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2011年3月13日 (日)

全く情けない話

東北地方で起こった巨大地震について様々な情報が報道されているさなか、大勢の人が命を落とし、また避難所での苦しい生活を余儀なくされているというのに、私自身はそれとは全く関係ないところで人生最大(?)のピンチを迎えていた。

私は3年前より花粉症に苦しみ、2年前からは耳鼻科に行って薬を処方されてくしゃみについてはかなり抑える事が出来ているのだが、目の痒みはいかんともしがたく、耳鼻科で処方された点眼薬で事態をしのいでいた。いかに地震の報道ばかりになって花粉情報など全く報道されなくなったとはいえ、花粉は関係なく飛散している。12日(土)の昼間にはかゆさというか、目の表面がベトベトした液体で満たされているのがどうにも耐えられず、手の甲を何度も目の中に当ててベトベトを取ったり点眼薬と水道水を何回も当てていたら、そのうち右目が開けられなくなってしまった。

車で自宅から離れた仕事場に行っていたので、片目が開けられないのでは運転して帰る事が出来ない。運転代行を呼んで北区ということも考えたが、知っている業者もなければ、昼間っから飲酒でもないのに運転代行を頼めるのかどうかも不明だ。仕方がないので知人に車を出してもらって眼科を探してもらうことになった。最初に行った救急病院では眼科はやっておらず、外科で診てもらってはと勧められたが、しばらくして土曜日に営業している眼科を教えてもらい直行した。駅の近くの繁華街で営業している眼科は、客の大半がコンタクトレンズを使用するための検査に訪れる若い女性であり、こういうところでは眼科は土日に営業しているものだと理解した。おかげで花粉症になって以来初めて眼科で検診を受けることができ、炎症を抑える4種類の目薬、角膜の傷を治すための軟膏、雑菌を防ぐための抗生物質などを処方され、1日5回、最大で4種類の点眼薬を5分以上の間隔をあけて点眼するという本格的な処置をようやく実施することになった。

ただ、12日(土)はまだJRが不定期運転だったため、家に帰る電車も1時間ぐらい待つことになったが、被災者の苦労を思えば何でもない。片目で眼科から駅まで歩くのも、意外と段差が多くて不便だと痛感したが、普通に歩いていたら気がつかないことであり貴重な経験だと思わなければなるまい。

13日には右目も開き、かなり日常生活に支障もなくなってきた。このまま点眼を続ければ元の生活に戻れる見通しが立ってきた。しかし、花粉症で眼の調子が悪いなら眼科に行くという当たり前の事を怠ってきたツケは大きかったと痛感した。

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