっかくだから、ビデオテープよりDVDだろうな(なんか世間のトレンドとひと世代ずれてるような気がしてきた)。話が飛ぶが、素人落語の集まりで自分の親世代の人と話していると、自分達よりこの世代の人たちの方がDVDとかのイマドキの家電について知識が深いことがわかる。なんでDVDのことを取り上げたかと言うと、映画もドラマも興味ない私がどうしても買わなきゃいけないDVDが1枚あるからだ。それは以前にこのブログで取り上げた映画「しゃべれどもしゃべれども」のDVDが、11月9日(金)に発売されるという事が判明したからだ。私の影響で(?)落語好き(??)で原作の本も読んだ親が結局映画館に行ってないという事なので絶対に買わないといけない。特典映像では劇中では物足りなかった国分太一くんの落語シーンもたっぷり収録されている。たぶん二代目林家木久蔵(きくお)より面白いと思う。という訳で11月9日には何らかの形でDVDを見られる手段を手に入れることだ。主な選択肢としては[1]録画も再生も出来る性能のいいDVDを買っちゃう(次世代DVDって奴か?もしかして地デジ対応なのか?全く未知の領域だわ)。[2]再生専用のDVDデッキを買う(結構こういう人も多いらしいじゃないの。といってもレンタルで借りてきてドラマや映画を見る習慣がないからこの選択肢はないかな?)。[3]プレイステーション2を買う(もしくは弟の下宿から強奪する、もしくはプレイステーション3を買う。といってもPS2買ったとしてやりたいゲームは「ドラクエVIII」と「ファイナルファンタジーX」と「ファイナルファンタジーXII」ぐらいしかないからな…)。[4]新しいパソコンを買う(すっかり忘れていた。今使っているパソコンがオンボロでDVDもまともに再生できないんだった。これがいちばん手っ取り早いか。テレビも見れるパソコンもあるらしいしな、っていつの時代の人だよ)。

「しゃべれどもしゃべれども」公式サイト
http://www.shaberedomo.com/

手つかずのサイトをどうにかしろよ これって何といったっけ。「医者の不養生」という奴だ。「紺屋の白袴」という奴?もう一つあったな、大工がちゃんとしてない家に住んでるって・・・落語のクスグリだったっけか?(後で調べたら「大工の掘っ立て」ということわざがあった)。自分はインターネットサイトを制作する仕事をしているくせに、自分が個人的に作ったサイト「ゆーのすけーぷ」はプータロー時代の2001年に「就職支援講座」で教わった、初歩的な知識しか持ち合わせてないときに作ったサイトがその原型になっていて、中身を時々変えるものの大枠は昔のままである。仕事で1日中HTMLのソースをいじっているから、家に帰ってまで同じことしたくないという意識が働いてしまうんだろうな。しかしいつまでもそうは言ってられないだろう。時間を見つけてリニューアル準備をしていかなくちゃ。ただ、このパソコンが相当おかしくなって、ブログを書いたりブラウザを使ったりする分には問題ないけどいろいろアプリケーションを広げて何か作業をするには支障をきたすような状態になっている。という事は、一つ前のとこでも書いたが、新しいパソコンを買うということが最優先課題になるだろうか。となると、いよいよ悪名高い「vista」使いになるという事か?いや「悪名高い」は酷い言い方だけど、「vista」の新機能とか見てても「そんなのいらないから起動を速くしてよ」ってのが正直な感想だからな。果たしてうまく付き合えるだろうか?

「ゆーのすけーぷ」トップページ
http://www2.tokai.or.jp/eunoscape/

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2007年9月20日 (木)

ネタ枯れの危機

やらなきゃいけないと思うことはたくさんあるのに、そのどれもが中途半端で進んでいかない。

こういうのって、その人間の性格が大いに関係していると思う。いま、「その性格」という言葉の前に「もって生まれた」という言葉をつけようとしてやめた。確かに生まれつきの性格の傾向というのはある。締め切りギリギリにならないと動けない。いや、ギリギリになって期限を過ぎてしまっても動かない。こういった自分の性格は自分の親にも見受けられる。ただ、もって生まれた性格の傾向も、その後の生き方である程度は変えられるだろう。

私は運動が苦手だった。だからスポーツに真面目に取り組むことも出来なかった。中学ではバスケ部に入って途中退部することなく3年間過ごしたが、それだって野球やサッカー・陸上とかは大変だろうし、剣道とかは痛そうだし、バスケなら大勢いるしといった、かなりなあなあな理由で入ったのだった。練習はみんなと一緒にやって、試合では応援かスコアラーに回るという3年間だった。レギュラー争いや1勝のために仲間と工夫を凝らしたりとか、そんなスポーツの感動的なシーンとはまったく無縁だった。いわゆる「根性」というものがないのだろうな。

夏休みの宿題も8月の終わりぐらいにならないと始めない。正確には「前の年で懲りたから、今年は早く始めよう」と思って最初の数日は頑張るのだが、そのうち飽きて1日やらない日があると「まあいいか」と思ってそのままにしてしまう。そしてそのうち40日間の休みのうち30日ほどはあっという間に流れてしまうのである。夏休みが終わっても9月1日は防災訓練でそのまま帰るから、その後頑張って翌日に出せばいい。翌日に出せなくても先生は回収しなきゃいけないから諭すように自主的に「少しくらい遅れてもいいから」と出させようとする。「あ、当面の危機は去った」と思って「ピンチになっても死ぬわけじゃないんだし」という甘い考えを身につけてしまう。自分で書いてて最低野郎だと思ってしまった。学校で習うことなんて、国語と算数以外は大して社会に役立たない。学校で習うことというのは、その後の人生で「ズルズルいくと身を滅ぼすよ」という事を教えるためにあったのだなとつくづく思う。そして、「嫌なこと、面倒なことはどんどん後回しにする」という自分の性格は、学校生活で改善されるどころかますます磨きがかかってしまったようだ。今さらながら後悔の念を強くする。子供の頃に戻れるならば、「宿題なんてものは先に先に片付けてしまえばいいんだ」という事を徹底的に自分に叩き込ませたいものだ。…あ、こういう発想事態は我々『ドラえもん世代』的だな。

サッカーくじの予想をする日じゃなくて、でもってW杯は予選敗退しちゃって(なでしこジャパンの事ね)、でもってこの日はスワローズの試合がなくて、さらには「東京ゲームショウ開幕」だとか言っても任天堂ハードの目新しい情報があるわけでもないから取り上げることもなくて、総理大臣はいないし・・・、でブログに書くネタがないというのが正直なところなのだ。書かないとここまで約260日続けた連続更新が途切れてしまう(そうか、あと100日ちょっとで1年になるよ…)。本当はこういう時のために、好きだったゲームやテレビ番組のことを書き溜めておいたりするべきなんだろうけれど、それも出来ていない。せっかくだから今やらなきゃいけないのに出来ていないことを(シャレにならない話は除いて)書き出してみようと思う。

秋の寄席がある。 いきなりで訳がわからないかもしれない。昔からこのブログを読んでいたり、私のことを知っている方ならご存知なのだが、私は静岡市内で活動する素人落語集団「与多朗の会」なるものに入っているのだが、初夏と秋に毎年寄席をやるのでその演題を決めなければならないのだが全く頭の中に落語がない。私は大学の落語研究会で落語に触れたので落語を自分で演るのは好きなのだが、他人がやる落語を聞くと眠くなってしまう。だからラジオやテレビの落語も、たまたまやっていれば聞くが、自分でテレビ・ラジオ欄をチェックしてまで聴こうとは思わないし、CDやDVDもほとんど買うことがない。「こういう会にいるのに好きな噺家もいないのか」とあきれられたりもしたのだが、それでもなお「よし、勉強のために落語を聞いてみるようにするか」という気もうまれない。だからレパートリーも増えない。結局、何年か前に演ったネタを再演することに決めた。一応、何年か経って演じる側にも深みを出せたらいいなという淡い期待もないではないが、いうほどの芸でもないというのが本音かも。

漢字検定準一級 10月の試験の締め切りは9月26日だそうだ。つまり受検はまだ間に合うのだが、エントリーする気になれない。そう、6月の試験を終えたあと、全く漢字の勉強を行っていないのだ。あの時は付け焼刃の勉強で200点満点中107点。今からエントリーして1ヶ月後に160点が取れるかというと、今のままじゃダメだ。そりゃ、本気で1日1時間の勉強を1日も欠かさずやれば勝負にはなると思うが、その覚悟が出てこない。自分の中では今回はスルーして来年2月の第3回に照準を合わせようという方向でほぼ固まりつつあるのだが。

今年中に新車買うって言ったじゃん 「言ったじゃん」といっても、誰かと約束したわけじゃないんだが。ただ、今乗っている車がいかつくて燃料も食うし、塗装もはげまくりで「来年1月の車検は通さずに次の車にするぞ」と言ってみたもののまだ具体的に動き出せていない。ディーラー回ったり下取りにするか売るか考えたり、自分のニーズに合う車はこのメーカーでいうとどの車種になるかとか調べるのが面倒という訳だ。そうこうしてるうちに今年もあと100日。申し込んですぐ車が来る訳ではないことを考えると、ホントそろそろ動かなきゃいけないんだが。それとも、「次の次の車検は通さないことにするぞ」とあと2年乗りつぶす方に傾いてしまうかも。実際、走行自体には何の問題もないのだし。

ほかにもいろいろあるのだが、また別の機会に愚痴ろうかと思う。またも実のない駄文を書いてしまった…。

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2007年9月13日 (木)

情報乗り遅れ

12日は仕事で車を運転して1人で他県まで出かけた。昼前に仕事場を出発。しばらくはラジオを聴いていたが、だんだん電波が悪くなって聞こえなくなるので午後はCDにしていた。訪問先はお店で、世間話をすることもなかった。道すがら思ったことは、「田舎だからこのあたりは自民党が強いとみえて、安倍総理のポスターがやたらと多く見かけるな」ということぐらいだった。帰りはラジオで「ヤクルト-巨人戦」を聴いていた。夜は電波が飛ぶと見えて地元の周波数でも聴ける。といってもやはり雑音が多く、野球の展開はわかるが細かな言葉は聞き漏らすこともあった。今にして思えば、途中のニュースも聞き取れなかったし、実況の合間にも何か言っていたような気がする。そして夜9時過ぎ、やっとのことで事務所に帰り、自分のパソコンでYahooを見た。

「退陣の背景に健康問題」・・・誰?また大臣でも辞めた?どっかの国の偉い人?「民主、政権交代に意欲」・・・国会の論戦が今日から始まったんだっけ・・・ん、何かおかしいぞ??

そう、安倍首相の辞任を夜9時過ぎまで知らなかったのだ。

94年1月17日の阪神大震災以来だ。私の周りの人はみんな気づいて起きたというのに当時大学1年で一人暮らしをしていた自分は全く気づかず、お昼にいつものようにテレビをつけて高速道路がナナメになっているあの映像を見た。すぐに日本のことだとは気が付かなかった。あの時以来の乗り遅れだ。特にここ数年はインターネットにかかわる仕事をしていて仕事中でも最新のニュースがすぐにわかるようになっている。どうでもいいことも多いが、それにしても号外級のニュースを8時間以上も知らなかったと言うのは不覚の限りだ。

さて、記者会見やニュースもチラッとしか見ていないのではあるが、国会が始まり、所信表明演説も行った直後である。これから与野党の代表質問が行われるというまさに直前の表明だったようだ。その前にはオーストラリアでのAPECの会議に出席し、夫人ともども各国に愛想を振りまいてきたというのに、だ。言ってみれば離陸直後の飛行機内で機長が自殺するようなものだ。なんて無責任だ。野党も「これはいい方向に~」とか他人事のようないい方してる場合じゃない。野党の人間だって首相に代表される国の国民だ。飛行機の乗客が、「あの機長は下手だからいなくなってくれてよかったよ」なんていってる場合じゃない。すぐに替わりの機長を用意しないと飛行機は墜ちてしまう。

それと、総理を辞めた安倍さんは、健康問題が理由というならしっかり入院してもらいたい。それか帰国(山口のこと)して温泉療養でもしてくれ(どっかの横綱みたいだな)。国政をめちゃくちゃにし、議会制民主主義のあり方をも揺るがせかねない、最悪のタイミングで辞任して、そのあとさらに「国会議員だから」と言ってのこのこ登院するのだけは勘弁願いたい。どこぞの殿様のように隠居して陶芸家にでもなってくれ。

それにしても、古田監督より先に辞める言うとは思わなかった。

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2007年8月25日 (土)

キリ番~潮時か

200708242129

私が乗っているクルマ、平成8年式のユーノス800の総走行距離が昨晩、12万kmに到達した。といっても中古で買ったので私が走行したのは約7万kmである。

5年前、初めて自分の車を持とうと思って行った中古車販売店。行ったその日に成約したのがこのクルマであった。

小心者で妻子も無いのになぜに3ナンバー。車のことよく知らないというのもあるが、このクルマに決めた最大の理由は「名前」である。

そう、このブログが「ゆーのすけーぷ2」(ゆーのすけーぷ自体は6年前にスタートした)であり、その名前は大学の落語研究会時代の自分の芸名「ゆのすけ」に由来している。以前から「ゆのすけ」→「EUNO」というハンドルネームを使っていたゆえに、「EUNOS」というクルマには一度乗ってみたいと考えていたのであった。「でもオープンカーだと寒かったり雨にぬれたりしてやだなー」ぐらいの認識しかなかったところに、セダンタイプの「ユーノス」があるじゃないかということで、即日成約してしまったのがこのクルマであった。

走行する事には何の問題も無いクルマであった。故障も少ないし、装備なんかまったく興味ないし。ただ、予想通り、小心者なのに幅のでかいクルマでビクビクする事ばかりだし、何よりでかいので燃費が悪い。

昨今の地球温暖化とガソリンの値上げにより燃費の悪い車は親のカタキのような嫌われようである。

次の1月で3度目の車検を迎える。ここしばらくは「3度目の車検は通さずに次の車を買おう」と思っていたのだが、今現在買う車は未定である。

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2007年8月14日 (火)

お盆らしいこと

唯一のお盆休みを8月13日(月)に取ったが、この日は昨年亡くなった母方の祖父の初盆ということで普段よりも早く起きて支度をした。といっても祖母の家に行ってお坊さんがお経を読んでくれるのを縁者一同で聞くというだけなのだが。

お坊さんはいくつもの家を掛け持ちしているらしく、お経を読んだ後はお茶も飲まずに帰ってしまった。稼ぎ時だから仕方がないか。お経を聴いている間じゅう、私は自分が大学3年の時にオチケンで演じた落語「蒟蒻問答」のことを思い出していた。八五郎が兄イと慕う蒟蒻屋の親父に坊主になれと言われ、「そんなこと言っても、あっしは経なんぞ読めませんぜ」というのを「経なんざ“いろはにほへと”を長くひっぱってりゃいいんだ」と兄イが教える場面があった。近年は「般若心経」などの「写経」が中高年の間でブームになっており、DSで般若心経のソフトが発売されるまでになっている。もちろんブームになる前から写経をしている方も多いのだが、さきの四十九日法要の時に、お坊さんの読経に合わせて、一緒に経をつぶやいている中高年の女性がいた。経を知っている人の前で「いろはにほへと」はできないよな、とふと考えた。

その後は歩いてすぐのところにある祖父の墓参りにいった。午後は初盆のお礼もかねて父方の祖父の墓参りに行った。家族全員で出かけることもそうそうなくなったのではあるが、親類などの家に行くと決まって「孫はまだか」といわれるのが少々困るのだが、まあ仕方がない。父方の祖父は焼津のわずかに認められた海水浴場のそばにある。広い海岸の、ほんの一部にプールのコースロープのような仕切りがしてあって、その中だけ泳いでいいとしている風景を見ると、こんな狭いところでもやっぱ海はいいもんなのかと思ってしまう。私にとっては海は身近すぎて、昔は家の近くの砂浜から平気で海に入ったりしていたものだから、大人になってからわざわざ海へ行こうという発想がない。海辺には「大龍王眷属」と書かれた墓がある。父親が子供の頃、浜辺で死んだ亀を弔ったということで私達家族もここに来るたびにお参りをしていくのだが、「子供らがいじめて殺した」とか「元々死んだ亀が流れ着いた」などいろいろ証言があって真相はわからない。知っている人だけ知っていればいいのだろう。

すぐ近くには第五福竜丸の船員、久保山愛吉さんの墓がある。ビキニ環礁沖で行われたアメリカの水爆実験で死の灰を浴びて、帰港後に死亡した人だ。毎年3月1日には全国から核兵器廃絶を訴える人たちが集まり、JR焼津駅からこの久保山さんの墓まで更新するのだが、戦後水爆実験の犠牲となった人が焼津の漁師であったことを、焼津の人間はもっと意識する必要があると思う。ここにお墓があるということは知っていても、家族全員で手を合わせたのは今回が初めてだった。

この日は焼津荒祭が行われていた。この祭り、焼津市の中心部の地域に住む人はみんな総出で上下白の装束を着て外に出てくるのだが、私のようにその地域に住んでいない人間にとってはまったく関心がない。5月に行われる浜松祭りでも、同じ浜松市民でも中心部に住む人と郊外の人(長い歴史の中で「浜松市」に加わったような地域の人)で盛り上がり方が全く違うのを思い出した。ちなみに焼津市出身のシンガーソングライター、鈴木亜紀さんは自身のアルバムの中でこの焼津荒祭の様子と「アエットンアエットン」という独特の掛け声を歌にしている。

あけて8月14日(火)世間の多くの人はまだお盆休みであるが私は仕事に行く。といっても相手先の会社はほとんどお盆休みなので自分の溜まった仕事を片付けるという訳で、残業もせずに帰る。普段なら15分で帰るところ、道路が込んでいるので25分以上かけて家に着いた。この日は「焼津海上花火大会」が行われるので、海方向へ向かう車が多かったのだ。

私達家族は、仲のいい家族の方と一緒に、浜辺でゴザを敷いて花火を見に行っていた。大人になってから花火を喜んで見に行くこともめったになくなっていたので久々に浜辺で花火を見ることにした。

昔は「焼津にはすんごい花火大会があるんだぞ」と子供心に思ったのだが、全国いろんなところで花火大会が開かれ多くの観光客を集めるようになり、また「○○花火大会は○万発」とかいう情報を耳にするに従って、それほど大きいわけではないことを知りがっかりしたものであるが、それでも焼津っ子にとっては一年に一度の恒例行事であることにかわりはない。

デジカメに「花火モード」なるモードがあったので初めて使ってみた。なるほど、闇夜の光も鮮やかな色として撮ることができるのだが、暗い場所での撮影は自然とシャッタースピードが遅くなるので、三脚などで固定しないと腕の動きがそのまま光の線となってしまう。バーベキューのついでに撮影してわざわざ三脚をセッティングというわけには行かなかったので写真はこの程度。そのかわり動画はきれいに撮れたのだが、アップの仕方がわからないので載せなかった。次に花火を撮る機会があったら、今回の結果を踏まえてよりうまく撮れるようにしたい。が、他所の花火大会を見に行ったりする予定は今のところないので早くて1年後だろうか。

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2007年8月 8日 (水)

残暑お見舞い申し上げます

8月8日は暦の上では秋の始まりとされる「立秋」である。

私は大学時代に落語研究会という古風なサークルに入ったのであるが、そこで初めて「暑中見舞い」の正しい出し方を教わった。「暑中見舞い」は「梅雨明け」してから出すのだが、「立秋」を過ぎたら「暑中見舞い」ではなく「残暑見舞い」としなければならない。となると今年は関東地方の梅雨明けは8月の頭であったから、「暑中見舞い」の成立する期間はわずかに1週間であったことになる。昔からこんなに慌てて書いただろうか?立秋の時期は毎年ほとんど変わらないのだから、梅雨明けが後ろにずれ込んできているということだろうか。「暑中見舞い」とはいうが事実上は「残暑見舞い」が大半を占めるということで問題はないのだろうか。

海の向こうの中国では北京オリンピック開幕1年前を記念する式典が行われ、太平洋の向こうではバリー・ボンズが大リーグの新記録となる通算756号本塁打を放ったこの日、そんな話題にむりやりかこつけているあたりこっぱずかしいのだが、私のこのブログ「ゆーのすけーぷ」の通算アクセス数が20000を超えた。いままでアクセス数を公開していなかったので「なんだそんなもんなの?」と思われるかもしれない。いや、大半の人にとってはそんなことどうでもいいことであろう。私も「20000ヒット行った」というだけで1本のブログのネタにしてしまおうというのではあまりに芸がなさ過ぎると感じている。

とりあえず、アクセスカウンタを表示にしてみた。しばらくして都合が悪かったら非表示に戻すかもしれないが、たぶん毒にも薬にもならないだろうからそのままにしておくと思う。ブログパーツと組み合わせることで、もっとこまかなアクセス状況を表示することも出来るようだが、(たとえば何県の人が多く見に来たか、とかも表示できるらしい)なんか観てくれた人のプライバシーの一部分を遺すような気がしていまいち乗り気ではない。どんな表示が出来るかは、いろいろ調べていいのがあったら載せようと思う。

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2007年8月 3日 (金)

馬鹿につける薬はない

「○○につける薬はない」と言っても、世論を完全に読み違えている総理大臣の批判でも、まるで勝てないひいきの野球チームに対する愚痴でもない。

自宅のパソコンがいよいよ壊れそうになってしまった。

自宅で現在使っているノートパソコンはNECの「LaVie」たぶん2004年の2月あたりに買った。以前、私のような「任天堂ファン」は「同じメーカーの商品を何代にもわたって使う」と分析されていて、その通りなのだが、昔、父親が使っていたのがNECのパソコンで、自分が社会人になって最初に買ったパソコンもNEC製。このパソコンの後に買ったノートパソコンもNEC「LaVie」の新機種と、ずっと同じメーカーのパソコンを使用している。

私はインターネットの仕事をしていて、一日中パソコンを使っている。自宅のパソコンも元々は仕事場で使っていたのだが、ちょうど一年前8月の暑い時期に調子がおかしくなり、自宅で使っていた「新しいほうのLaVie」を仕事場に、調子が悪い方の「LaVie」は一度まっさらにして自宅で余生を過ごさせることにした。当時は毎日ブログを書いていたわけではないので、自宅で使えばそんなに負担ではないと思った。

しかし、今年に入って私は毎日ブログの記事を書いている。正確には「毎日」ではないのだが、前年よりはパソコンを使う頻度が多かった。

と言っても、やっぱり前回症状が出たのが8月で、今回もここに来て調子がおかしくなってきたから、暑さが原因なんだろうか。

症状が出ると何をするにも時間がかかる。「スタート」にマウスを合わせてから「シャットダウン」のボタンが出てくるまで5分もかかる。

最期の時を前に、だましだまし使いながらデータを移したりしなくてはいけないかもしれない。しかし問題がある。CDが読めないのだ。

このような症状の方は結構いるのだろうか?今年の初め頃からCDロム、CD-Rなどがまったく読めないのだ。つまりその頃からおかしかったのだが、それ以外は普通だったので今日までそのまま使っていた訳だが。レンズクリーニングをやってもダメ。音楽CDも読み取らない。なぜかDVDは読めた。しかし、最近はDVDも読めなくなっているようだ。これではデータを書き出すのも難しいし、なにかソフトをインストールする事もできない。

これでも、パソコンの底の熱がこもらないように、四隅にカセットケースを置いて床との間に隙間を作ったりしているんだが・・・。

こんな状態では毎日家に帰ってからブログを更新するのは難しいかもしれない。

いよいよ、「使いづらい」と評判のVistaを買うか。たぶんまたNEC製だろうけど。

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2007年8月 2日 (木)

責任、ねえ

昨日、8月1日には横綱朝青龍に2場所出場停止の処分が下された。減俸と謹慎だそうだ。そして今日8月2日には飲酒運転で検挙されたフィギュアスケートの織田信成選手に対して5ヶ月間の出場停止処分が下された。これらに関してはいずれも、本人の軽率な行動が引き起こしたことは間違いないが、私はそれぞれの指導者の責任が大きいと思う。

横綱の場合は無断でモンゴルに帰国したのは今回が初めてではない。本人の性格による振る舞いが土俵上で出てしまう事は多かったが、今までのトラブルでも大半が「親方がちゃんとしてないから起こるんだろう」というものだったように思う。

織田選手の場合、飲み会にはスケート部の顧問も同席していたという。そりゃ「いちいち運転して帰るなよ」とか「ここまで何で来たのか」と聞いちゃいられないというのが本音だろうが、顧問も出席する飲み会で起こったことなのだから、責任は重い。ニュースではこの顧問にどのような処分が下されたのかは書かれていなかった。

私はスポーツ選手のような人生は歩んだ事がない。中学校の運動部もレベルの高いものではなかったし、自分自身も競争を勝ち抜くような事をしたことがなかったので、本当のところはわからないが、こういう最高峰のレベルにある人間は、すべてを投げうってその競技に取り組んでいる。自己流の練習だけで勝ち抜ける世界ではないのだから、スポーツにおける指導者の役割というのは、われわれが想像する以上に存在感の大きいものであると思う。ともすれば、サッカーなどで、「選手が負けたのに監督がクビ切られるなんて」と思ってしまう事もあるが、それがスポーツの世界なのだと思う。親方、顧問(というかスケート部全体)が自覚を持たないと、というのが今回のいちばん思った事だ。

そういえば、閣僚と首相の関係もそういった性格のものなのかな。

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2007年7月15日 (日)

台風去って

台風4号接近のニュースを受けて、15日(日)はどこにも行かないで家にいようと前の日から決めていたのだが・・・。

私にとって唯一の休日である日曜日ということでいつもより遅く起きる。前の日から強い雨音のためなかなか眠れなかったのではあるが、風が強くなった感じもしなかったし、台風直撃した訳ではないなというのは起きた時点でわかった。ニュースを見れば、九州に上陸して東に進路を変えたあとは太平洋上を進んでいることがよくわかる。常に最悪のシナリオを考えているから上陸しなかったときは安心していられる。

しかしまあ、新幹線が止まったといって東京駅で座り込んでいる人間の多いこと。どうせ上陸はないだろうと考えた人間が普段どおりに出かけようとしたのか。気の毒とは思うが同情は出来ない。新幹線が止まることぐらい十分考えられるだろう。

今日の昼間のニュースでは静岡県内の被害のことがいろいろ報道されていたが、焼津市に住んでいる自分の感覚では、拍子抜けするほど被害はない。雨が多かったということで県内各地さまざまな被害が出た。浜松市天竜区や沼津で避難勧告、富士などで床上浸水があったとしきりに報道されていた。また、富士川の水位が高いために、台風の直接的な被害が収まったあとも長いこと新幹線の運転は再開されなかった。

夜になって、ネットで情報収集。どうやら掛川のつま恋で行われる「ap bank fes 07」最終日の16日は開催が決まったようだ。14・15日の出演アーティストもスケジュールを調整して16日に出演してくれる人もいるらしい。盛り上がってくれることを期待する。いっぽうで、その掛川のお隣、島田市の「蓬莱橋」が、一部損壊していたことが明らかになった。何だい、昼間のNHKニュースでは何にも言ってなかったじゃないか。蓬莱橋は静岡が世界に誇る「世界一長い木造橋」としてギネスブックにも記されている重要な観光材料だ。こういう被害をどうしていち早く報道しないのか。

Jリーグ、ナビスコ杯の2試合は、どちらも無事開催された。14日に中止になったJ2のうち、福岡-仙台戦は15日に無事行われた。第291回「toto」は不成立を免れた。3試合が中止であるから事実上10試合の予想にとどまり、賞金は安いだろうが払い戻しとなっていたら「toto」側は大損だったろうから、まずは良かった良かった。

川崎のJリーグは開催できたのに、どうして横浜の横浜-ヤクルト戦は、昼間のうちからはやばや中止が決まるんだ。確かに9連戦のうち1試合が雨天中止になってくれたのは助かったが、2日も休みたいとは言ってない。これで横浜ベイスターズは今シーズン早くも8試合目の中止だそうだ。シーズン終盤の日程がが詰まる横浜自体も雨天中止が痛いだろうが、相手チームにも迷惑な話だ。ヤクルトも7試合中止であるが(そうして考えるとこっちも厳しいな…)、そのうち5試合が横浜戦である(うち3試合が横浜主催)。横浜スタジアムはとくべつ雨に弱いんじゃないのと言いたくもなる。2年位前、横浜-ヤクルト戦で、雨のなか何回も中断を繰り返して流れ出る土を入れて試合を行ってきたが、7回あたりで「土がなくなったので試合終了」と言われてずいぶん頭にきたことがあった。ドーム球場のチームと、そうでないチームの試合数が大きく異なるというのは、チームにとってもファンにとってもいいことではない。「ぬれてもいいから、雨でも出来るだけ試合を行うようにする」「金土日で中止になった場合は出来るだけ月曜日に行うようにする」(今回は無理だが)とかして少しでも是正に努めてほしいものだ。

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2007年7月14日 (土)

台風接近

「台風4号が発生。日本に近づく可能性も」というニュースを知ったのは今週の初めだった。昔の人なら来るまでわからない(一部、気圧の変化を体で感じられる人もいるようだが…)台風のことも現代なら事前に知ることが出来る。

それでも、被害はおこる。7月14日に本格的に九州に上陸。これを書いている現在は台風は進路を東にとり、近畿地方を直撃するのではないかといわれている。

こちら静岡でも朝から(前の日から)強い雨だ。時々弱くなったり止んだりもするが、強い時の雨は通常の雨降りの威力をはるかに凌ぐ。そこで台風の接近を改めて実感する。私の住んでいるところは海に幾らか近いところにあり、普段は聞こえない波の音もこういう晩にはよく聞こえる。

この週末は月曜日が「海の日」の祝日なので全国各地で様々な催しが企画されていたことだろう。しかし台風の接近で多くのイベントは中止か見直しを迫られている。静岡ではこの3日間に掛川市の「つま恋」で「ap bankフェス」が開催される予定だったが、14日(土)に続いて15日(日)のフェスも中止が決定してしまった。多くの魅力的なアーティストが静岡に集うという、県民にとってはそれだけで夢のようなイベントだ。今年で3回目を数え、「3回連続で同じ場所ということは、これからもここでやっていくんだろうな」と思ってた矢先の残念な結果だ。もっとも日本全国、どこでやってても開催が危ぶまれただろうから(東北以北なら別だが)、私が別に残念がることでもないが(別に行くわけでもないし)。

サッカーくじ「toto」をやっているのでJリーグの試合が気になる。雨でもやるのがサッカーの試合だが、台風のときは話が別だ。1試合中止になったときは「その試合の予想は1・0・2いずれのマークも的中とみなす」という規定により「toto」は成立するのだが、今回はJ2の3試合が中止となった。こういう場合はどうなるのだろうと思ってtotoのオフィシャルホームページを見に行ったら、今回の「minitotoA」は不成立であるというアナウンスがされていた、なんでも、「minitoto」(5試合の結果を予想)には「3試合以上の試合が行われない場合は不成立」という規定があったのだ!2000年から買い続けて今回初めて知った。で、それ以外のJ2の3試合(うちtoto対象試合は2試合)と14日のナビスコ2試合は行われたのだが、「toto」(13試合の結果を予想)には「最低9試合が行われて初めて成立する」という規定があるので、明日以降にあと2試合中止が決まった場合は「toto」も史上初の不成立になってしまうということだ。ちなみに不成立になった場合は購入代金は返金されるという。

明日(15日)の鹿島-広島(カシマ)、川崎-甲府(川崎)がいずれも中止になったら「不成立」だ。どちらか片方でも試合が成立すれば(正確にはその後21日の4試合が実施されればだが)「成立」となる。確定日の21日までに試合が行われたらその結果を基にすればいいじゃないかとも思わなくもないが、そういう規定はないんだから仕方がないな。

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2007年6月16日 (土)

はしかじゃないだろな

ふと自分の右手の手首を見て、赤い小さな発疹が出来ているのに気がついた。

日中は長袖のワイシャツを着ているから気がつかない。家でラフな格好をしている時にたまたま手首側をじっくり見たので気がついたのだった。

まさか、「はしか」じゃないだろな。ニュースで聞く限り全国的な流行はおさまっているようだけれど、実際「はしか」なんてなったことないし、どんな症状なのかも知らない。親に聞いたら小さい頃にはしかの予防接種は受けているとのこと。それに30歳過ぎてはしかにはならんだろうということである。…いや、発疹は一部分だし体調が悪いわけではないから「はしか」な訳はないことぐらいはわかっているが。

では何だろう、アレルギーか?最初に気がついたのは3週間ほど前、その時は右手ではなく左手の甲にいくつかの発疹を見つけた。ちょうど歯医者に行って「化膿止め」を処方してもらった頃なので、強い薬の影響かもと思っていた。化膿止めを飲まなくなって2週間が経った。左手甲の発疹は気にならなくなっていたのですっかり忘れていたところ、今日になって右手に発見したという訳だ。

わたしは小さい頃から食品のアレルギーは無く、花粉症にもなっていない。ただ、よく聞く話だが、大人になって牛乳を飲むと腹をくだすというのは私も当てはまる。あと、ここ数年で気がついたが「生卵」が大の苦手になった。食べ終わった後で胃がもたれるような気分になり、その後はおいしくものを食べられない。納豆も、すき焼きも、昔は平気だったが今は生卵はダメだ。チキンラーメンもあらかじめフライパンで目玉焼きを作ってから乗せる(そこまでせんでもいいだろうが)。でもここ数日は生卵もゆで卵も食べてないはず。しかし、もし食品に由来するのだとしたら大変だ。もはやその日に何を食べたかを思い出すのもひと苦労という有様だ。年はとりたくないものだ。

と、ここまで考えたところで一つの原因が浮かんだ。万年床だ。布団は時々干すものの、取り替えるのが面倒で未だに冬の毛布を使っている。それじゃダメじゃん、ということで毛布をやめて様子を見ることにした。手の甲も手首も、肌が布団に触れる部分だ。

これこそどうでもいい話。読んでくださった方にはお目汚しに過ぎなかったことを陳謝します。無理やり結論をつけるなら「梅雨時だし、身の回りは清潔にしておきましょう」てなことになるだろうか。

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2007年5月31日 (木)

日記っぽい話題

31年生きてきて、大きな病気や怪我は少ないが、歯の方はとんと不健康だ。

歯並びは恐ろしく悪く、奥歯は4隅とも金属がかぶせてあったりする有様だ。

よく、「歯の弱い人と歯茎の弱い人に分類される」というけれど、どっちも悪いのが私に限らず家族の特徴だ。歯茎がはれることも良くあるし、歯並びが悪いためか栄養が偏っているからか、口内炎にかかる頻度がひじょうに多い。

熱をもって、下の右奥の歯茎が腫れたのが先週の初めのことだった。風邪気味で熱が出たから腫れたのか、腫れたから熱っぽく感じられたのかは不明だが、とにかく嫌な感じだった。数日は放っておいたが、おさまる気配はない。下の右奥は、かつて親知らずを抜いた記憶がある。つまり真ん中から数えて7本ある筈だ。指を使って数えてみると、谷が8個ある。あれれ?親知らずが2度生えた?それとも抜いたと言うのは記憶違い?一度見てもらおうと仕事を半日休んで歯科医に行ったのが先週の金曜日。レントゲンを撮って、その後診察してもらって出た一言。

「抜かないとダメだね」

確かに親知らずは昔抜いてあるので歯は7本だ。しかしその7本目、一番奥の歯は、下の1/3ほどが自分の歯で、上は金属を詰めてあるのだが、それが下の歯を押しつぶすような形でめり込んでしまっているようなのだ。それで指で触って8本あるように感じられたのだった。しかも悪いことに指で触ったせいか、腫れはますますひどくなっていた。

これだけ膿んでいると、麻酔が使えないから化膿止めを飲んで、膿みをなくした後に抜くという。で、膿みを出すために先の尖った道具で歯茎を突いて穴を開けて膿みを出していくではないか。そんなに痛い治療ではないものの、原始的な方法だ。こんなになってしまうなんて、なんか情けない限りだった。

処方箋を貰って、化膿止めを出してもらいに近所の薬局に行くと、同級生の親なので、「久しぶりー、まだ結婚しないの」とか言われる。プライバシーも何もあったもんじゃない。

親知らずは4本中、2本抜いたが(残り2本はしっかり生えている)、親知らず以外の永久歯はまだ1本も抜いたことがない。親知らずは盲腸のように、「現代人には必要のないパーツ」だと思う。

昔は悪い歯はどんどん抜いてしまっていたという。私の場合、1本の歯の半分以上削られて金属がかぶさっている歯はあるものの、根元から抜いた歯はまだない。たかが歯1本だけれど「五体満足」な体の中から初めてパーツを失うということに、まだ決心がつかないのが実情だ。

水曜日、自分では腫れも引いたと思って診察を受けるが、まだ少し膿んでいるので再度薬を飲む必要があるという。「どうしても抜かなければいけないか」と尋ねると、「腫れが収まれば今すぐ抜かなくてもいいだろうが、いずれまた腫れるかもしれないし、いつかは抜かなければならない」とのことだった。

「悪いなら抜いちゃえよ」という意見もあるだろうが、一方で「抜かなくてもいい歯を抜いてしまった」と後悔する話もよく聞く。今回は腫れが引いたらひとまず抜かずにおこうと思う。出来ることなら、「セカンドオピニオン」を得て、その上で抜くべきだと納得したら、影響の少ない時期(仕事で人に会ったりしなくて済む時)に抜こうと思う。それでも、「技術が進歩すれば将来は抜かずに済むかもしれない」とは心の底で思ってしまうんだろうな。

今日はたまたま、静岡のニュースで「ねんりんピック」(高齢者のスポーツ大会)に出た人たちは一般の高齢者の平均値よりも歯の数が多いことが判明したと言っていた。「8020」(80歳で20本の歯)という目標も掲げられている。つくづく、歯は大切にしなくてはいけないと痛感した。タイムマシンがあれば、永久歯に生え変わった頃の自分に歯磨きの習慣をつけさせたいものだ。

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2007年5月 2日 (水)

運動不足

1日中室内でパソコンと向き合っている仕事なので、運動不足は特に痛感する。

私は週に1~2回、夜の時間を利用して、家の近くの海岸沿いの防波堤をジョギングすることにしている。かつては公園などへ向かっていたが、人の住んでいる地域を走れば車に轢かれる危険性もあるし、何より不審者と間違われてしまいかねないので海岸沿いを走ることにしている。大ざっぱな推測で、いつも折り返すところまで片道約1.5km、往復約3kmを30分~40分かけてのんびり走っている。いや、「走っている」なんて言い方は相応しくないか。歩くのに毛が生えた程度のスピードだから。「運動不足の解消」というより「1日中同じ姿勢でいるから、血行をよくする」というのが私の体にもたらされているジョギングの恩恵であろうか。

日曜日に久々に、ジョギング以外で体を動かすことがあった。大学のサークルの行事に参加して、後輩とソフトボール、その後少人数で野球のボールを追う(形式は「ノック」なのだが、大した打球が飛ぶわけではないので、「球拾い」と表現するのが適当か)というのを30分ほど行った。普段フットサルなどをやっているという子は、全然体を動かし足りなかった様子だったが、普段運動しない人間にとっては厳しかった。私は、ジョギングをしているから、何もしていない人間よりは動けるかと思っていたが、全く役に立たないことがわかった。ジョギングに何らかの効果を期待するならば、ちょっとは息が上がったり、顔が汗ばむぐらいの負荷をかけなきゃ意味がない、ということを嫌というほど痛感した。

救いは、翌日に筋肉痛に襲われたことだろうか。よく年をとると「後になって筋肉痛が来る」と言われているから。2日経ってだいぶ楽になった。明日もし晴れたら、ちょっとは息が上がるくらい真面目にジョギングをしてみようか。

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2007年3月19日 (月)

本日2回目の登場

31歳になってしまった。

1月18日の私のブログ「南極に思いを馳せる」で書いたが、3月19日生まれの人は、ブルース・ウィリス、尾崎亜美、いとうせいこう、稲森いずみ、ビビアン・スー、岡田義徳などである。そのうちビビアンはちょうど私より1年上、岡田君は私よりちょうど1年下である。それと、日刊スポーツの「南極ブログ」の執筆者、小林千穂さんは同じ日が誕生日で、なおかつ落語好きである。あ、よく考えたら私は「落語をやっていた」だけで「落語好き」ではなかったんだった(演るのは好きだが聞くのはたいして好きではないんだった)。

そんな3月19日生まれの中で、1976年生まれと、年も私と一緒なのが、サッカー・イタリア代表DFのアレッサンドロ・ネスタ選手である。私は欧州のサッカーはほとんど詳しくないが、ネスタ選手といえば、W杯の1次リーグ3戦目でいつも怪我することで知られている。2006年のドイツ大会も例に漏れず3戦目で負傷。ネスタが怪我せず決勝まで出てれば同じDFのマテラッツィがジダンに頭突きされることもなかった?

そんなネスタ選手、イタリアのミランで背番号13をつけているのだが、昨年暮れに肩の手術をして、まだ試合でこの背番号をお目にかかることはない。31歳になって最初の出番はいつごろになるのだろうか?同じ日に生まれたカルチョの国の英雄の復活を海の向こうから祈りたい。

誕生日ってのは、本人がちやほやされる日じゃない。その日に自分をこの世に産んでくれた、親に感謝する日だ。

・・・だから別に、祝ってもらわなくてもいいんだい。

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2007年2月13日 (火)

いまがいちばん辛い時

先週一週間苦しめられた風邪が、治りきらない。

私が体調を崩したのが2月2日(金)。急に寒くなった日だ。いちばんひどかったのが2月4日(日)。午後2時の計測で39.8度を記録。翌朝には37度前半に下がったので結局仕事は欠勤せず。(土曜日は早退、月曜日は1時間遅れで出勤)残業を出来るだけせず早く寝るようにして1週間で熱は完全に下がったものの、のどの痛みはその後も続いた。寝ているときに咳が出るので腰に来ている。

それでも2月11日(日)を完全休養に充てて今週はもう大丈夫だと思ったのだが・・・。今日2月13日(火)は久々にお客様のところに車を走らせる。往復1時間ほどのドライブ。しかし、晴れわたっており車内は思いのほか高温で、いわゆる「のぼせてしまった」状態になり、以後はずっと頭痛がしていた。日中車を運転するだけで頭痛になるとは・・・。体調が万全な時はそんなことはないけれど、弱っている時は車にのぼせて頭が痛くなることが良くある。ちょうど3Dのゲームをやって酔うのと似ている。

体調がすぐれないと、ブログの更新が辛く感じられる。夜寝る前にパソコンを立ち上げるのだが、パソコンやらずに早く寝なきゃと思ってしまう。昼間のうちに書いておけばよいのだが、仕事場でネタを考えるのが出来ない小心者だ。

早く寝て、明日こそ、だ。明日は今年最初のオシムジャパンのメンバー発表がされそうだ。プロ野球のテストを受ける「過去の人」二人の動向も気にかかる。

聞けば明日2月14日は寒気が入って日本全国大荒れの天気だという。寒さ対策もしっかりしとかないと、またブログで体調悪いと言い訳をしてしまうことになりかねない。

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2007年2月 3日 (土)

寒気が・・・

風邪をひいて2日目。昨晩は早々に寝床に着いたもののなかなか寝付かれない。寒気に震える体を丸め、必死に目を閉じる。口を空けると咳が出て背中が痛くなる。しかし口を閉じると息苦しい。吐く息がめちゃくちゃ熱い。すぐに風呂に入ってしまったので体温は計っていないが、相当だろう。しかし土曜日も仕事だ。目を閉じて起きたときに、体調は回復しているだろうか。いや、明日の仕事はどうしても自分が行かなきゃいけないからどんな状態でも行かなきゃならないんだけれど。
必死に寝ようと思うときほど寝られないもので、実にこの一晩、いろいろなことを思い出したり、勝手なストーリーを製作したりしていた。夢のようなものなので、起きたときにはその内容の大半は忘れてしまっている。ただ、いろいろ思い出すうちに「自分が生きてきた30年って結構長い時間だったんだなぁ。」と思った。
今朝の新聞を見たら「インフルエンザの流行期に入った」ということだった。人の多いところにはまったく寄り付かない私だから、勝手に自分自身で体調を崩したんだと思うけれど。
どうにかどうしてもやらなければいけない仕事を終わらせて、早めに切り上げて寝ることにする。
明日は地元・焼津市の市議会選挙だ。以前このブログでも触れた「焼津市の合併」について、「一市一町」「二市二町」、そして態度をあえてはっきりさせない議員などが立候補している。どうせ遠出する予定もないし、ゆっくり体を休めて投票にも行ってこようと思う。
2日続けて愚痴っぽい書き込みになってしまったことを反省。明日こそは・・・。

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2007年2月 2日 (金)

今日は風邪

暖冬だ暖冬だと言われていて自分でもそんな事を書いていたらここに来て急に寒くなった。まあ、ぬくい日もあれば寒い日もあるのが当たり前なのだが。

それで、油断していたのか風邪をひいてしまった。

そんなわけで今回はじっくり文章を書くのはやめにしよう。2月1日の12球団キャンプインの様子を見ていたが、ヤクルトスワローズはそんなに話題にもなっていないようだった。やはり世間をあっと言わせたのは日本ハムの森本の半裸パフォーマンスか。思わず紅白歌合戦を思い出してしまった。それと、横浜に移籍した工藤投手がいきなりキャンプイン初日からブルペン入り。しかも大矢監督が自らミットを持ってボールを受けている。監督自らボールを受けるのは古田監督の専売特許だと思っていたのに、やられてしまった。さすがは大矢監督、ヤクルトのOBだけはある。ひそかに対抗意識を燃やしていたんだろうな。

今日は早く休んで明日に備えなくては。

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2007年1月30日 (火)

200本目の記事

2005年の8月からこのブログ「ゆーのすけーぷ2」を始めて、この記事でちょうど200本目である。昨年末までの1年5ヶ月で170本(約3日に1本のペース)。そして今年は「1日1本」を目標にしてここまで30日間で30本である。

今まででいちばん反響のあった記事は、3日前の1月27日付、柳沢厚生労働大臣の発言を「Yahoo!」で見つけてすぐに書いた『静岡県の恥』。次いで昨年9月17日『toto BIGは失敗か?』はちょうど「BIG」の発売時期に書いたために注目度が高かった。あと同年10月4日『大爆笑「アタック25」カンニング』も、その日の紙面でこのニュースのことを知り、以前に自分が受けた番組の予選のことなどを織り交ぜて書いたところ、この問題を特集したサイトに載ったらしくアクセスが多かった。ゲームでは『漢検DS』に関する記事に関する反響が一番多かった。このゲームについて書いたいくつもの記事を合計すれば、これが歴代でいちばん多く見られた話題であると言えるかもしれない。

逆に1月26日『ドラゴンクエストII 20th』などは半年以上前から「この日に書いてやろう」と思って書いた(2006年5月29日に『ドラゴンクエストI』の発売20周年を迎えたのに記事を書けなかった悔しさから。)にもかかわらずアクセス数は少なかった。「日本中のドラクエファンが、ああこの日がIIの発売日だったと気づくはずだ」と思っていたんだが。

『静岡県の恥』で反響が大きかったこともあり、ニュース記事を元にした記事を3本続けたが、ただニュースを追うだけでなくて、自分自身の感想をうまく表現できただろうか、というのはいつも悩むところである。小学校の頃、「読書感想文」の宿題が苦手で、いつも原稿用紙の90%は本のあらすじになってしまった記憶がある。大人になってもそれじゃあイカンなと思っているところである。

しかし、このブログでいちばん多く扱っているのは「サッカーくじ『toto』」の話題である。今年のJリーグ、ならびに『toto』のスタートはまだ1ヶ月以上先だが、準備は怠るわけにはいかない。先週末までに、J1・J2のほとんどのクラブは体制発表を行い、近くキャンプもスタートする。先週はJリーグの日程も発表されたし、少しずつ準備を始めていこうと思う。

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2007年1月19日 (金)

センター試験の思い出

今年もセンター試験が行われる。受け終わってしまった者にとっては「1月の風物詩」であるが、受けるまでの世代の人にとっては、どうしても超えなきゃいけない場所であるといえる。

毎年ニュースで話題になるのが、電車を間違えてしまい取り乱す学生をパトカーで送ったり、特急電車が本来止まらない駅で停車して学生を降ろしたりする、と言った類のものだ。一生に一度の(そりゃ中には複数回受ける人もいるだろうが)舞台で実力を出せずに終わるわけにはいかないと、大人も必死になるのだろう。

今朝のニッポン放送では「車両点検」とか何とかいう理由で○○線のダイヤが大幅に乱れたとかいうニュースが流れていた。聴いていてほとんどの人が思ったであろう、「これがセンター試験当日だったらとんでもないことになるぞ」と。そうならないことを祈るばかりである。天気は、そんなに崩れることはないと言っていた。

昨年から始まった英語の「リスニング」。私たち(1975年生れ←私は76年の早生まれだが)の時代にあったのは数問のヒアリングのみだったが、今回のは30分ぐらいえんえんと英語が流れるというではないか。1人に1台配られる再生機は一度スタートさせたら何があっても一時停止できないというものらしい。昨年は初めてということもあって全国でトラブルが続出したらしい。今年は当然のことながら、対応に万全を期するようにしているのであろう。

今年の受験生(高校3年生)にとって、いちばん大きな問題は、あの「未履修問題」である。正直言ってしまえば「ずっと前の世代から続いていた未履修なのに、どうして自分たちの世代だけが補習を受けないと卒業できない目に遭っているのだろうか」と声を大にして叫びたいだろう。補習を行った学校の生徒は、その分受験勉強に費やす時間が削られたことになるが、果たしてどのような影響が出るのだろうか?

ただ、形はどうあれ、どんな世代も越えてきたところだ。大学合格はゴールではなくてスタートであることを踏まえ、そこから何を為すかで人生が決まると、私ははっきり断言したい。「東大に入ったと言う事実が欲しかった」と1年で東大を中退したIT社長は現在は判決を待つ身である。いい大学を出て就職しても3年ぐらいで辞めてしまう人が多いと言われる。辞めるのが悪いかどうかは一概に言えないが、辞めた経験を活かして次の仕事につなげられるかが重要だ。やはりそれは「何を為すべきか」と問い続けることが重要なんだ。(早く見つけろ、と言うわけではない。はっきり言えば私だって模索中だ)

私にはひとつだけ後悔している苦い思い出がある。その結果としてもたらされた、そこから13年間の自分の人生をやり直したいとは思っていないが、そこで冷静になれてたらどんな人生を送っていただろうかと思うことはある。それは英語の問題であった。おそらくヒアリングは無難に終えたと記憶している。その次に出てきたのが発音、アクセント問題だ。おそらく「単語のアクセント」と「文章のアクセント」が数問ずつ出たのだろう。その中の「単語のアクセント」で私の思考が止まった。

(問)次の単語のアクセントを答えよ。

pyr-a-mid

1 - 2 - 3

え、「ピラミッド」!??

単語のアクセントを問う問題だろ?「ピラミッド」って固有名詞じゃないのか?そんな単語、一般の英会話で出てくるのか?その単語、英語の教科書6年分におそらく載ってないぞ。ありかよ!?

完全に冷静さを失っていた。いちおう一般名詞だ。大文字で書けばエジプトの歴史的建造物を指すが、社会的階層などを表現する。ちなみに最初のyにアクセントが来るので正解は1である。

動揺することなく、「これはわからないから捨てる」と頭から外して次の問題に切り替えることができれば、結果としてずいぶん点数も変わっていただろうなと、この時期になると決まって思い出す。

高校時代、「センター試験は易しい問題が出る」と聞かされてきた。いや、教科書まるまる勉強して理解しないと答えられないのだから易しいとは言えない。正確に言えば「基本に忠実な問題が出る」「確実に勉強している人間が高い点を取れる問題が出る」ということになるか。「難しい問題を出して、多くの人が間違えるような問題ばかりだったら、何も読まずにエンピツ転がした方がマシってことになってしまう。」と言うのがその理由だった。時にこういう「奇問」が出ても、冷静に対処できるか-今にして思えば、そんな出題者の意図があったのかもしれない。こんなアクセント問題は得点にすれば僅かなものなのだから。

ゲーム好きな仲間うちで「ナムコ(765)点獲ろうぜ!」と大それたことを言っていたが、私の自己採点は「コナミ(573)」点であった…。

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2007年1月16日 (火)

今度は大丈夫?メンテナンス

いよいよ本当に書くネタが尽きてきた今日この頃であるが、本日から明日にかけて「ココログ」の書き込みとかができなくなる「メンテナンス」が行われる。「ココログからのお知らせ」によると、2007年1月16日(火)15:00~1月17日(水)15:00の約24時間であるという。その間、「ココログフリー」以外のログインがそもそもできない(私はココログベーシック)ので、記事の書き込みやアクセス数のチェックなどができなくなる。もちろん、ページの閲覧事態はその間もできる。

昨年の秋に、40時間以上に及ぶ大メンテナンスが行われたが、結局最後の最後で不都合が生じ、規定の時間が経過した時点でメンテナンス前の状態に戻して終了したということがあった。私はインターネットの会社に勤めていながらそういったことにはとんと疎いので、具体的に何がどうだったのかはわからない。今回のメンテナンスは日をまたぐとはいえ、ある1日が24時間まるまる書き込み不能と言うわけではないようなので、私が年頭に掲げた「1日1本記事を書く」と言うのは守れそうだ。ただ、前回断念した40時間メンテナンスと同規模のメンテナンスをする必要があるのだとしたら、その時はその限りではないな。

文句は言っちゃいけない。ココログがよりよくなるために必要なことなんだろう。何しろココログをはじめた時は「ベーシックではアクセス数とか見れません(見たい奴は金払え)」状態だったのが、今は非常に細かなアクセス情報を見ることができる。「やっぱゲームのネタは多くの人が見に来るなー」「逆に落語の記事なんか全然アクセス来ねーよ」「書いたばっかなのに、もうOZMAで食いついてる」「あ、そんな言葉で検索して来てくれたの?疑問の解決になってなくてゴメンね」と言った感じである。

24時間のメンテナンスが、ちゃんと24時間で終わりますように!

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2007年1月 6日 (土)

早生まれに関する興味深い話

私は3月生まれである。実はそのことで長年思うところがあったのだが、先日そんな私のもやもやを一気に解消してくれる記事が掲載されていた。

http://www.sankei.co.jp/kyouiku/gakko/061204/gkk061204000.htm

この記事の冒頭のグラフがまず衝撃的だ。スポーツ選手の国内最高峰の一つである「サッカーJ1リーグの選手」について、何月生まれかを調べてみたところ、「4月」がいちばん多くて、「5月」「6月」といくに従って少なくなり、「1月・2月・3月」のいわゆる「早生まれ」がいちばん少ないというものである。「えー何で?」と思う方も多いかもしれないが、3月生まれの私にとっては「なるほど!」「そうだったのか!」と漠然と考えてきたことが確信を持って目の前に示されたような思いがした。

もって生まれた内向的な性格がそう思わせたのか、はたまたそれが原因でこういう性格になったのか。私はどちらかというと同じ学年の子よりも1つ下の学年のこの方が付き合うことが多かった。3月生まれで、「同学年はあらかた年上」という潜在的な思いがあったような気がする。何しろ同じ学年の4月生まれの子とは11ヶ月も離れているのだ。現在の、「31歳11ヶ月と31歳」はたいした差ではないが、小学校に入学した時点では「6歳11ヶ月と6歳」生まれてからの月数で言えば「83ヶ月と72ヶ月」である。生まれてからの時間で考えれば10%以上も違う人間が同じ学年でいることになるのだ。何が言いたいか?私のような早生まれの人ならば同感される方もいるかと思う。小学校に入ったばかりの頃、身長を計れば前から数えた方が早いところに位置する、体重もそう。体育の授業で50メートル走のタイムを計ってもビリ争い。「自分は人より成長が遅れているんじゃないか?」という不安を抱く人もあるかもしれない。事実、私がそうだった。今にして思えば「小1の時点では生まれてからの月数で10%以上も違う」と教えられていれば、そんな不安を抱くこともなかった。しかし50メートル走のタイム(他の種目も、体の成長している子より劣るものがほとんど)で体育の成績を「1」とか「2」と付けられた日には「自分には運動の才能はない」と思ってしまいかねない。「そんな馬鹿な」と思うなかれ。そうやって才能を伸ばせなかった子は確かにいる。それが冒頭の「J1リーグの選手の生まれ月」に顕著に現れているという訳だ。

つまり、日々成長する子供の体を考慮して運動能力を評価するシステムが学校やスポーツクラブなどに導入されていれば、特定の月生まれの選手が多いということなど起こりえないということだ。冒頭のサッカー選手の例だが、サッカーでまず大事なことは「走れること」だ。空き地でボールを追っかけるだけなら、ボールを買い与えられた子が上手くなるに決まっているが、少年団や体育の授業で行うサッカーなら、走れないことには始まらない。11ヶ月離れた者が同じフィールドに立てば、走力・体格の面で差が出るのは当然。そこで「出来た」子が興味を持ってサッカーを続け、末にはJ1リーグのチームに入るまでになった、というケースが相対的に多いということを、このデータは示している。これが野球だと、これほど顕著な例にはならないだろう。野球の上手い下手は(最初のうちは)、興味を持ってバットやボールを手にしてからの期間が長ければ長いほど上手くなると言えるからだ。

私の場合、「運動が苦手」という劣等感は常に付きまとったが、中学・高校になるに従って、短距離のタイム差も深刻なほどではなくなり、長距離走は真ん中ぐらいの順位になった。小学校の同級生に成人してから会い「ものすごく背が伸びたね」と言われたりもした。きっとその人の想像の中では私は大人になっても爆笑問題の田中さんぐらいしかならないものだと思われていたのだろう。今は165センチ、日本人男性の平均身長よりちょっとだけ低い、というところまで自然に成長した。

その記事にも書いてあったが、早生まれにとってささやかな嬉しいことがある。大人になって、同学年のなかでちょっとだけ若くいられるということだ。

この記事のことを両親に話し「小さい頃運動が苦手だったのにはちゃんと理由があったんだ」と伝えたところ「あんた、幼稚園に上がる前から外で遊ぶの嫌がってたよ」だって。なんだ私の場合は生まれつきか。

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2006年12月31日 (日)

大晦日に思う

ありきたりだが、この年になると月日の経つのが恐ろしく早いと感じる。

何だろう?2月のトリノ五輪や3月のWBC、8月の甲子園フィーバーなどは遠い昔のことのように思えるが、9~12月はあっという間に過ぎてしまったような気がする。

で、あっという間に大晦日。今年を振り返っていろいろ書こうと思っていたのに、ろくに賭けずに今日を迎えてしまった。

そこで、2007年こそはと思い、ひとつの目標を立てようと思う。ずばり、「1日1回更新」。と言ってもハードルの高い目標を掲げてすぐに挫折してもしょうがない。2晩に1回はパソコンを立ち上げて、23時台に記事を1つ作成。0時台にもう1つ記事を作成。今までもこのやり方で記事を書いてきたが、2007年は「カレンダー」のすべての日付にリンクがつくような形にしたい

さて。

この12月に、いろいろ書きたくて結局書けずじまいだったこと。それはNHKの「紅白歌合戦」について。自分自身がFMラジオを聴いていたおかげもあって、今年は「誰お前?」という出場歌手は1組もいなかった。(例:昨年の「グループ魂」など。出場歌手発表までそんな奴は知らなかった。個々のメンバーが脚本家・俳優など人気だったのはわかるが、歌手としての実績を考えろよ。)そういう意味で今年は私自身としてはかなり期待しているところではある。

特に昨年は紅白各30組まで膨れ上がった上にベラベラ喋る司会者のせいで、歌と歌との間のコメントや歌そのものがはしょられてずいぶんと不愉快な思いをしたものである。マスコミは「視聴率」を基準に評価するから「2005年は(前年より視聴率が上がって)良かった」という結論を出しているようだが、とんでもない。そもそも生活スタイルが変化しているのにいまだに視聴率を絶対信仰している方がナンセンスである。

出場歌手を絞って「世代を越える歌がある」といっている以上、じっくり歌を聞かせる紅白にして欲しいところであるが、リハーサルで何やら物議をかもしているようだ。DJ OZMAが「NHKは俺を選んで後悔するぞ」と何やら怪しいコメントを残せば、それに対抗したのかSEAMOも自身のライブで行うような過激な演出を企んでいるとかいないとか。大御所たちは眉をひそめているという。例年いろんなところから不満が噴出する「紅白リハーサル」のお約束なのだろうが、私と同い年の男たちはどうしてこう、言うことが幼稚なのかね?

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2006年11月24日 (金)

半月も開いちゃった

ブログを書かなくなって半月以上も経過していた。これはいくらなんでも空きすぎだ。

1週間前の前半は風邪で書きたくない病に冒されていた。日中仕事をしていると眼球が熱を持ってくるのだろう、朝のうちは体調も良いが夕方には体が熱っぽくなってしまう。そこで残業もそうそうに切り上げて早く寝る。夜パソコンを開くなんてもってのほかという日が続いた。

先週後半は、30年生きてきて初めて自分の親族の訃報に接した。といっても地元にいて葬儀の日以外は仕事に出ていたのだが、「賭け事を断っていた」のでブログの更新も滞ってしまった。

その間にJリーグは1部も2部も最終盤に差し掛かっていた。いま3試合分のスコアをまとめてつけたが、ここにきて調子を上げたチーム、ガクッと下降線をたどったチームと明暗分かれているようだ。さあ、256回の予想をしなくては。

ここで今日があと数分で終わることに気づく。先に漢検やらねば!ということで日付をまたいで11月25日になったら「256回toto予想」がアップされることだろう。

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2006年6月23日 (金)

ネット世界に1月ぶりに帰還

ブログの書き込みがサッカーくじ「toto」の予想ばかりになっていた5月。J1リーグ戦が中断し、一時的に書くことがなくなってブログから遠ざかってしまった。

書こうと思っていたことはたくさんあった。書き込みが途絶えた後、サッカー日本代表が発表され期待と不安を大いに持たせた1ヶ月がすぎ、あっという間に大会が始まり、そして終わった(「日本代表の」という意味で)。その間、一喜一憂することの繰り返しではあったが、一度遠ざかってしまうと書くタイミングを逃してしまい、結局日本が1次リーグ敗退した今になってやっと再開しているありさまだ。

「ちょっとでも遅れちゃったらもう書く意味ないじゃん」という思いがずっとあったのだが、よくよく考えてみればいま書いた文章を、何ヶ月もあとになって初めて読む方もいるかもしれない。どうせ書いたらすぐに多くの人に読まれるようなブログでもないし、この間に思っていたことなど、少しずつ書いていこうかなと思っている。

ネットに携わる仕事をしていることもあり、書き込みやHPの更新を一切していない間も毎日ページは見ていた。この間に私が管理人をしているホームページ『愛大落研扇頁(あいだいおちけんふぁんぺーじ)』の『雑記帳(掲示板)』が死んでいた。何の予告もなしにサービスを終了していたのだった。「しょせん無料掲示板か…」再開に際しては躊躇してしまった。「もしかしたら今って個人の掲示板は流行ってないのかも知れない」「また別のところで再開しても終わっちゃうかもしれない」結局再開を決めずに時間だけが過ぎてしまっていた。

ブログの再開を決意した今日、同時に今まで放っていたこの問題についてもケリをつけねばと思い、掲示板の再開を決めました。関係者の皆様に置かれましては長いこと『雑記帳』が使えない状態になっていて、大変申し訳ありませんでした。今後は私が責任を持って管理します(どのみち30日間書き込みがないと削除の対象になるということなのでちゃんとせねば!)。アドレスはこちらになってます。

http://www3.azaq.net/bbs/851/euno/

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2006年2月12日 (日)

人のこと言えないな

地元の新聞で「振り込め詐欺で被害」とかいう記事を目にすると、「あれだけ世間で騒がれたのにまだ引っかかる人間がいるなんて」と思ってしまう。

私の住むこの静岡県では、「大阪のおばちゃん」を起用して「すぐにお金を振り込めっていう電話、アンタそれサギやで~」と言うテレビCMを作成したことが知られており、静岡県以外の方もひょっとしたらこの話題を耳にした事があるかもしれない。

とにかく、つい先週も県内でそのような被害があった。世間で言われていること、案外自分の事として認識しないものなのかな。

なんて思っていたら、自分が世間で言われていることをすっかり気にしていなかった事に気づかされてしまった。

私はこれまでのところ、クレジットカードを使って買い物をする事は滅多にない。インターネット上でしか手に入らないものを買うときに必要なので全く使わないわけではない。1枚あればことは足りる。社会人になって最初の年に1枚作り、その後パソコンを買ったときに確か販売店で勧められて作ったな…。そういえばそんな事は1回じゃなかったかな…。なんて思っているうちに自分が何枚のクレジットカードを持っているのかわからなくなってしまった。

今日、いつも行く電器屋でパソコンを買った。そこで「2年前に作ったカードがあるはずですよ」と言われ、家に帰ってカードを探してみると、出るわ出るわ。多くが1度も開封せずに期限を迎えており、解約したのを除いて全部で6種類もカードがあることが判明してしまった。

社会人になって8年、クレジットカードを使った事は通算で1回か2回しかないというになぜ6枚?自分で呆れ返ってしまった。「カードの年会費もバカにならないし、管理が大変だからクレジットカードは一本化しましょう」といったことは数年前からずっと言われ続けてきた事なのに、まったく自分自身の事としてとらえていなかった。大いに反省。

そんなわけで、これを機会に自分のことをいろいろ見つめかえすことにしよう。

これをきっかけに、また20日くらいあいてしまったこのブログの更新もしっかりやらねば。そしてこの文章がおそらく古いパソコンで最後の書き込みになる。7年間ご苦労様。

Windows98ではさすがに最後の数年間は使えないソフトが多くてしんどかったけれど。

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2006年1月24日 (火)

疑問に思う事

昨日ついにライブドアの社長が逮捕された。

家宅捜索が1月16日(月)の夕方で、逮捕が1月23日(月)の夜。その間、ちょうど1週間。

しかし、ライブドアの逮捕が1週間で進んだのに、なぜ耐震偽装事件ではいまだに(1月24日現在)ただの1人の逮捕者も出ていないんだろうか?

そもそも強制捜査が入ったのが耐震偽装マンションの販売会社ヒューザー小嶋社長の国会証人喚問の前日。国会証人喚問では証言拒否を繰り返し真相解明には程遠い結果。なんか大きな見えざる力が働いて国民の関心を耐震偽装からそらすために都合よくライブドアの事件をこの時期にぶつけてきたんじゃないかと思ってしまう。

少なくとも姉歯元建築士が構造計算書を偽造した事だけは本人も国会で言っているわけだから、「黒幕が誰か」は捕まえてじっくり聞けば良いのではとも思ってしまうのだが・・・。

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2006年1月19日 (木)

ひと月半ぶりの更新

2006年になって最初の書き込み。

昨年8月にブログを開始して、しばらくは毎日何らかの話題を引っ張り出してきたが1週間と持たず。かねてよりホームページでちょこちょこやっていた「サッカーくじtoto」の予想をブログ上でやるようになってからは、ほぼ1週間に2度(予想と反省が1回ずつ)。それも昨年のJリーグ終了と同時に更新も終了…。

もちろん、気にはしていたんだ。ひょっとしてトラックバックやコメントが加えられているかもしれないと思って、ほぼ毎日のぞいてはいたんだ。でも、書き込むとなるとネタがなきゃ、と思っているうちに、日が経ってしまっていた。考えてみれば、紅白歌合戦の出場歌手や当日のドタバタぶりや、「なんでやー」とツッコミたくなるニュースなど、「ちょこっと書いとけば良かった」と思う事はたくさんあったのだが、そういったものはタイミングが重要。いまさら「2005年紅白の演出にいいたい事がある」なんて書いても完全にハズしてる。なんか再開するきっかけが欲しい、と考えて日付を見たら「1月19日」。

あ、自分のホームページの開設記念日だ!

2001年の1月ごろ、パソコン講座で初歩から教わったホームページ作り。その知識を駆使してどうにか作ったページを公開した。日付は忘れてしまったが、自分の誕生日が3月19日なので「その2ヶ月前に開始したことにしよう」という事で2002年以降は「1月19日」を開設記念日に決めたんだった。よし、「ゆ~のすけーぷ5周年」を記念に「ゆ~のすけーぷ2」の復活を宣言だ。

ほんとは中毒性の高いあるゲームを毎晩やっててパソコン立ち上げるのが面倒だったというのが一番の理由なんだけれど(毎年通算で4ヶ月ほど同じ理由でホームページを全く更新しない時期があった)。

いまもっともタイムリーな話題は「ライブドアショック」であるが、よくよく考えたら「ライブドア」って何をやっている会社なのか良く知らない。「企業買収」は「本業」ではないよね。ライブドア傘下の会社なら「この会社はこういうソフト作ってるんだよね」とかわかるのもあるが、「ライブドア」が何をして儲けている会社なのか知らない。唯一「ブログを提供している」というのを知っているが、私はこの「ココログ」をやらせてもらっているがこの会社には1円も支払っていない。と言う事で知らない会社の事を書くのは良くないのでこの話題はパス。

で、1週間前のこのニュースを取り上げてみた。私の中で1月の流行語大賞である「ねずみ踊り」について。

1月10日の朝日新聞の夕刊「素粒子」に

「浦安の新成人。

遊園地のネズミ踊りに甘ったれた顔して喜んでるようじゃ、この先思いやられる」

という記述があり、それに対して浦安市長が抗議を送ったという記事である。

「そもそも朝日の論調は、昨年の記事捏造に見られるように~」というご意見もあろうが、私はその手の話にはあまり詳しくないのでおいといて、問題の本質は「ある立場のものが別のある立場のものを何らかの主観を交えてコメントする」という点にあるとみる。

もはや浦安市の成人式がディズニーランドで行われるというのは多くの人の知るところとなった。当然テレビニュースでも放映される。職場のテレビで、あるいは家族でニュースを見ていて、

「いい年してディズニーだってよ。」とコメントするのは個人の自由だ。

だが、全国紙のコラム上で「ねずみ踊り」と揶揄するというのは、そこに「メディア」が「特定の集団(若者全体、ではなく、明確に浦安市の新成人という限定された人達)」を「批判」していることになる。その批判が妥当であるか否かは別にして。

では、全国紙の「投書欄」上で「一個人である読者」が同様の文章を書いた場合はどうだろう?批判を発したのは個人であり、投書をする事自体は「個人の自由」だ。で、新聞であれば投書をすべて載せるわけではなく、選別して社の編集方針にふさわしいもののみが掲載される。つまり個人の投書であったとしても、そこにメディアの意図は存在している。

と、あれやこれや考えてしまった。大学の「マスコミニケーション論」の授業などはほとんど覚えてないくせに何を言い出すかと思ってしまうが、それは常に次の疑問が私にはつきまとっているからだ。

じゃあ、ブログはどうなの?

ブログは個人のものだ。当然、ビジネスとしてブログを活用している場合もあるし、たとえば「社長日記」などというようなものは個人の語り口であっても社会的立場が伴っている以上、「おおやけ」の側面を持っている。じゃあ、個人のブログ上で書かれた事は全て「個人の自由」なの?

実際、これを書くに先だって「ねずみ踊り」って検索したら、いろんな立場のブログの記述を見る事ができた。ということは、「ある立場のものを批判した」らば、「その立場のものがそれを目にする」可能性が十分ある、ということになる。また、記述は削除しない限り残る(記事を削除してもキャッシュとして過去の記事を窺い知る事もできよう)ため、あとから「こんな事書かれてたんだ」となることもあろう。ブログの機能「トラックバック」というのは、つまりそういうのを見つけやすくするようなものなんでしょ?(未だ1件もトラックバックがないので実感はないが)

つまりブログは「編集者のいない新聞への投書」と同じこと。書いたハガキをポストに投函するか止めるか、常に自分の判断で決めなきゃいけない。そうして考えるとこの先自由にポンポン投稿できるかどうか、不安になってきた。

でも待てよ、同じ「ねずみ踊り」も、たとえば某お笑い芸人が

「キャー、ミッキーだぁー        …って言う浦安の新成人。

遊園地のネズミ踊りに甘ったれた顔して喜んでんじゃねぇぞコノヤロー!」(マイク投げる)

ってネタを披露したとしたら、見た方は不愉快にはなるだろうが、抗議…までは行かないような気がする。それは「このお笑い芸人はこういう芸風で、こういうこと言うわりにこういうキャラである」という前提がはっきりあるからだよね。ということはブログも同様で、「この著者はこういう立場で、こういう経験を自身がしているから、こういうことに対して批判を強めているけれど、それにはこういう意図があって、決してこういう立場の人を蔑んでいるのではない」というような事が正しく伝わるのならば、無用ないさかいも少なくなっていくのだろう。

かつて、顔見えぬ者の心無いレスの連続を見て、「掲示板ってヤだなー」と思ったものだが、ブログはそういったものを変えていく可能性を秘めているのかもしれない。政府は今後、ネット上の記述について、これは誰が書いたものであるかを特定できる(「特定できる」のと「公表される」は別だよね?)ような仕組みを考えているということである。まだわからない事だらけだけれど、もう一回ブログを始めてみたいと思う。

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2005年8月26日 (金)

嵐の後の静けさに

台風11号は8月25日の夕方にもっとも強い雨風をもたらした。さんざん「静岡に来る」とテレビで騒ぎ立てられたが、どうやら静岡は直撃を免れたようで、深夜にはすっかり静かになってしまった。

さて、台風到来にちなんで小噺を一つ。

☆☆☆☆☆

えー台風には『目』なんてものがありまして、ここは台風の中心なんですがぽっかり穴があいていて雨も風も吹かないというところらしいんです。

男A:(走りながら)ハァ、ハァ、ハァ、

男B:どうしたんだおお慌てで駆けて来て

男A:(上空を指差しながら)ハァ、ハァ、いま、台風の、目を、追っかけてるの。台風の、目の、下なら、雨に、濡れなくて、済むんだよ。

男B:でもお前、汗かいてびしょ濡れじゃないか。

☆☆☆☆☆

はぁくだらねえと言うなかれ。私がこの小噺を考えたのは、もう11年も前になる。大学に入り、なぜか落語研究会に入部。1年生の9月、初めて一般の方に落語を見せる「若手勉強会」のために作ったマクラ(落語本題の前に話す小ネタ)であった。ちなみにこれを披露した1週間後に本当に台風が上陸し、後の寄席が順延になったオマケつきであった。

落研で奮闘していたのがついこないだのように思えたのだが、光陰矢のごとし。台風小噺が18歳の時で、いま29歳である。

8月24日(水)、J1リーグ第20節が行われた。この日浦和レッズの山田暢久選手は途中出場し、J1通算300試合出場を達成した。20代での到達はJ史上初の快挙であるという。私が落研の門をくぐった1994年に浦和レッズに入団。1年目15試合、2年目42試合と、着実にレギュラーの座を確保。1999年にJ2陥落が決まっても移籍せず、12年間浦和一筋で戦ってきた。キャプテンマークも巻いた。一方、アトランタ五輪は「候補」に終わり、つい昨年もジーコジャパンに定着できなかったりと、代表では星の巡り合わせが(今までのところ)よろしくないが、Jリーグでは輝かしい成績を残している山田選手、本当におめでとうございます。

高校の同級生より

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2005年8月16日 (火)

2005年8月16日(火)11:46地震発生

本日8月16日11:46、地震が発生した。

私はこの時、静岡県焼津市の鉄筋のビルの2階にいた。

わざわざ建物の様子を書いたのは、この日話を聞いた焼津・静岡のほとんどの人間が(室内でじっとしていた人を除いて)この地震に気づかなかったと言うのである。

大学時代に豊橋にいた時に起きた兵庫県南部地震(阪神大震災)には全く気づかなかった私だが、今回は偶然地震の発生に一番最初に気がついた。

地震が起きると必ず考えるのは、「前兆現象はあったか」「何か法則はあったか」と言う事である。

昔、「月の引力が地震を引き起こす最後のひと押しになる事があるため、大地震は満月や新月に近い日に起こる」とマガジンのオカルト漫画で書いてあったのを思い出した。で、さっそく今日の月齢を調べたら満月4日前の「11」だった。これって「近い」とは言わないよな。これが「近い」なら月に20日間は地震に警戒しなければいけないことになる。この説は今回は見送り。

で、その発生時刻。「また46分だ」。阪神大震災の発生時刻、早朝の「5時46分」はおそらく一生忘れない事だろう。しかし「46分」というのは人間が勝手に刻んでいるものであり、大地の眠りが醒めるのとは関係がなさそうである。

しかし待てよ?大正に起きた「関東大震災」も正午に近かったために火災が多数発生したと聞いたことがあるぞ。これって地震に警戒している静岡県民に限らず日本人全体の常識だよな?

インターネットとは便利なものでこういうときはすぐに調べられる。関東大震災の発生は1923年9月1日11時58分であった。

ついでに昨年起こった新潟中越地震は2004年10月23日17時56分であった。

朝の6時前、正午前、そして夜の6時前…!!もしや大地震は、「6時」「12時」「18時」に近い時間に発生するという傾向があるのでは!?先ほど時刻は人間が勝手に刻んだものと書いたが、「12時」というのは太陽がその場所から見て真南、さらにいえば最も角度が高い位置に来る時刻をいう(季節や場所によって多少ずれるけど)。夜中の0時近くに起きた地震の例は知らないが、逆に0時は自分から見て太陽が一番裏側にいった時刻。そして6時と18時は、自分から見て、それぞれ太陽が一番東と西に位置する時刻である…とここまで書いて急に恐ろしくなった。自分の思いつきの仮説に確信を持ったからではない。むしろその逆だ。

結局のところ古今東西さまざまな地震がある中で、たまたま自分の記憶に鮮明な地震だけを引っ張り出して共通点を探すなんて科学的ではない。都合のいい情報だけを出してもっともらしく語るなんて詭弁もいいとこだ。ホント、地震がいつ起こるかわかればノーベル賞もの、神様だってわからない。(このネタ通じるのは静岡県民だけかな?)

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